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ところで私は、学生時代の授業にて山本七平氏の言う「日本教」をレポートに引用した時、教授に引用するならもっとましな学者のものを使いなさいと注意されたことがあるのですが。苦笑
教授なんて権威主義者なんだなと思ったのですが、権威主義もまた人間を支配するに都合よい意識として植え付けられたものなのだろうな。人々を支配する為に都合よいものは延々と作られつづける。日本において、宗教でいえば神社神道がそうだろうし、仏教だってそうだったのだろう。明治期の天皇制など最たるものだろうし、そういった説では太田龍氏が天皇破壊史で詳しく分析しているので興味がある方には面白い話だと思う。

宗教が機能しなくなると科学技術や資本の縛りとして経済システムが強固になっていったのだろう。ある縛りのシステムが行き渡り、権威化して利権化すると反乱分子が生まれる。そしてまた新たなる縛りが生まれる。まるで現代の経済において、ある商品が生まれそれが行き渡り、売れ行きが鈍ると新たな商品が開発されるように・・・。

よく言われる話として、人類の社会を人間の進化の過程としてダーウィンの進化論を元にした弱肉強食の適者生存の競争社会が正しいという説明が為されるのだけれど、私はそれは間違った考えなのだと思っています。学術界が恣意的に理論を集約しなければ、きっとダーウィンの推測に過ぎない理論など過去のものになるのではないかな。地球上の森羅万象を眺めれば、住み分け理論が支持される方が自然だと思うのだけれど・・・。


少し前に、日本人の精神の根本を為しているのは、お天道様を拝む太陽信仰と、ご先祖様を敬う先祖供養なのだという記事とも言えないようなことを言いました。この国において太古より人間を羊のように支配しようといった試みがあったのだと想像しますが、日の本である我が国は綱渡りの状態ではあったのだろうけど現代までなんとかそれは免れているのではないかと私には思えます。それというのも、上記の二つの思想は何とか庶民の間では生きていると思うからです。神社神道に形を変えながらもお天道様を拝むのも、葬式仏教に変わりながらも先祖を供養するのも、太古よりのこの国の習慣だったのではないかと私は思っています。


この国の思想史に残るようなよい文章があります。
1613年、江戸初期に臨済宗の僧、金地院崇伝(こんちいんすうでん)により書かれたとされている伴天連追放令なのですが、何故かあまり認知されていません。鎖国が何故行われたのかが一目理解できるような貴重な資料なのです。全文を掲載しようとネット上を探したのですがありませんでした。
ならばと私が現代語訳を掲載した次第です。

仏教僧が考えたものだから異教徒を排除する為のこじつけだと言った意見もあるやもしれませんが、一読には値すると思います。



伴天連追放令


天は父であり地は母である。人はその中間に生まれ定まる。日本は元々神国である。実体が定まらないもの、これを神と呼ぶ。聖なる霊的なものであり、ぜひとも尊崇すべきである。言うまでもなく人が生まれるのはこの神の働きであり、人は片時も神と離れない。神は他に求めるものではない。人が人として完成する時、それすなわち神となったということである。

また日本が仏の国であることも文献上の証拠がある。大日本国とはすなわち大日如来の本国であり、法華経にも仏とは世を救うために神通力を示すものであるとあり、この仏の言葉は神と仏がその名が異なるようなものと見えるが実は一つであることを示している。先人は遠く異国に渡り仏、儒の道を日本に伝え、それを受けた我々はそれを伝えて仏法の盛んなことは、その発祥の地すら越えるものがある。


しかしキリシタンどもは日本に商船を派遣して貿易をするだけでなく、みだりにキリスト教を広め正しい教えを惑わし、自らの領土にしようと画策している。これは大いなる禍いの種である。制圧せずにおられようか。


日本は神仏の国であり、神仏を尊び仁義の道を治めて善悪を糾している。罪を犯す者があれば五刑に処す。刑法の適用が厳格であり五逆・十悪(極悪犯罪)は斬罪など厳刑に処される。善を勧め悪を懲らす道である。だがそれだけやっても悪を制し善を保つのは難しい。現世ですらそうなのに、後世のことを考えると、まことに罪を犯すことは畏るべきことである。


にもかかわらずキリシタンどもは法に背き、神を疑い仏をそしっている。正義を傷つけ善を滅ぼし、殉教者を見れば喜んでその周囲に集まり、これを礼拝し、そういう死を自らの理想とする。これが邪教でなくて何であろうか。まことにキリシタンは神仏の敵である。ただちにこれを禁止しなければいずれ国家の患いとなることだろう。皆々号令してこれを禁止しなければ天罰を受けるぞ。日本国内においてキリシタンどもはわずかな土地に存在することも許さない。すみやかに一掃せよ。命令に逆らう者あれば必ず処罰せよ。


今幸いにして天の命令を受け日本を治める者がいる。外には徳を持って接し内には尊い仏の教えを持している。それゆえ国も豊かで民も安らかである。経典に言うように現世は安穏で後世も良いということだ。孔子も言うように、人の身体は親から頂いたものであり、それを傷つけないのが親孝行の第一である。殉教などにあこがれずその身を全うするのが、すなわち神を敬うことだ。一刻も早く邪教をしりぞけ正しい教えを盛んにしようではないか。世は既に末世とはいうが、これが神仏の道を興隆させる善政である。広く世間に知らしむるべし、決して違反してはならない。


秀忠 朱印


(井沢元彦氏の逆説の日本史13から引用です。読みやすいように一部私が省略などしました。

この記事に

  • いやいや凄いですね。
    キリシタンをここまで完全に否定していたとは驚きです。

    [ いくお ]

    2011/6/9(木) 午後 6:38

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    いくおさん、コメント残していただいてありがとうございます。
    江戸時代の鎖国については、なんとなくそうなのだろうなとは思っていたのですが、これほどはっきり認識していたとは私も驚きました。

    この令が発表される直前に、家康は年越しの為に江戸から駿府に移動していたらしいのですが、その道中に急遽江戸に蜻蛉帰りし金地院に二日間で書かせ発表したと言います。その道中でキリスト教について何やら情報を得たのではと思わせますね・・・。

    挽き物屋

    2011/6/10(金) 午前 4:35

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    ふーむ、なるほど・・・
    家康という人物はやはり凄いです

    [ いくお ]

    2011/6/10(金) 午後 6:42

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    いくおさん、度々のコメントありがとうございます。戦国時代のような困難な世には有能な人材が多く輩出されるのは当然と言われますが、信長-秀吉-家康の継承には短期間で変革する為の偶然とは思えないような奇跡がありますね。私の妄想的には、日本を守る為のあの世からの介入があったのだと思っています。笑
    日本の大地には国之常立神という地球神が鎮座しているとも言いますね。笑

    挽き物屋

    2011/6/11(土) 午前 9:14

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    アジアにおける日本人奴隷の実態
    当時、ポルトガル商人は争って日本人の女奴隷をアジアで買い漁っていたという事実がある。
    商人に従う使用人や水夫までが、そうした日本人奴隷を安価でたやすく手に入れることができた。
    ポルトガル人などの南蛮諸国の白人の間では、日本人の女奴隷は特に珍重されていて、マカオなどの奴隷の集散地や市場でもアジアの女性の需要が多かった。

    そのため中国人、日本人の女性だけを満載した大型のガレオン船がマカオやマニラを拠点として、そこからアカプルコ、ゴアを経由する定期航路を経てヨーロッパ市場へと続々と輸送され売られていった。

    1555年当時各地から人買い商人によって奴隷要員は集められ、マカオがそもっとも大きな集散地となっていた。

    うした奴隷は買い入れられた価格の10倍以上の値で転売されていて、商品としての利幅が大きかったが、輸送時に熱病などで死亡すればゴミ同然に海中に棄てられた。
    そうした劣悪な環境での輸送では奴隷の死亡率はきわめて高く、航海が長い場合は3分の1から4分の1が死亡し廃棄された。

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    ユダヤの陰謀に注意さん、コメントありがとうございます。そのような過去があっただろうことは容易に想像できます・・・。


    話は違いますが、私はユダヤの陰謀なるものが事の本質を捉えているとも思ってはいません。一側面に過ぎないと私は考えています。個人的に大航海時代とは、特定勢力による歴史の隠蔽工作だったのではと思っていますがね…。

    挽き物屋

    2013/1/4(金) 午前 11:00

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    日本にはサビエルの後も各派各団の宣教師が渡来しましたが、いずれも日本の富と国土を狙って来た者たちで、日本人を奴隷として売り渡し、一国の領主に金を貸して領地を担保に取り上げたりしたのです。

    ついには島原の民・百姓を扇動して大乱を起こさせました。
    この時、原城に立て籠って死んだ遺骸にはイエズス会士もバテレンの遺骸も見つかりませんでした。
    彼らは日本人を信者にして煽るだけ煽り立てて、自分たちはとっくに逃げうせたのです。
    キリシタン・バテレンの子供達に墓を暴かせ、神社や仏閣を破壊し、神具・仏像を薪にして燃やし、日本の公序良俗の美風を踏みにじったのです。

    これに対し豊臣、徳川は布教を禁圧し、宣教師らを国外退去させました。
    これを今では「キリシタン迫害」と言われていますが、これは違います。
    これは国を預かるものが国を守るための当然の施策であったのです。

    サビエルはポルトガル国王に、
    「軍備において日本はヨーロッパと同水準にあるため軍隊による征服は難しいです。
    それよりも心に訴えて納得させればこの上なく忠実なキリスト教の下僕となる民族です」
    と報告しました。

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    国境の環境歴史観光防災プロジェクトXさん、コメントを残していただきありがとうございます。私は、貴殿のおっしゃる内容についての理解はあるつもりではいます。ただ歴史の真相を追求するのはたいへん難しいですよね・・・。キリスト教についてその史実の深淵を探ろうと思いを巡らせると、現生人類について何やら解る側面もあるのでしょうね・・・。

    挽き物屋

    2013/1/26(土) 午後 11:21

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