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<博物館>
丸池から少し戻り、敷地を東の方に行くと「国立民俗博物館」がある。石とコンクリートの塊のような施設である。韓国の公共施設はみんなこれだ。日本の地方都市の公共施設の大盤振る舞いにも似た感覚だろうか。北に向かって太いT字型の全容で、Tの縦棒が三層にそびえ、その上には立派なパゴダ(五重塔)がさらにそびえている。横棒の上にも古風な様式の上屋がのっている。ともかく、気を取り直して中に入った。受付で「音声自動案内機」を借りる。身分証明書を預け、確か1000ウォン払った。何語にするか聞かれて、迷わず日本語にした。
全部で3つある展示空間を2つ見終わったところで休憩スペースに行き、一服した。館内はもちろん禁煙なので自動販売機でコーヒーを買い、こぢんまりした中庭に出る。やや濃い目で甘いインスタントコーヒーをちびちび舐めながらタバコを吸う。こちらの自販機のコーヒーは紙コップも小さめで、出てくるコーヒーはコップの4〜5分目しかない。しかし、500ウオンぐらいで、それなりに安価ではある。昨日、キム・ギドク監督の映画「時間」を見る前に、芸術の森にある映像資料院に出かけて、あそこでも自販機のコーヒーを飲みながら一服した。昨日はイム・グォンテク監督の作品を二本見た。どちらもVHSだったので安価に済ませられたが、たまたま見た「キルソドゥム」にはテープ会社(?)のコマーシャルのようなものが入っていた。家庭でテレビの放映を見るような感覚で鑑賞すればいいのかも知れないが、大いにしらけてしまった。
民俗博物館の展示は、市井の民衆の生活をたどったものではなかった。展示スペースはゆったりとして、まあ、快適なのであるが、展示品の量は想像していたより少なかった。とくに、李氏朝鮮時代の民俗に興味があったのだが、自分の好奇心はほとんど満たされなかった。両班の生活空間と表のハレの世界しか目につかない。両班の生活とともに、彼らの生活を支えた奴婢や白丁の暮らしぶりに興味があったのだが、何もわからない。二時間弱しかいなかったから見落としたのかも知れない。当時の生活をありのままに伝えることは、きちんと現在の生活と未来の生活を考えるための根拠になると思うのだが、きれい事に終始した民俗展示であった。生活の匂いが伝わってこない。自分がぼんやり観覧したせいなのか。やはり国家が鳴り物入りで運営しているからなのだろうか。日本で見た民俗展示といえば、例えば、松本城にある民俗資料館だったかを思い出す。ここを見学した時は、かつての安曇族の暮らしが髣髴として想像されたものであった。あるいは韓国にも市井の名もない人々の生活を伝える博物館があって、自分が知らないだけなのかもしれない。
印象に残った展示物と言えば、裁縫道具と食器ぐらいである。裁縫道具には指当て一つとっても凝った装飾や刺繍が施され、密かな贅沢をそっと楽しんだ女心が見てとれる。また、食器は伝統的に夏には陶磁器を使い、冬には真鍮の金属器を使ってきたとのことであった。自分には一見して金属器の方が涼しげに見えるし、陶磁器の方が冷めにくいように思えるが、ひょっとして、冬はオンドルの床に直に置いて、食べる直前まで保温しておいたのかも知れない。詳細については解説がなかった。
外に出て、Tの字の向かって右側に廻ると、建物の壁に「子供博物館」と表示がある。中でつながっていたようだ。こちらの前庭には、オープンスペースに民俗遺物が点在している。この野外展示の中では人をかたどった石像(文人石・武人石)が印象に残った。似たような石像は景福宮敷地内の別の場所にもあったと思う。また、「天下大将軍」などと書かれた人面木柱のようなチャンスンも目を引く。粗野なエネルギーに満ちている。今時、地方の村の祠にはこういう木柱がまだあるのだろうかとふと思う。そもそも、祠自体が存在しているのか、よくわからない。
この展示スペースから見上げると、博物館の上のパゴダ(五重塔)がひときわ目立っている。これを近くで見てみようと思い、下から続く階段を上った。途中に立ち入り禁止の柵綱があったが階段の幅半分ほど開いている。そのまま上がった。すると、下の道を通りかかった人から「上がっちゃダメだよ」と大声で注意された。子供を連れたお父さんらしい。もっと遠くの方でさっきの警備の人と同じ柄のシャツを着た人が2人、何か怒鳴っている。今日はよく注意される日だ。たまたま近くに、上にいこうか思案している風情の西洋人が一人いたのだが、その人と何となく目を見合わせ、そのまま南の方に向かった。
公開されている空間はそれほど広くなさそうなので敷地内をくまなく歩こうと決め、まず光化門側に引き返して東のはずれの庭園に行った。かつては皇太子の居所があったという場所の近くは駐車場になっており、庭園も荒びた風情であった。櫓が載ったような門は正面の光化門だけでなく、側面にもある。側面の方は閉まっているのだが、ここには警備の兵士、おそらく戦警の人と思われる若い兵士が2人ずつ詰めている。門の櫓に上る階段に陣取り、退屈そうにトランシーバーをいじっている。西側の門も同様の警備であった。光化門自体にもこうした警備兵が詰めているのを後で出る時に気付いた。
いったん光化門前まで戻り、奥に向かって左手、北西の方に行ってみた。方形の池がある。水はやはり濁っている。かなり大きな東屋風の建物が池に食い込んで建っている。この建物も現在工事中で見学できなかった。池の端の道が一番奥まったところは鉄板の柵が刺さり、目隠しされている。隙間から覗くと北岳(北漢山)を背負った青瓦台方面が見通せる。この景福宮の北、すぐ裏が大統領府の青瓦台なのだった。うまくできている。風水の道にもかなっているのであろう。しばし遠望してから道を戻ると、ありがたいことに喫煙可能のスペースが池の近くにあった。一服した後、この池のほとりで少し休んだ。日陰では思ったより風が通る。車の騒音が伝わるが、慣れてきたのか、あまり気にはならない。今日はもう一つ、「国立故宮博物館」を見る予定なのだが、踏ん切りが付かない。民俗博物館の印象がああだったから、故宮とくればだいたい想像がつく。しかし、プディングの味は食べてみなければわからない。再び気を取り直して入口に向かった。
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