ペパー軍曹のマジカル・ミステリー・ツアー

The Magical Mystery Tour is waiting to take you away!

静岡県

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御前崎海鮮なぶら市場

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ペパー軍曹のマジカル・ミステリー・ツアーは・・・
静岡県御前崎市港の海鮮なぶら市場にやってきました。

海遊館(かいゆうかん)という鮮魚や海産物の加工品を扱う8つの店と、
食遊館(しょくゆうかん)という食堂施設があります。


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『なぶら』とは、かつおの群れ(魚群)の呼び名で、
かつお漁が行われる漁村で使われている言葉だそうです。

現在も、『鮮がつお』(冷凍にされない新鮮なかつお)の水揚げで
御前崎港は静岡県内で一位を誇っています。


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海遊館
御前崎海岸に水揚げされる海産物をはじめ、
全国から直送された海産物があふれんばかりに並んでいます。


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食遊館


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イタリアンジェラート・マーレ


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塩味風味でカルシウムたっぷりのアイス・・・
『しらすアイス』が人気のようですよ。


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食事処 海鮮
なぶら市場の中にあるレストランの中でも一番広くメインな食堂です。


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ネギトロ丼 1,020円


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土日は野菜市も開催!

道の駅のような雰囲気もあり、
買い物、食事、休憩など、気軽に立ち寄れるスポットです。
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ペパー軍曹のマジカル・ミステリー・ツアーは・・・
前回に引き続き、静岡県掛川市掛川の掛川城です。


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入場料/大人410円 小・中学生150円

掛川城天守閣は、外観3層、内部4層から成ります。


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4階天守最上部。


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天守からの眺望。


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狭間

城郭内の建物や塀に設けられ、内側から鉄砲や弓矢で敵を攻撃するための穴で、
掛川城天守閣では1階に9ヶ所、2階に14ヶ所あります。


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石落とし

1階の床の一部を石垣の上に張り出させて、敵が攻めてきた時に床板を開け、
そこから石を落としたりして攻撃するためのものです。


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掛川城ゆかりの色々なものが展示されています。


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現存する二の丸御殿へ向かいます。


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御殿は、城主の公邸、藩の役所、公式式典の場などとして使用されました。
書院造と呼ばれる建築様式で、畳を敷きつめた多くの室が連なり、
各室は襖によって仕切られています。


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現存する御殿は、1854年(嘉永7年)大地震で倒壊したため、
時の城主太田資功によって、1855年(安政2年)から
1861年(文久元年)にかけて再建されたものです。


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現存する城郭御殿としては、京都二条城など全国でも数カ所しかない、
江戸時代の藩の政治や大名の生活が偲ばれる貴重な建築物として、
国の重要文化財に指定されています。


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御広間

城主や家老など身分の高い人達の玄関にあたります。


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三の間

城主や家老に用向きの場合、この間に通され用件を済まします。
用件によっては、御二の間や次の間に通される場合もあります。


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次の間

城主と謁見できる身分の高い者だけが通された部屋です。


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御書院上の間(左)、小書院(右)


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和室が広大に広がる内部は見所十分。


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美しさから『東海の名城』とうたわれた掛川城・・・
建立当時の美しさが復元されており、その姿は一見の価値があります。

四季桜、枝垂れ桜、ソメイヨシノ約130本が、3月中旬頃から徐々に開花し、
訪れる人たちを楽しませています。


平成27年4月2日
東海の名城 掛川城 前編
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大手門

平成7年に復元されたもので、大きさは間口7間(約12.7m)、
奥行3間(約5.4m)の二階建です。
楼門造りの本格的な櫓門は、木造日本瓦葺き入母屋づくりになっています。
白壁で板ひさしが配され、棟上にはシャチ瓦が飾られた勇壮な構えです。
実際は現在地より50mほど南にありました。

ペパー軍曹のマジカル・ミステリー・ツアーは・・・
静岡県掛川市掛川の掛川城にやってきました。


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掛川城大手門礎石根固め石

大きくて重量のある門なので、傾いたりしないよう基礎工事に工夫が凝らされていました。
平成5年の発掘調査で発見された門の基礎部分『礎石根固め石』12個の内の一つです。
直径2m、深さ1m50cmくらいの大きな穴に40cm前後の河原石を円形に4〜5段積み重ね、
その上に門柱の礎石が置かれていました。


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大手門番所

江戸時代末期に建てられたこの番所は、
城内に出入りする者を監視する役人の詰め所でした。
この番所は、掛川宿と掛川城とを連絡する唯一の番所で、
城内に出入りする者は全てここで調べられました。
現在残されている建物は、1854年(嘉永7年)の大地震で倒壊後、
1859年(安政6年)に再現されたものです。
番所が現存するのは全国的にも珍しく、市の文化財に指定されています。


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三光稲荷

山内一豊が掛川城修築の際、大手郭と大手厩の鎮守として、伏見稲荷を勧進しました。
三光とは、日・月・星を表しています。
1336年(延元元年)、後醍醐天皇が京から吉野へ御幸する際に、
闇夜で難渋し伏見稲荷の社前で祈ったところ、三光に助けられたという故事があります。


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室町時代、駿河の守護大名今川氏が遠江進出を狙い、
家臣の朝比奈氏に命じて築城させたのが掛川城のはじまりです。
戦国時代には、山内一豊が城主として10年間在城しました。


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四足門

調査では、門の跡は見つかりませんでしたが、正保城絵図を元に復元されました。


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太鼓櫓

城下に時を知らせるための大太鼓を納めてあった建物です。
当時使われた大太鼓は現在、市の文化財に指定され、
掛川城御殿の広間に展示されています。


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山内一豊肖像画(左)、見性院肖像画(右)

『内助の功』の逸話で有名な山内一豊が入城し、
城の大改築を実施して天守閣を築き、同時に城下町の整備を行いました。


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現在の掛川城天守閣は、平成6年4月『東海の名城』とうたわれた往時の美しさそのままに、
日本初の本格木造天守閣として復元されたものです。


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天守下門跡

天守閣に入るための二層の櫓門がありました。
調査では、櫓をのせていた基壇の石垣が見つかりました。


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霧吹き井戸

1569年(永禄12年)徳川家康は、
今川氏真の立てこもる掛川城を攻めました。
この時、井戸から立ちこめた霧が城を覆い隠し、
徳川軍の攻撃から城を守ったという伝説があります。


本日は、ここまで・・

To Be Continued! (^^)v


平成27年4月19日
東海の名城 掛川城 後編

清水魚市場 河岸の市

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ペパー軍曹のマジカル・ミステリー・ツアーは・・・
静岡県静岡市清水区島崎町の清水魚市場 河岸の市にやってきました。


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駐車場はすでに満車状態です・・・。


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河岸の市の入口です。
右に行けば『いちば館』、左に行けば『まぐろ館』。


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地元で水揚げされた新鮮な海の幸を堪能できる食事処が集まる『まぐろ館』。


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まぐろ館の2階にある、『魚市場食堂』です。




ここの名物は・・・
自家製漬けタレをマグロにからませ、ストップ!と言うまで店員さんがマグロを盛ってくれる
漬けマグロいっぱい丼(みそ汁、おしんこ、こばち付)1,020円(税込)。


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海鮮丼(みそ汁、お新香、小鉢付)1,030円(税込) 。


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8種類の新鮮なお刺身がのったどんぶりです。


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アジフライは、中身ふっくら衣サクサクです。


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しらすはふっくら、ぷりっぷりで美味い!

美味しい海鮮丼でした!
ごちそうさま。


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地物の海産物や野菜などが購入できる『いちば館』。


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仲卸が直接出店しているため新鮮で格安!


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年間約100万人が訪れる人気の観光市場で、販売中心のいちば館と飲食中心のまぐろ館に全37軒。

ちなみに・・・
日本で消費されるマグロの約半分は清水港で揚がり、水揚げ日本一を誇ります。

久能山東照宮

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参拝は静岡鉄道日本平ロープウェイを利用する方法と
久能山下からの徒歩ルートがあります。


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日本平ロープウェイは、日本平の山頂と
徳川家康ゆかりの史跡『久能山東照宮』を5分間で結んでいる索道です。


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屏風谷、駿河湾から遠く伊豆半島、御前崎を望みながら全長1065mの空中遊覧を楽しめます。


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ペパー軍曹のマジカル・ミステリー・ツアーは・・・
静岡県静岡市駿河区根古屋の久能山東照宮にやってきました。


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一ノ門

山下より909段上がった所にある門です。


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ここからの眺望は正に絶景です。


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表参道石段

山下にある石鳥居から数えて1159段の段数を誇り、
1159の数字に文字が当てられ『いちいちご苦労さん』と呼ばれています。
静岡鉄道日本平ロープウェイが開通(昭和32年)するまでは、
この石段のみが東照宮への参拝路でした。


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ここからは、拝観料を払って入ります。拝観料は500円です。


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楼門が見えてきました。


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この門をくぐって東照宮詣でが始まります。
二階部分には後水尾天皇の宸筆(天皇陛下御自ら書かれた書)である
『東照大権現』の扁額(へんがく)が掲げてあり、勅額御門とも言われています。


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楼門をくぐったところに『家康公御手形』ありました。


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五重塔跡

三代将軍家光公の命により建立された五重塔が明治時代まで設置されていましたが、
明治6年に神仏分離令を受けて取払われ、現在は礎石が残されています。


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神楽殿

神楽殿という名称が付いていますがこの建物では神楽は行われず、
武家奉納の絵馬を掲げたと伝わっています。


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社殿(本殿・石ノ間・拝殿)

徳川家康公をお祭りする神社です。
家康公の没後、二代将軍秀忠公は久能山に徳川家康公を祀る神社を造営することを命じ、
1年7ヶ月という驚くべき短期間のうちに社殿が建てられました。


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社殿の様式は本殿・拝殿を石の間で接続した『権現造』(ゴンゲンヅクリ)。
権現造の様式は久能山東照宮の造営によって確立され、
日光東照宮を始め全国に多数造営された東照宮は久能山東照宮が原型とされました。


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廟所(びょうしょ)参道

廟門から御神廟までの間をつなぐ参道です。
左右には家康公に仕えた武将たちが奉納した石灯籠が据えられており、
厳かな雰囲気が漂っています。


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神廟(しんびょう)

徳川家康公の遺骸が埋葬された場所に立つ廟です。
当初、この地には小さな祠(ほこら)が建てられていましたが、
三代将軍徳川家光公によって高さ5.5m、まわり8mの石塔が建てられ、
現在に至っています。


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家康公の遺命に従い、西向きに建てられています。


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静岡にはガンダムのプラモデルで有名なバンダイの工場や
タミヤ(旧田宮模型) 、青島文化教材社、ハセガワ(旧長谷川製作所)、フジミ模型など
有名な模型メーカーがあります。

その起源は・・・
徳川家康公も崇敬された静岡浅間神社や久能山東照宮の造営に際し、
日本各地から優秀な職人が集められたことにあります。
造営が終了した後も、職人は静岡(当時の駿府)に残り、
雛人形や竹細工などの木工細工に携わりました。
その技術が昭和に入り、木製教育玩具や木製教材を生み出し、
戦後になり木製模型が制作され、プラスチック模型に繋がったのです!

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