現代姥捨山 1
妻は一人娘です。
肺と心臓の機能低下をおこす難病に罹っています。
ここ数年、症状は落ち着いていますが、いつもっと深刻な状況になるかは分からない、と言われています。
妻の両親は、約40キロほど離れたところに住んでいます。
義父は元国鉄の機関士で、年給生活をしています。
90歳の義母はつたい歩きができ、介助なしでなんとか生活をしていますが、体力の衰えが目に見えるようになりました。
88歳の義父が買い物と食事の用意をしています。
土曜日ごとに私は、妻を車に乗せて義父母の様子をみたり、簡単な掃除をしに行ってきます。
義父母は、二人で閉めきりの家で生活をしているので、玄関の戸をあけると特有の老臭が鼻をつくようになりました。
私は戸や窓を一斉に開けて、簡単に掃除機をかけたり、庭の草取り。
妻は、お婆ちゃんの衣服の整理。
それから我が家のお嫁さんが持たせてくれたパックに詰まった副食を義父に説明して、冷蔵庫の整理もしています。
ここ2.3年は、土曜日ごとにこんなことの繰り返しをしています。
それがこの頃、お婆ちゃん(義母)の様子が大きく変化してきました。
時には、私の顔をじっとみて、「だれだい?徹かい?」と私の息子の名前を言うのです。
ことばに詰まって私が、「修一ですよ」と応じると、修一と言う名前がピンとこない様子です。
ありがたいことです、娘婿の名前は忘れても、孫の名前は忘れない。
おじいちゃん、おばあちゃんにとって、私の息子と娘は、大事な大事なたった二人の孫です。
それはいい、しかしです、先日は一回きりですが妻にむかって、「おめさん、だれだい」と、お婆ちゃんは呼びかけました。
妻は、やさしく、「和江ですよ、わすれちゃた?」と、ほほ笑みながら応じました。
(つづく)
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