結城親朝が興国・正平年間(1340〜1369)に小峰ヶ岡に城を構えたのがはじまりで、 1632年(寛永9年)に江戸時代の初代藩主、丹羽長重が4年の歳月を費やして完成させた梯郭式の平山城です。 松平定信をはじめ7家21代の大名が居住しましたが、 慶応4年(1868年)戊辰戦争白河口の戦いで落城。 約120年の時を経て、平成3年(1991年)に三重櫓、 平成6年(1994年)に前御門(まえごもん)が江戸時代の絵図に基づき忠実に木造で復元されました。 平成22年(2010年)8月5日に、歴史的な重要性が評価され、 国指定史跡となりました。 前御門 表門とも言われ本丸の正門として、 本丸の防御を担っていた門です。 おとめ桜 小峰城の外堀の石垣が何回となくくずれ、人柱を立てることになりました。 人柱は、現場近くを通った最初の者を身分の上下、老若男女の別なく選ぶことになりました。 たまたま父親を迎えに来た藩士和知平左ヱ門の娘が、 現場を通りかかって人柱にされることとなりました。 娘は逃げ回りましたが、ついに捕らえられ、小峰城築城の人柱となりました。 この娘を悼んで、城内に『おとめ桜』の名で桜が植えられたそうです。 この桜は戊辰の戦火で焼失しましたが、 現在は、二代目の『おとめ桜』が三重櫓の横で、 毎年見事な花を咲かせ城を艶やかに彩ります。 藩士たちが逃げる娘を追いまわしたところが、 現在『追廻』という地名として残っています。 三重櫓内 三重櫓内階段 石落とし 外壁の一部に、または建物を石垣からはね出させ、 石垣を登って来る敵を監視し、 そこから石を落としたりして攻撃するためのものです。 三重櫓内弾傷 櫓の復元には戊辰戦争の激戦地であった松並稲荷山の杉の大木が材料として利用されました。 その際見つかった鉛玉や弾傷もそのまま加工され、 現在も柱や床板などにその痕跡を見ることができます。 平成22年(2010年)に、国史跡となった小峰城跡には、 約180本のソメイヨシノが植えられており、 満開時期には江戸時代の絵図に基づき忠実に復元された 三重櫓や石垣の美しさがより際立ちます。 小峰城三重櫓の見学時間は、 4月〜10月は午前10時から午後5時 11月〜3月は午前10時から午後4時です。 なんと三重櫓は、無料で中を見学することができます! さらに駐車場も無料です! 櫓内の滞留人数が50名を越える場合は入場制限を行います。 また、2階3階の見学は、一度に5名までとなっています。 平成23年(2011年)3月11日に発生した東日本大震災により、 石垣などがが崩壊し大きな被害を受けました。 平成23年秋から修復工事が行われています。 震災以後は本丸への立ち入り禁止となっていましたが、 平成27年(2015年)4月から入城可能となり、2018年度の全面修復を目指しています。 平成28年熊本地震で大きな被害を受けた熊本城。 熊本城は年間約177万人(2015年度)が訪れる人気の城ですが、 地震で重要文化財13件を含む建造物32件全てが損壊し、 石垣は53カ所で崩れるなどしました。 5月20日、東日本大震災で被災し修復作業が進む小峰城を訪れ、 鈴木和夫市長とポーズをとる『くまモン』 小峰城、そして熊本城・・・
一日でも早く元の美しい姿を取り戻せることを願っています。 |

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