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『アルチェステ(Alceste)』はクリストフ・ヴィリバルト・グルック(Christoph Willibald Gluck 1714- 1787)のいわゆる'改革オペラ'の第2作で、彼のオペラ改革の考え方の集大成として提示された作品と言われる。原作はエウリピデス(Euripides)の『アルケスティス(Alcestis)』で、日本語でも文庫本で読める。イタリア語版のリブレットはラニエリ・デ・カルザビーギ(Ranieri de Calzabigi)によって書かれ、1767年12月26日にウィーンで初演された。
「グルックはオペラをその出発点に戻し、人間のドラマと情熱に焦点を絞り、歌詞と音楽に同等の重要性を与えることを欲していた」[ウィキペディア英語版]。グルックの考えに賛同するカルザビーギや他のオペラ関係者たちは、マンネリに陥っていた当時のオペラ・ブッファやオペラ・セリアに飽き足らず、新機軸を模索した。 「カルザビーギが『アルチェステ』を出版した時、彼はグルックによって署名された前書きを追加した。この前書きはオペラ改革に対する彼らの考えを提示するものであった。オペラ『アルチェステ』はこのマニフェストに示された特徴を備えるものであった。 その特徴とは、
*ダ・カーポ・アリアが全く無い。
* 即興的な歌唱や軽業的な名人芸的歌唱の機会がほとんど無いか全く無い。
* 長いメリスマが無い。
* テキストの意味がより明瞭になるようにその音節をより支配的に扱う。
* アリアの中でテキストの反復を極力減らす。 * 総じてレチタティーヴォを控えることによって、レチタティーヴォとアリアとの区別や演説調の楽句と叙情的な楽句との区別を曖昧にする。 * レチタティーヴォ・セッコよりは伴奏付きレチタティーヴォ。 * よりシンプルでより流麗な旋律線。 * 主題や雰囲気によって後に続く上演内容(action)に結びつけられた序曲。 * 合唱をより際立たせ、古典的なギリシア(悲)劇を模倣しつつ、舞台で明らかになる出来事に対して注釈を加えるという重要な役割を合唱に与える。」 (ウィキペディア英語版 'Alceste'より) 以上の特徴をみると、グルックらの頭にあった"オペラの出発点"とは、モンテベルディあたりだったように思えるのだが、彼らが改革の矛先を向けた当時のオペラは、王侯貴族や大富豪お抱えのカストラートや高名な歌手の即興的な名人芸が呼び物になっていた。歌詞の意味や筋運びなどは無視して、刹那的なうけ狙いに走る上演が多かったに違いない。今風のことばで言えば、クライアントを喜ばせるだけでは飽き足らぬ、いわゆる"作家性"の強い作曲家や台本作者にとってはたまったものではない。しかし、自分などはむしろ当時のオペラを見物してみたい気もする。 ところで、『アルケスティス』は古典中の古典であるから、グルック以外にもリュリやヘンデル、その他の作曲家の『アルチェステ』が存在するらしい。だが、なにしろジュリーニの指揮で残された録音はグルックのものしか知らないので、ひたすらこれだけを聴いている。手元にあるCDは1954年のミラノ・スカラ座でのライヴ録音で、マリア・カラスがタイトルロールを歌っている。パリ版のイタリア語訳だろうか。演出はあのルキノ・ヴィスコンティ(Luchino Visconti)である。実は自分は、マリア・カラスのパフォーマンスとしては伝説的な『椿姫』の同劇場でのライヴ録音よりこちらを愛好している。『椿姫』と『アルチェステ』を同列に扱うのはもちろん考え物であるが、後者における端正で抑制の効いた熱唱は何度聞いても自分にとって発見に満ちている。 SAKKARIS SR.DIVA 1101/1102 (1998)
ALCESTE
出演:
マリア・カラス − アルチェステ レナート・ガヴァリーニ − アドメート ロナルド・パネライ − アポッロ ジュゼッペ・ザンピエリ − エヴァンドゥロ パオロ・シルヴェーリ − 大司祭(最高の聖職者) シルヴィオ・マイオニカ − タナート(死神) エンリコ・カンピ − 使者 ニコラ・ザッカーリア − 預言者(神託)の声 その他 演奏:
ミラノ・スカラ座オーケストラおよび合唱団 指揮:
カルロ・マリア・ジュリーニ 1954年4月4日 ミラノ・スカラ座でのライヴ録音。
<あらすじ> 省略
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