お寺の名前は『波立寺(はりゅうじ)』で、波立は『はりゅう』と読みます。 創建は、807年徳一大師の開基といわれております。 海中より出現した薬師如来像を本尊とし、 無病長寿はもとより、海上安全大漁祈願の信仰が篤く、 いわき市平赤井の閼伽井嶽薬師常福寺(あかいだけやくしじょうふくじ)、 いわき市四倉町八茎片倉の八茎薬師八茎寺(やぐきやくしやぐきじ)とともに、 いわき三大薬師として古くから信仰されています。 室町時代の磐城平城主内藤親隆より、仁王門、庫裏、其他の建造物が寄進され、全城主の祈願所となり、 江戸時代では、三代将軍家光からの朱印の元、 国土安泰、万民豊楽の鎮護道場としての霊刹として繁栄しました。 本殿から国道6号をはさんで向かい側にある海岸は波立海岸(はったちかいがん)で、 海岸から突き出た先の小島に朱の鳥居があるのが『波立海岸弁天島(はったちかいがんべんてんじま)』です。 波立海岸の玉砂利を持ち帰ると薬師如来の御威光にふれ眼病を患うと言い伝えられています。 平成23年(2011年)の東日本大震災で津波に見舞われ、 島と海岸を結ぶ橋の手すりは壊れましたが、鳥居は耐えてそのまま残ったことで、 地元では震災・津波に負けない勇気の象徴として元気づけていたものでした。 平成27年(2015年)10月10日の台風23号による高波と強風で鳥居が壊れました。 当初は年内の再建を目指していましたが、この鳥居は波立薬師が直轄で建立したものでは無かったため、 資金調達にも時間が掛かり、平成28年(2016年)6月7日にようやく再建されました。 小島の岩上には弁財天をはじめ、稲荷、龍神、風神と雷神、そして七福神といった神々が祀られ、 地元からの崇敬の篤いことが窺えます。 また、小島の北方向にある“わに”の姿に似た岩礁は、ワニに食べられた娘の仇討伝説から 『鰐が渕』と呼ばれるなど、信仰と伝説に彩られた景観地なのです。 昔々、この波立海岸の近くに一人娘を持つお坊さんが住んでいたそうです。 ある日のこと、この娘が海岸で遊んでいると強大なワニザメに飲み込みこまれてしまいました。 お坊さんは大変悲しみ、その悲しみがいつしか憎しみへと変わり、 娘の仇を討とうと、そのワニザメを探し回りました。 そしてついにワニザメを見つけ、毒矢をワニザメに突き刺したそうです。 そしてワニザメは苦しみにもだえ、海面は朱に染まり、 大風が吹き荒れ波は荒れ狂って弁天島に打ち寄せた波は水しぶきとなって島全体を覆い、 ワニザメは悶えながら海中に沈んでいったそうです。 その光景がこの奇岩にそっくりなので『鰐が渕』と呼ばれるようになったという伝説です。 かつては弁天島に渡れたのですが、震災以降は海岸に入ることが出来なくなりました。 現在、防潮堤や道路などの復旧・復興が進む海岸域。 周辺整備が進み、市観光スポットの一つとして大勢の人で賑わいをみせることが待望されています。 毎年、新年になるとここからの初日の出を参拝に来る方も多く、 県内随一の初日の出スポットになっています。 2016年は大変お世話になりました。
来年もどうぞ宜しくお願い致します。 それでは、みなさま良いお年をお迎えください。 |

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