男の背中

今日の命の燃え方はどうだったのだろう?自分の背中を感じながら。

窓のそと

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窓のそと 54

 雨の中に
 
 また芽生えた台風の影響なのか、雨が一日中ふっていた。
 あれほど雨がふらなかったのに、4日前につづき大雨。
 
 来春に採れるように今から畑に種をまいておく、ホーレン草、エンドウの畝づくりがまにあわない。
 苗を買って植えつける玉ねぎの畝がつくれない。
 一粒ずつの種を土に埋め込むニンニクの畝も間に合わない。
 
 だけど、雨がなくて苦しんでいた大根と白菜は大喜び。
 キャベツやブロッコリー、カリフラワーは、歌をうたっているように葉を揺らす。
 
 300坪ほどの土地の中に、踊る野菜と裸の土とが息をしている。

窓の外 53

   一生
 
 10月11日だというのに、途方もなく暖かい。
 4時半、朝起きて下着一枚とパンツ一丁でパソコンに向かっていられる。
 こんなことで20年後にも、地球はもつのだろうか?
 余計な心配を、ちょっと孫のためにして、本題を書く。
 
 沢山の鈴虫が孵化したのは5月だったか?
 
 玄関の棚で、涼しいとは言えない鳴き声を華々しくたてていた8月、9月。
 
 華やかな舞台は終わった・・・・
 
 いつしか声はほそくなり、残るは2匹のかメスとオス。
 
 つがいなのかしら。
 仲よく長寿。
 
 昨日あげた新しいナスの切れ端を、今朝もかじっているかしら?
 
 この歳になると、しみじみと刹那をかんじる。
 一年が刹那
 
 もうすぐ、蔵に飼育箱をいれ、冬をこさせる日がちかい。
 なっちゃんが、命を感じ、命が代替わりしていく不思議を感じる日が近ずいている。
 
 オレもおなじだな〜
 
 

窓の外 52

 現代 姨捨山 2
 
 気力が減少してきたのか、はたまた体力的に無理がたたっているのか、ここにメモ書き程度にも書けなくなった。
 これではいけない、痴呆化が進むと思い、パソコンに向かいました。
 
 妻の母がこの夏の暑さにまいり、横になったままになってしまったので、家の近くの病院につれてきました。(妻は一人娘
 内科に入院しましたところ、夜になると徘徊を始めるのだそうです、「家に帰る」と言って。
 
 その病院の精神科に痴呆症病棟もあり、そちらに転入院。
 
 慣れない環境なので、しばらく一日おきに妻と私が交代で様子を見にいってます。
 
 家にいた時とはちがって、急に老いが進んできたように思います。(今まで気付かなかっただけかも知れませんが)
 
 
 昨日、妻が帰ってきて言いました
 「おばあちゃんたら、近くに娘の直子が嫁いできているのだけど、ちっとも来てくれない、と言うの。
 直子はここにいますよ、と言うと、ちょっと見つめるだけで訝しそう。 
 そして何も言わないでウトウト・・・
 それじゃまた来るね、と別れをつげると、私に向かって、どちらさまでしたか、と尋ねるの。
 阿川直子ですよ、というとお婆ちゃんは、あれ?偶然に娘と同じ名前ですね、と言ってまた目をつむるのよ」
 
 

窓のそと 51

  現代姥捨山 1
 
 妻は一人娘です。
 肺と心臓の機能低下をおこす難病に罹っています。
 ここ数年、症状は落ち着いていますが、いつもっと深刻な状況になるかは分からない、と言われています。
 
 妻の両親は、約40キロほど離れたところに住んでいます。
 義父は元国鉄の機関士で、年給生活をしています。
 
 90歳の義母はつたい歩きができ、介助なしでなんとか生活をしていますが、体力の衰えが目に見えるようになりました。
 88歳の義父が買い物と食事の用意をしています。
 
 土曜日ごとに私は、妻を車に乗せて義父母の様子をみたり、簡単な掃除をしに行ってきます。
 義父母は、二人で閉めきりの家で生活をしているので、玄関の戸をあけると特有の老臭が鼻をつくようになりました。
 
 私は戸や窓を一斉に開けて、簡単に掃除機をかけたり、庭の草取り。
 妻は、お婆ちゃんの衣服の整理。
 それから我が家のお嫁さんが持たせてくれたパックに詰まった副食を義父に説明して、冷蔵庫の整理もしています。
 
 ここ2.3年は、土曜日ごとにこんなことの繰り返しをしています。
 
 それがこの頃、お婆ちゃん(義母)の様子が大きく変化してきました。
 時には、私の顔をじっとみて、「だれだい?徹かい?」と私の息子の名前を言うのです。
 ことばに詰まって私が、「修一ですよ」と応じると、修一と言う名前がピンとこない様子です。
 
 ありがたいことです、娘婿の名前は忘れても、孫の名前は忘れない。
 おじいちゃん、おばあちゃんにとって、私の息子と娘は、大事な大事なたった二人の孫です。
 
 それはいい、しかしです、先日は一回きりですが妻にむかって、「おめさん、だれだい」と、お婆ちゃんは呼びかけました。
 妻は、やさしく、「和江ですよ、わすれちゃた?」と、ほほ笑みながら応じました。
                                    (つづく)
 
 
 
 

窓の外 50

  枯れ野
 
 知人が亡くなりました。
 
 個人病院に行って、重病ということで総合病院を紹介されて、そのまま入院。
 2週間たらずで、大腸がんのために亡くなりました。
 
 入院の知らせを聞いて、手術後の状態がよくないということで見舞いを遠慮しているうちに、危篤の知らせが飛び込みました。
 駆けつけた時には、集中治療室で意識のないまま、最後の苦しい呼吸をしておりました。
 それが最後の別れになりました。
 
 5歳年上で、兄のように親しく交わっていた人ですので、ショックがずっと、続いています。
 1か月前に元気よくお酒を酌み交わした日のことが、ウソのように思い出されます。
 
 その時がまさか最後の別れになるとは?
 あんなきついことを彼にいうべきじゃなかった?
 こんなことを言っておけばよかった、と悔まれます。
 
 彼には娘二人がいて、一人は嫁にやりましたが、長女を嫁にやらずに残してしまったのです。
 もう彼女は、44歳。
 そのことを彼がどのくらい後悔していたことか。
 私が娘にいい相手を紹介し、二人は好きあったのに、許さなかった彼を、私は責めた・・・・
 
 オトキの席で(葬儀後に近親の者でお酒を飲む席)、和尚さんが挨拶で言われました。
 
 「死んだものはどこへ行くのでしょうか?お墓でしょうか?
 それは亡骸にすぎない。それじゃどこへ?
 それは一番愛していた人の胸の中にいくのです。
 奥さん、彼は貴女を深く愛していました。いき合うたびに彼は妻のおかげだ、妻のおかげでこうして生きていられる、と話していました。
 これからはずっとあなたの胸の中で彼は生き続けています。
 これからも彼とともに二人で、力強く人生を歩まれることを信じております」
 
 そうだ、彼は彼女の胸の中で生きつづけている、と思いつつ、わたしの心は冬の枯れ野をさまよい続けている。

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