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朝晩寒い。東京では木枯らしが吹いた。季節は冬にまっしぐらである。寒い朝にソウルを思う。そして、ソウルですぐに思い出すのは地下鉄(チハチョル)の駅だ。今年の夏にソウルへ行ったときはもっぱら地下鉄で移動した。市内バスと共用のカードを買って乗りまくった。特にオレンジ色の3号線が多かった。映像資料院のある芸術の殿堂へ行くために「南部バスターミナル」では何度も乗降した。南山に行くときもこの線だった。そのほかの場所へ行くときも、地下鉄の駅で入手した小さな路線図片手によく地下鉄に乗った。
[韓国ヤフー検索]「チハチョル」で検索した総合検索ページ。やや重い。路線図がある。
http://kr.search.yahoo.com/search?p=%C1%F6%C7%CF%C3%B6&ret=1&fr=kr-search_top
[クッキーニュース](11月8日)に「地下鉄乗客の94%“こくりこくりと眠くて”…すべて理由があったよ〜」という気になる記事があった。韓国放送通信大学環境保健学科のパク・ドンウク教授チームが去る5月アンケート調査を行い、首都圏電車利用客5900人中1099人を無作為抽出して呼吸器疾患及び眠気症状の罹病率を分析した。その結果、 地下鉄利用市民10人中9人は電車中で'堪えがたい'眠気を訴えることが明らかになった。乾いた咳や'胸息苦しい'など呼吸器疾患を訴える乗客も70%を超えて、一日平均1000万名が利用する首都圏地下鉄客車の換気の改善が至急必要だと指摘された。
地下鉄でまどろむことが多いのは二酸化炭素(CO2)のためだ。アメリカの基準であるSMACNAによれば、CO2濃度が1000〜2000ppmの場合、"非活動的な人は作業効率が落ち、敏感な人は息苦しさを感じる”のだそうだ。パク教授チームが去年ソウル地下鉄2号線と5号線を対象に、乗客が一番少ない時間帯の冬季午後1〜4時にCO2濃度を測定した結果、平均濃度は1775ppmだったし最大3377ppmまで出たという。この問題に対してソウルメトロのパク環境管理チーム長は、“客車一車両の定員が160人なのに出退勤時間には400人まで乗る。CO2基準を合わせようとすれば列車の屋根を取り外して運行するしかない”と語った。メトロ側は、現在の車両は換気装置の改変が不可能で、2兆5000億ウォンをかけて列車全部を入れ替えない限り今すぐ改善することは不可能だ、と付け加えた。
[韓国日報](11月13日)によれば、懸案の車両の入れ替えが始まる。ソウルメトロは13日、導入してから25年になった2号線の電車280両を来年9月から2009年1月までに入れ替える計画だと明らかにした。新たに導入する電車には国際水準の火災安全性と冷暖房自動調節、二酸化炭素自動感知、騷音低減などの機能が加わる予定だ。そして、1984年から85年の間に導入した3号線の電車298両も2010年までに新型と入れ替える計画だそうだ。
…うーむ。ソウルでラッシュ・アワーに乗り合わせたのは一、二回だったがそれほどギュウ詰めだった記憶はない。息苦しかった記憶もない。タバコを吸うのでCO2に耐性があるのかもしれない。自分が頻繁に利用した3号線はソウルの南北をつなぐ線だ。途中、「玉水(オクス)」だったかいうあたりで地上に出て漢江を渡り、江南区に入るとまたいつのまにか地下を走っていた。地上の景色が出てくると、同じ景色を飽きずに眺めた。この線も新型車両にする計画だとは嬉しい限りだ。
[韓国日報](11月13日)地下鉄車両入れ替えの記事。
http://news.hankooki.com/lpage/society/200611/h2006111315254974990.htm
[クッキーニュース](11月8日)地下鉄の二酸化炭素の記事。
http://kr.news.yahoo.com/service/news/shellview.htm?articleid=20061108183623610e5&linkid=rank_news&type=hour&cate=all&rank=3
自分は今まで、徹夜明けでもない限り地下鉄では眠ったことがない。この夏に行ったときもそうだった。第一、向こうの車両は座り心地が悪くて眠れない。確か地下鉄火災で犠牲者が出て以来、内部を不燃化したのではなかっただろうか。地下鉄に乗ると三回に一回は金属むき出しピカピカのベンチだった。金浦からソウル中心街まで地下鉄で行ったときも目はパッチリ開いたままだった。慣れれば安眠できるのかもしれない。
それに、向こうの地下鉄はいろいろな人が乗り合わせて飽きさせない。突然向こうで誰かが大声で演説のようなことを始める。おいおい、どうしたんだ、とちょっと緊張して身構えるが、周りの人は気にもとめていない。「シン(神)」とか「マウミ(こころ)」とかいう言葉が切れ切れに聞こえる。その人がこちらに歩いてくる。手に黒く分厚い本を持っている。まだ若く、頑健そうな伝道師なのだった。そうかと思うと、ラジカセのボリュームを上げて音楽を流しながらCDを売り歩くおじさんが通っていく。それを見て、しかめっ面をして露骨に不快感を表す人もいる。驚いたことに、買う人もいる。しかし、大方の人は無関心に見える。
金浦から長時間乗ったときは車椅子に乗った老人が空き缶をぶら下げて物乞いしながら通った。といっても哀れっぽい口上などない。静かに通っていく。息を詰めて見守っていると、向こうの席の五十がらみのおばさんが1000ウォン札を空き缶に入れる。車椅子の老人はちょっと会釈するかしないかという感じで通っていく。卑屈なところは全くない。おばさんも何気ない顔つきである。こっちの席の脂ぎった顔をしたおじさんはさっきから方々に電話して日程を調整している。ゴルフにでも行くのだろうか。そして、周りのほとんどの人は無関心に見える。自分は視線を下げて両膝の間の荷物を見る。無関心に見えるだろうか。地下鉄はうなりを上げて突き進む。乗換駅まではまだだいぶある…。
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