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「先生、勉強する」 私が、病気の重い子どもたちの学校、病弱養護学校に勤めていた時のことです。 学校は病院の隣にあり、歩ける子どもは学校に来て、重い子どもは病院内のベッドで授業です。 私の担任のひとりに、悦夫君という中学生がおりました。 悦夫君は、重い筋ジストロフィーです。 その当時はもう寝たまま。 指が少しと、眼球が回るだけの状態。 唾液も飲み込めなくなってきて、濃いタンのようになってダラ〜と口からながれています。 こんな状態ですから、勉強といっても毎日をいかに楽しく過ごせるか、それに集中して彼と接していました。 一番は、適宜にヨダレをとってあげたり、体の向きを変えてあげたりして気持ちよくしてあげること。 次には楽しい思い出の日々にすること。 看護婦さんの許可をとって、布団ごとリヤカーに乗せ病棟の周囲の季節の野草を見たり、香りを楽しんだり、さえずる小鳥の姿を追ったりしました。 カセットで好きな歌を聴いたり、鈴をかすかに動かして一緒にうたったり。 好きな漢字の勉強をしたり、本を読んでやったり。 こんなことが主な勉強でした。 それでも彼は私が朝、病棟の廊下に入ると、足音をききつけてベッドから、「先生、勉強」と、大声で呼ぶのです。 私とのベンキョウを待っているのです。 ある日、学校の先生方との緊急の連絡事項で病棟にいくことが遅れました。 やっと解放されて、病室にいくと彼が涙をためて待っていてくれる。 「どうしたの?」と聞くと、そばにいた子どもたちの健康管理をしていた看護婦さんがこうおっしゃいました。 「あんまり、看護婦さん、先生どうした、先生どうした。勉強する、勉強する、と叫ぶものですから、悦ちゃん、勉強も大事だけど、それよりも体を大事にしてね。体をよくすることが一番なの。静かに先生をまっていてね、と言いました。そしたら、それでも僕は勉強する、と言って泣いているのです」 私は、「う〜ん」と、唸ってしまいました。
その時に、そうか、と思ったのです。 なにがって、こんな体の状態になってしまっても、子どもたちにとって勉強が最高の楽しみ、ということです。 子どもにとっては、勉強が命なんだ。 勉強を奪われたら命が消える。 光なんだ。 希望なんだ。 |

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