ペパー軍曹のマジカル・ミステリー・ツアー

The Magical Mystery Tour is waiting to take you away!

長野編

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道の駅ふるさと豊田

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ペパー軍曹のマジカル・ミステリー・ツアーは・・・
長野県中野市永江の道の駅ふるさと豊田にやってきました。


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店内は木の香が心地よく、明るく見晴らしの良い空間です。


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農産物直売所と連携し、地元の食材を味わうことができます。
お米は木島平産こしひかり。
そばは地元信州のそば粉を使用し、毎日その場で手打ちしています。


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カツ、豚丼、肉そば・うどんのお肉はみゆきポークを使用。


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豚丼(700円)。


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わずか数軒だけの養豚農家で育てられている地元銘柄豚『みゆきポーク』。
高い飼養技術とイモやキャッサバなどを多く取り入れた特別配合飼料で、
軟らかな肉質と甘味のある脂肪が特徴です。


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飯山市を中心とした北信州一帯で生産・販売されている『みゆきポーク』が、
消費者の元に届かなくなりかねない瀬戸際に立っているそうです。
生産農家の高齢化が進む一方、次代を担う若手が出てこないためだという。
生産農家が少ないため、飯山市を含む北信州でしか味わうことができません。


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農産物直売所
地元の山菜、野菜、りんご、ぶどう、きのこ、お菓子など北信州の四季の豊かな恵みを採れたての状態で販売されております。


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特産物販売コーナー
地元菓子舗の手作り菓子、地元職人による手作り工芸品や
山菜加工品や搾りたてジュース、季節の漬物などもそろっています
地元で作られたワイン・梅酒・りんご酒が並んでいます。


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唱歌『故郷』、『紅葉』などの作詞者高野辰之が生まれ育った村として知られています。
『故郷』の歌詞にある『山は青き 水は清き故郷』の情景地が今なお残っています。




故郷(ふるさと)

飯山城址公園

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ペパー軍曹のマジカル・ミステリー・ツアーは・・・
長野県飯山市大字飯山の飯山城址公園にやってきました。


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復元された城門

飯山城は元来泉氏の居城でありましたが、川中島決戦の折りに上杉謙信が自ら采配をふるって築城したといわれています。


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『後堅固の城』で、12年間の合戦にも武田信玄は攻め落とせなかったと言う。


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北信濃随一といわれる桜の名所で、約400本のソメイヨシノが咲き誇ります。


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二の丸広場からは眼下に千曲川の雄大な流れと北信州の山並みを見渡すことができます。


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城址公園の中にある鳥居と神社。


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本丸跡地に葵神社が祀られています。


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明治45年(1912年)1月23日、飯山妙専寺の住職・市川達譲(いちかわたつじょう)は、
新潟県高田でスキーの講習を終え、スキーを2台購入し飯山に帰った翌日、
スキーを履いて自宅の参道を通って飯山城の西斜面を滑走しました。

これが長野県で初のスキー滑走となり、飯山城跡は『長野県スキー発祥の地』となっています。

安楽寺

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ペパー軍曹のマジカル・ミステリー・ツアーは・・・
長野県上田市別所温泉の安楽寺(あんらくじ)にやってきました。


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別所温泉の周辺には信州の鎌倉と呼ばれる塩田平があります。
神社仏閣が点在し、現在なおその面影を残しています。


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山門

曹洞宗の寺院で山号は崇福山、院号は護国院。


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安楽寺は天長年間(824年〜834年)に開かれ、
鎌倉北条氏の外護によって栄えました。
国宝の八角三重塔があることで知られています。


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本堂

ご本尊は釈迦牟尼仏(お釈迦様)。
脇侍に文殊・普賢の各菩薩がお祀りされています。


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鐘楼

明和6年(1769年)の建立。
和様、禅宗様の折衷様式からなり、袴腰鐘楼としては、当地方最大級のものです。


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国宝八角三重塔拝観料 300円(小・中学生100円)


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国宝八角三重塔は、本堂の裏を登った山腹にあります。


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建立年代については、鎌倉時代末期から室町時代初期までの間といわれていましたが、
用材の年輪年代測定により、1290年代(鎌倉時代末期)であることが判明しました。


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全高(頂上から礎石上端まで)18.75メートルで、
日本に現存する近世以前の八角塔としては唯一のものです。
建築様式は八角三重塔婆で、初重に裳階(もこし)を付けた珍しい形式です。


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四重塔にも見えますが・・・
一番下の裳階はひさし又は霧よけの類だそうです。

信濃国分寺

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ペパー軍曹のマジカル・ミステリー・ツアーは・・・
長野県上田市大字国分の信濃国分寺にやってきました。


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741年(天平13年)に聖武天皇が仏教による国家鎮護のため、全国に建立された国分寺の一つです。


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境内には薬師如来を安置した本堂をはじめ、
三重塔・大黒天堂・鐘楼・観音堂・地蔵堂・宝蔵などの堂塔伽藍があります。


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天台宗の寺院で本尊は薬師如来。
現在山号・院号はありませんが、八日堂(ようかどう)と呼ばれ親しまれています。


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本堂(長野県県宝)

1845年(弘化2年)に上棟した江戸末期の建造ですが、
東北信では、善光寺につぐ規模。五間×七間の重層、高さは約17メートル。


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薬師如来を安置し巳年開扉以外は秘仏。
日光月光両菩薩を脇侍とし、十二神将が安置されています。


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国分寺本堂の白象は40年ほど前に上田仏教会のお花祭りの時、
お釈迦様の誕生をお祝いして子供達が町の中を引いたものを国分寺で譲り受けお化粧直ししました。
国分寺では毎年4月8日の時に本堂の前に出します。
象小屋がないので、お堂に置いてあるのだそうです!

昔インドでお釈迦様の母、摩耶夫人(マーヤー)はある日、白い象がお腹に入る夢を見ました。
そして4月8日に生まれたのが、お釈迦様です。
仏教では、白い象は縁起の良い動物だと信じられています。


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三重塔(国重要文化財)

江戸期の修理の時、1197年(建久8年)の墨書があったとされていますが、室町時代の建築様式です。
大日如来を安置しています。


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鐘楼


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大黒天堂(写真左)、宝蔵(写真右)


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地蔵堂


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百体観音堂


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毎年1月7・8日に行われる縁日は、蘇民将来符(そみんしょうらいふ)とよばれる護符や、
ダルマなどの縁起物を買い求める参拝客で賑わいます。
頒布される蘇民将来符は市の有形民俗文化財に指定されています。

上田城跡公園 後編

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ペパー軍曹のマジカル・ミステリー・ツアーは・・・
前回に引き続き、上田城跡公園です。


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本丸跡には、上田に平城を築き城下町を造った真田父子を主神とし、
江戸時代に民政を尽くした仙石・松平の歴代藩主を祭神とする神社があります。


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明治に松平神社として建立され、
現在は真田神社と呼ばれています。


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真田赤備え兜

大阪夏の陣において武具を赤で統一した『真田赤備え』部隊を率いた真田幸村公がかぶった
朱色で鹿角型の兜が『赤備え兜』です。
幸村公は『愛』と『義』の捨て身の活躍で『日本一(ひのもといち)の兵(つわもの)』と称されました。
自ら信じる道を民とともに歩んだ真田一族の『和』と『仁』の心、
真田魂が宿る真田杉の切り株を『真田赤備え兜』がお守りしています。


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境内背後には真田井戸と呼ばれる古井戸があります。


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真田井戸

この井戸には、抜け穴があって城北の太郎山麓の砦に通じていました。
敵に包囲されても抜け穴から兵糧を運び入れるにも、
城兵の出入りにも不自由しなかったそうです。


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西櫓

江戸時代初期に建てられたままの城郭建築として特に貴重な建物です。


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真田氏は、この上田城に立て籠もり、1585年(天正13年)と
1600年(慶長5年)の2度にわたる徳川の大軍の攻撃を退け、
天下にその名を鳴り響かせました。

現在は、桜の名所として憩いの場となっています。


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何万もの徳川の軍勢を数千人で撃退した真田の知恵や勝運にあやかろうと訪れる人や
『落ちない神社』として、受験生にも人気があります。


平成26年4月25日
上田城跡公園 前編

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