大多喜城の正式名称は、『千葉県立中央博物館大多喜城分館』といいます。 千葉県指定史跡の上総大多喜城本丸跡に昭和50年に建てられた 天守閣づくり(3層4階の鉄筋コンクリート造)の歴史博物館です。 大多喜城は、現在の千葉県夷隅郡大多喜町にあった戦国時代から江戸時代にかけて 存在した城で、初めは小田喜城(おだきじょう)と呼ばれていました。 本多忠勝 戦国時代から江戸時代前期の武将。 徳川家の家臣で徳川四天王(本多忠勝・酒井忠次・榊原康政・井伊直政)の一人。 天正18年(1590年)に北条氏の小田原城が豊臣秀吉に攻め落とされると、徳川家康は江戸城に入り、 小田喜城を家臣の本多忠勝に与えて安房の里見氏の勢力を抑えようとしました。 城主は本多氏3代のあと、阿部・青山・稲垣氏へと引き継がれ、 元禄16年(1703年)に松平氏が入城しました。 松平氏は9代続き明治の廃藩置県を迎えました。 屋根の瓦には、二つの家紋が使われています。 最初の城主となった本多家の紋『立葵(たちあおい)』と 最後の城主の松平家の紋『三ツ扇(みつおうぎ)』です。 武家の家紋は、権力の象徴であるとともに合戦の際に 敵味方の識別をしやすくするために作られたものです。 家紋は、家を代表するものとして、 明治維新まで大きな権威を持っていました。 兜と陣羽織をつけて写真撮影ができる『体験コーナー』と 最上階からの窓からの撮影を除き、館内は撮影禁止です。 房総の中世・近世の城郭とそれに関わる武器・武具や調度品・古文書や、 武家社会や城下町の生活などに関する資料を展示しています。 開館時間 午前9時から午後4時30分まで(入館は午後4時まで) 休館日 月曜日(休日の場合は開館し、翌日が休館日となります) ※年末年始、その他に臨時休館日があります。 入場料 個人 一般200円 高校・大学生100円
※中学生・65歳以上無料 |

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