李英愛研究

ネットの記事でイ・ヨンエさんに迫ります

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 [東亞日報]によると、エヴェレストの南西壁〜西稜にアタックをかけていた登攀隊が登頂に成功した。今月の10日に頂上アタックを計画していたが、悪天候のため延期になっていた。南西壁に「韓国ルート」開拓ということで話題になっていたが、詰めの部分は旧ソ連の遠征隊が1982年に登頂に成功したルートに従っているようである。以下、ベースキャンプから伝えられたファン・インチャン記者の記事の抜粋である。

 アタック隊はパク・ヨンソク隊長(46)、ジン・ジェチャン副隊長(43)、シン・ドンミン隊員(35)、カン・ギソク隊員(31)ら4名。パク隊長は前日朝にキャンプ4(7800m)を出発し、8時間をかけてキャンプ5に上がってきた。キャンプ5から頂上まで高度差は450m、1.5kmの歩程である。

 20日午前0時40分(韓国時間午前3時55分)、アタック隊員たちはキャンプ5を出発した。前日、シン隊員が250mのルート作業を行った跡をヘッドランプ頼りにすすみ、さらに150m前進した所、キャンプ5から400mの地点で高さ70m、斜度70度の第一ステップ(絶壁)が行く手を阻んだ。

 午前3時49分に第一ステップの登攀開始、苦心の末、午前8時18分にこの難所を越えた。"一番目、一番目のステップをただいま越えました。遠くに頂上が見えます"とパク隊長はベースキャンプに無線連絡してきた。

 西陵に出ると、ヒマラヤの強烈な太陽が隊員たちの頭上に浮かび上がった。身を切られるような寒さが蒸すような蒸し暑さに変わった。白い雪原に反射した放射熱のため熱い暖炉の傍にいるようだ。そして、10時14分、50mほどの高さの第二ステップはシン隊員を先頭に乗り越えた。あとは頂上まで一直線である。だが、道のりはまだ遠い。アタック開始時に用意した700mのザイルはほとんど消費した。お互いをザイルでつなぎ、同時に行動する、いわゆるコンテ(コンティニュアス)で登攀を続ける。

 5月20日午後3時ちょうど(韓国時間午後6時15分)、遠征隊は頂上に立った。エヴェレストは遠征隊の意志を挫くことは出来なかった。キャンプ5を出発してから14時間20分の闘いであった。4名の男たちは子どものようにむせび泣いた。"ありがとうございます。ありがとうございます。私が分かるすべての方々に、ありがとうございます。感謝するだけです"と、パク隊長は泣き笑いで伝えてきた。"フィジュンやヒョンジョなど先に世を去った後輩たちにした約束をいま守りました。肩の荷が下りたようです"。

 隊員たちは35分間頂上に留まりながら写真撮影などをした後、午後3時35分に南東陵を通じて下山道に出た。1991年に初めて南西壁挑戦に出て、18年目にして夢をつかんだパク隊長にとって、頂上に立った30分余りはとても短い時間だった。

 ・・・エヴェレスト登山は、古典的な南東陵ルートなどパックツアー商品が開発されるほど最近は敷居が低くなっている。登山客の残すゴミが問題になっているほどである。しかし南西壁は、「ちょっとエベレストまで」というわけにはいかない。韓国遠征隊には1993年5月16日に2名(ナム・ウォンウ、アン・ジンソプ)、2007年5月16日に2名(オ・フィジュン、イ・ヒョンジョ)の犠牲者が出ている。みな、パク隊長にとって実の弟のような岳人たちだったそうだ。今回の遠征は、先人の魂を慰める鎮魂の登山でもあった。

 チュッカハムニダ、おめでとうございます。

[東亞日報](5月21日)14時間の死闘の末に飛んで来た無線“ありがとうございます ありがとうございます”
http://www.donga.com/fbin/output?n=200905210172&top20=1

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