ペパー軍曹のマジカル・ミステリー・ツアー

The Magical Mystery Tour is waiting to take you away!

山梨編

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先月、山梨県甲府市の舞鶴城公園内の堀で
甲羅に『カメデス』と落書きされたカメ1匹がいるのが分かりました。
6月16日、岸に上がっているところを捕獲されました。

県は落書きされた文字を溶剤などで消すことも検討しましたが、
カメはちょうど脱皮の時期。
脱皮によって落書きが消える可能性もあるといい、
結局、県の施設で保護して様子を見守ることになったそうです。


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ペパー軍曹のマジカル・ミステリー・ツアーは・・・ 山梨県甲府市の舞鶴城公園(甲府城跡)にやってきました。


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甲府城。
武田氏滅亡後、豊臣秀吉の命により築城されました。
関東の徳川家康に対抗するための重要な戦略拠点として築かれたといわれ、
徳川体制になってからは西側への備えとしての重要性を保ち続けたといわれています。
かつては20haほどの広大な城郭でした。


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遊亀橋。


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坂下門跡。
鍛冶曲輪(かじくるわ)と天守曲輪(てんしゅくるわ)・二の丸をつなぐ門です。


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中の門跡。
天守曲輪(てんしゅくるわ)・本丸へ通じる門です。


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展望舎(稲荷櫓)。
古文書などの資料に基づいて新たに再建されたものです。


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暗渠(あんきょ)。
雨水などが盛土(もりど)や石垣内部にたまると
石垣は不安定になるので排水する必要があります。
暗渠(あんきょ)は、そのための施設です。


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本丸跡と天守台。


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天守台は、城のシンボルとしての天守閣が建てられる場所です。
城が建てられた当時の姿がそのまま残っています。
実際に天守閣が建っていたかは不明です。


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天守台からの眺め。


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鶴が舞っているように美しい姿をしていたことから『舞鶴城』と呼ばれていました。
現在は、白い石垣と堀に囲まれた趣のある公園として、
市民の憩いの場にもなっています。


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舞鶴城公園(甲府城跡)は桜の名所としても有名で、
毎年3月下旬から4月上旬頃には、
甲府城の石垣を囲みながら咲く桜が堪能できるそうです。



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甲州善光寺

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ペパー軍曹のマジカル・ミステリー・ツアーは・・・ 山梨県甲府市の善光寺にやってきました。


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長野県長野市にある善光寺をはじめとする各地の善光寺と区別するため
甲州善光寺(こうしゅうぜんこうじ)、甲斐善光寺(かいぜんこうじ)、
甲府善光寺(こうふぜんこうじ)と呼ばれています。


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山門。

現在の山門は、1754年(宝暦4年)に本堂とともに焼失したものを
1796年(寛政8年)に再建しました。
その後1955年(昭和30年)に重要文化財に指定されています。
現在のものは桁行およそ17メートル、梁間およそ7メートル、
棟高およそ15メートルとなっています。


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浄土宗の寺院で山号は定額山(じょうがくざん)。
正式名称は定額山浄智院善光寺(じょうがくざんじょうちいんぜんこうじ)。


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1558年(永禄元年)に甲斐国国主武田信玄によって
山梨郡板垣郷に創建されました。

武田信玄は、信濃侵攻を行い越後の上杉謙信(長尾景虎)と衝突し、
現在の長野県長野市南郊において五次に渡る川中島の戦いを行いますが、
弘治元年(1555年)の第二次合戦では戦火が信濃善光寺に及び、
信玄は自分の領国である甲斐へ本尊などを移したといわれています。


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金堂(本堂)。

1965年(永禄8年)に完成し、
桁行およそ50メートル、梁間がおよそ22メートル、高さがおよそ23メートルと
信濃善光寺のものとほぼ同じくらいの大きさでしたが、
1754年(宝暦4年)の火災によって失われ、
現在の本堂は1796年(寛政8年)に再建されました。
桁行がおよそ38メートル、梁間はおよそ23メートル、高さが26メートルと
最初のものに比べると規模は小さくなっていますが、
東日本においては最大級とも言われる木造建築物で、
1955年(昭和30年)に重要文化財に指定されました。


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本堂床下では、信濃善光寺と同じくお戒壇巡りができます。
本堂内にお戒壇巡りの入口があります。

お戒壇巡りとは、床下の真っ暗な回廊を巡り、
中程に懸かる『極楽の錠前』に触れることで、
錠前の真上におられる秘仏の御本尊様と結縁を果たし、
往生の際にお迎えに来ていただけるという約束をいただく道場です。


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御本尊は、武田氏滅亡により
その後、織田・徳川・豊臣氏を転々といたしましたが、
1598年(慶長3年)、ご本尊である如来様は
信濃(信州長野)の善光寺に戻りました。

甲州善光寺では新たに、前立仏を御本尊と定め、
本坊三院十五庵を有する大寺院として浄土宗甲州触頭を勤め、
徳川家の位牌所にもなっていました。



武田神社

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ペパー軍曹のマジカル・ミステリー・ツアーは・・・ 山梨県甲府市古府中町の武田神社にやってきました。


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戦国時代、武田信虎・信玄・勝頼の三代が住んだ躑躅ヶ崎館(つつじがさき)の跡地に、
1919年(大正8年)に建立された神社です。
祭神は武田信玄公で、境内には重厚な造りの社殿、
武田家ゆかりの武具や資料を収めた宝物殿などがあります。


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神橋。


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鳥居。


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武田神社拝殿に向かう参道。


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手水舎。

参拝の前に、ここで手を洗い口をすすぎます。

☆ 手水の作法 ☆
1. まず右手に柄杓を持って水を汲み、左手にかけて左手を清めます。
2. 次に柄杓を左手に持ち替えて、同じように右手を清めます。
3.再び柄杓を右手に持ち、左の手のひらに水を受け、口をすすぎます。

柄杓から口飲みするのは厳禁ですよ!


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拝殿。


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甲斐の国の守護神であるばかりではなく、
『勝運』のご利益があり、
勝負事に限らず『人生そのものに勝つ』
『自分自身に勝つ』というご利益を戴かれると良いそうですよ。


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武田信玄公。

天正元年4月12日に上洛の夢半ばに53歳の生涯を終えますが、
21歳の時に国主となり、領国の経営に心血を注ぐ中、
特に治水工事、農業・商業の隆興に力を入れ、
領民にも深く愛されました。
産業・経済の神としても信仰を集め、
民政の巧みさから祟敬を集めています。



昇仙峡

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中央自動車道、渋滞中。
八王子から、こんな感じです。

予定の変更を余儀なくされそうです・・・。


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ペパー軍曹のマジカル・ミステリー・ツアーは・・・
山梨県甲府市の昇仙峡にやってきました。


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昇仙峡といえば・・・
その昔 覚円が畳が数畳敷ける広さの頂上で修行したと言い伝えられている『覚円峰』や
高さ30メートルの壮麗な滝、『仙娥滝(せんがたき)』などが見所として有名ですが、
昇仙峡の眺望は岩峰や滝だけではないんですよ!


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渓谷には、様々な名前の付いた岩が散在しています。
今日は、奇妙な?!おもしろい?!形状の岩をメインに紹介したいと思います。


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亀石。


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オットセイ岩。


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次は、どんな岩なんでしょうか・・・。


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らくだ石。

大きすぎて、1枚で収まりませんでした(^^ヾ
(左:頭部、右:胴体)


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大佛石。


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松茸石。


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ハマグリ石。


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ふぐ石。

いかがでしたか?
岩の名前の通りに見えたでしょうか・・・。
紹介した岩は、ほんの一部で、
奇妙な?!おもしろい?!形状の岩は他にもあるんですよ!



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