長野県長野市にある善光寺をはじめとする各地の善光寺と区別するため 甲州善光寺(こうしゅうぜんこうじ)、甲斐善光寺(かいぜんこうじ)、 甲府善光寺(こうふぜんこうじ)と呼ばれています。 山門。 現在の山門は、1754年(宝暦4年)に本堂とともに焼失したものを 1796年(寛政8年)に再建しました。 その後1955年(昭和30年)に重要文化財に指定されています。 現在のものは桁行およそ17メートル、梁間およそ7メートル、 棟高およそ15メートルとなっています。 浄土宗の寺院で山号は定額山(じょうがくざん)。 正式名称は定額山浄智院善光寺(じょうがくざんじょうちいんぜんこうじ)。 1558年(永禄元年)に甲斐国国主武田信玄によって 山梨郡板垣郷に創建されました。 武田信玄は、信濃侵攻を行い越後の上杉謙信(長尾景虎)と衝突し、 現在の長野県長野市南郊において五次に渡る川中島の戦いを行いますが、 弘治元年(1555年)の第二次合戦では戦火が信濃善光寺に及び、 信玄は自分の領国である甲斐へ本尊などを移したといわれています。 金堂(本堂)。 1965年(永禄8年)に完成し、 桁行およそ50メートル、梁間がおよそ22メートル、高さがおよそ23メートルと 信濃善光寺のものとほぼ同じくらいの大きさでしたが、 1754年(宝暦4年)の火災によって失われ、 現在の本堂は1796年(寛政8年)に再建されました。 桁行がおよそ38メートル、梁間はおよそ23メートル、高さが26メートルと 最初のものに比べると規模は小さくなっていますが、 東日本においては最大級とも言われる木造建築物で、 1955年(昭和30年)に重要文化財に指定されました。 本堂床下では、信濃善光寺と同じくお戒壇巡りができます。 本堂内にお戒壇巡りの入口があります。 お戒壇巡りとは、床下の真っ暗な回廊を巡り、 中程に懸かる『極楽の錠前』に触れることで、 錠前の真上におられる秘仏の御本尊様と結縁を果たし、 往生の際にお迎えに来ていただけるという約束をいただく道場です。 御本尊は、武田氏滅亡により その後、織田・徳川・豊臣氏を転々といたしましたが、 1598年(慶長3年)、ご本尊である如来様は 信濃(信州長野)の善光寺に戻りました。 甲州善光寺では新たに、前立仏を御本尊と定め、 本坊三院十五庵を有する大寺院として浄土宗甲州触頭を勤め、 徳川家の位牌所にもなっていました。 |

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