ペパー軍曹のマジカル・ミステリー・ツアー

The Magical Mystery Tour is waiting to take you away!

東京編

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白木屋

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『角は一流デパート、赤木屋、黒木屋、白木屋さんで、
紅白粉つけたお姉ちゃんから下さい頂戴でいただきますと、
5千が6千、7千が8千、1万円はする品物だが、
今日はそれだけ下さいとは言わない!』
『男はつらいよ』の渥美清さんが演じるテキ屋の寅さんの口上。

赤木屋、黒木屋は語呂合わせで、
白木屋だけが日本橋(東京都中央区)に実在した一流デパート!


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ペパー軍曹のマジカル・ミステリー・ツアーは・・・
東京都中央区日本橋にやってきました。


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歌川広重『名所江戸百景』に描かれた幕末期の白木屋。

日本橋に存在した白木屋の創業は江戸初期、1662年(寛文2年)。
創業当初は、材木商(屋号はそこから来ています)。
のち呉服商に転じ、越後屋(現在の三越)、大丸屋(現在の大丸)と並んで
江戸三大呉服店のひとつになりました。


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1932年(昭和7年)12月16日、4階の玩具売り場から出た火で燃え、
死者14人(うち店員が13人)重軽傷者約130人を出す大惨事になりました。

女性が下着を着用するようになったのは終戦後のことで
当時は和装の女性が下着を着用することはありませんでした。
火災現場には大勢の野次馬がいたために
上層階から脱出しようとしていた女性の何人かが、
裾がめくれるのを押さえようとして綱から手を離したため墜落死しました。

この白木屋火災が女性の洋風下着が普及するきっかけとなったという説があります。


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戦後、白木屋は東急の傘下に入り、
1967年(昭和42年)には東急百貨店日本橋店と名前が変わりました。


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その後、1999年(平成11年)に閉店し、現在はコレド日本橋になっています。


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ちなみに・・・

白木屋(現・コレド日本橋)の対面に赤木屋があります。
2012年(平成24年)12月25日で証券業から撤退。
赤木屋ホールディングス株式会社に商号変更し、
現在はビルの2階から地下1階で、赤木屋珈琲を営業しています。


☆参考☆

ペパー軍曹のマジカル・ミステリー・ツアー

寅さんの啖呵売・口上
イメージ 8 寅さんの故郷  4
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中央通りと晴海通りが交わる銀座四丁目交差点は、銀座の中心地。
そして銀座のシンボルといえば和光の時計台です。
株式会社和光の本店で銀座和光とも呼ばれています。


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鳩居堂(きゅうきょどう)。
今年の7月1日に国税庁から路線価が発表されましたが、
路線価日本一は26年連続で銀座の『鳩居堂』前の銀座中央通りになりました。

ちなみに地価は1平方メートル2,200万円!
ハガキ1枚分にすると約32万6,000円!!


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ここは、数寄屋橋(すきやばし)交差点。
数寄屋橋は、1629年(寛永6年)江戸城外濠に架けられました。
1958年(昭和33年)、外堀の埋め立てに伴い、取り壊されました。

数寄屋橋交差点の先にあるのは・・・





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11月24日に全国一斉に発売された『年末ジャンボ宝くじ』。
今年の『年末ジャンボ宝くじ』は・・・
1等2億円の当せん確率が昨年よりも倍増!
1等・前後賞合わせて3億円!
今年最多!億万長者が198人誕生!
1等2億円が132本、2等1億円が66本!


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ペパー軍曹のマジカル・ミステリー・ツアーは・・・ 東京都中央区銀座四丁目の 西銀座チャンスセンターにやってきました。


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発売初日の西銀座チャンスセンターには、早朝からおよそ1,000人が詰めかけ、
3時間待ちの長い行列ができたという。
今日も混雑している模様・・・。


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宝くじファンが目指す人気の窓口は、1等にちなんだ『1番窓口』。
待ち時間は1時間半・・・。


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西銀座チャンスセンターはこれまでにも高額当選くじを数多く販売してきました。
宝くじファンがくじを求めて列を作る姿は、『年の瀬の風物詩』となっています。


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ペパー軍曹が購入した年末ジャンボ宝くじ!
バラで10枚(3,000円)。


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抽せん日は12月31日。
当たるかな・・・
当たらないだろうな・・・(笑)
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ペパー軍曹のマジカル・ミステリー・ツアーは・・・ 東京都千代田区丸の内一丁目 東日本旅客鉄道(JR東日本)・東海旅客鉄道(JR東海)・東京地下鉄(東京メトロ)の 東京駅にやってきました。


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東京駅八重洲口では再開発が続いています。
大丸は東京駅八重洲口の鉄道会館内に1954年(昭和29年)にオープンし、
東京駅の顔となっていたデパートですが、JR東日本などが中心となって
東京駅周辺で進めている東京ステーションシティ(Tokyo Station City)の
再開発によって完成したグラントウキョウノースタワの低層部に移転しました。

旧デパート(鉄道会館)の跡地には新たにビルは建てられずに
『グランルーフ』と呼ばれるデッキでノースタワーとサウスタワーのツインタワーが結ばれます。
丸の内口の赤煉瓦駅舎復活と合わせて、東京駅周辺が一体となった
『Tokyo Station City構想』の工事が完成に向け進んでいます。
完成予定は2013年。


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JR東京駅八重洲南口改札内に・・・


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昨年の3月19日にオープンしたSuicaの
ペンギングッズ専門店『Pensta(ペンスタ)』です。


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ペンギングッズはJR東日本系列のコンビニ(NEWDAYS)やKIOSKなどで
販売されているのですが・・・


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『Pensta』は、ペンギングッズの専門店!


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定番商品や季節限定商品など、
雑貨や菓子を中心に約50種類のペンギングッズを販売しています。
また東京のお土産にもなるギフト菓子や
Pentaでしか購入できない店舗限定商品も販売しています!


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カードケース(税込み500円)を購入しました。


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これは、お店の袋。
ペンギンのデザインが可愛いですね♪


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Suicaのカードケースなのですが、


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改札エラーを防ぐらしい・・・。


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ペパー軍曹のSuica定期券もこの通り!
明日から使ってみよう!!


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『Pensta』の営業時間は8:00〜21:00。



こんにゃくえんま

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えんま通り商店街。

東京ドームの近くに変わった名前の商店街があります。
源覚寺の門前町として江戸時代から栄えたこの商店街に、
変わった名前が付いているのは、
源覚寺には『こんにゃくえんま』がまつられているからなのです!


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ペパー軍曹のマジカル・ミステリー・ツアーは・・・ 東京都文京区小石川2丁目の 源覚寺にやってきました。


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ここにはコンニャクで作られた閻魔様がまつられているのだろうか・・・。


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閻魔堂。
この中に閻魔様が・・・!


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宝暦年間(1751〜64年)、眼病を患ったおばあさんが好物のコンニャクを断って、
21日間、閻魔様に願をかけました。
満願の日、夢に閻魔様が現れ、『私の片方の目を、そなたに差し上げよう』とおっしゃったそうです。
閻魔様の言葉通り、おばあさんの目は治りましたが、閻魔様の右目は光を失いました。
おばあさんは感謝のしるしとして、それ以降もコンニャクを口にせず、
お供えを続けたそうです。

それで『こんにゃくえんま』、『身代わりえんま』と呼ばれるようになったそうです。


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今でも眼病平癒を願う人たちによって閻魔堂の前には、
たくさんのコンニャクが供えられています。


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死者の生前の罪を裁くとされ、
目を吊り上げ恐ろしい顔をされている閻魔大王。
でも源覚寺の『こんにゃくえんま』は、私たちの身代わりになって
『困厄』を引き受けてくださる優しい閻魔様のようです。


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塩地蔵尊。

全身を塩で覆われた2体の『塩地蔵』がまつられています。
昔、歯は塩で磨いたことから、歯痛止めにご利益があるそうです。
また、地蔵の体に塩をつけてお祈りすると
体の同じ部分の病気が治るという。


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汎太平洋の鐘。

元禄3年に鋳造された源覚寺の釣り鐘は、
昭和12年(1937年)に当時日本領だったサイパンの南洋寺に搬出され、
サイパンの人々に時を告げる鐘として使われていました。
しかし第二次世界大戦が勃発、サイパンは戦禍に飲み込まれ、
この鐘も行方不明になっていましたが、1965年に米国・テキサス州で発見され、
1974年に返還されました。


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毘沙門天。

源覚寺の毘沙門天は、『小石川七福神』のひとつ。


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源覚寺は寛永元年(1624年) に定誉随波上人(後に増上寺第18世)によって創建されました。
本尊は阿弥陀三尊(阿弥陀如来、勢至菩薩、観音菩薩)。
特に徳川秀忠、徳川家光から信仰を得ていたそうです。

小さなお寺ですが、見応え十分ですよ!



東京都戦没者霊苑

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ペパー軍曹のマジカル・ミステリー・ツアーは・・・ 東京都文京区春日一丁目の 東京都戦没者霊苑にやってきました。


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この霊苑は、先の大戦で尊い犠牲になったすべての御霊をお慰めし、
平和を願う強い都民の決意を表すために昭和35年6月に東京都戦没者霊苑として建設されました。


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参列広場の正面に池を配置し、池の中に人工滝があります。


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滝を背景に、高さ1.59メートルの門形の白御影石に囲まれた
黒御影石の『東京都戦没者鎮魂の碑』があり、
鈴木俊一都知事の書による『鎮魂』の文字が刻まれています。
『鎮魂』の二文字には、戦没された方々が永遠にやすらかな眠りにつかれ、
いつまでも世界が平和であるようにとの願いがこめられています。

碑の前方に置かれた黒御影石には、山本健吉氏撰書による平和への願いを記した文章が刻まれています。


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来苑された方の休憩や会議の場として休憩所があります。
2階の遺品展示室では、戦没された方々が残された手紙・千人針・鉄兜などの遺品等を、
展示しています。


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千人針。
出征まで数日しかなく空襲下を駆け回りましたが完成せず・・・。
出来次第送る約束でしたが、6月に征って11月に戦死。
痛恨の千人針となりました。


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1945年8月15日終戦。
今日は66回目の終戦記念日・・・。

日本が終戦から66年を経た今、東日本大震災による東京電力福島第1原発事故の発生で、
目に見えない放射能の危険と脅威にさらされています。
今年の広島、長崎両市の平和記念式典では、市長が平和宣言で福島第1原発事故に触れ、
『原発に対する国民の信頼を根底から崩した』などと指摘し、
政府にエネルギー政策を見直すよう求めました。
原子力をエネルギーとして使用することは是か非か、
震災後初めて迎える今回の終戦記念日は、さまざまな観点から核の平和利用の在り方を
改めて考え直す大切な機会であり、世界唯一の被爆国である日本だからこそ、
これから核とどう向き合っていくのかを国際社会も注目しています。



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