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ある学問分野の到達点としての研究成果は、新たな研究によって乗り越えられることが不可避である。一つの到達点は新たな出発点になり、より発展した段階へ絶え間なく進む、というようなことを昔読んだ覚えがある。一人の俳優にとっても、ある演技による一つの到達点は新たな演技への出発点になるはずだ。俳優李英愛の演技も発展してきたに違いない。この人の発言等を読むと、まるで学問研究をするように演技に取り組んできたかにみえる。人の知らないところでの努力も相当なものだろう。
彼女の演技について何か書きたいとずっと思っているが、書けない。演技を云々するほど彼女のCFやドラマ、映画等を見ていないからだ。それを言い出せば、もともと資料ゼロで、主にネットの記事をたよりに始めたこのブログであるから、今まで書いてきたのは何なんだ、ということになる。
このまま行くと、彼女が一番聞きたくない「顔だけ綺麗だ」という話で終わりそうである。だが、自分としては、この人ほど綺麗なもの−小さくて平凡かもしれないが清らかなもの−を持っている俳優はめったにいないのではないかという予感に従ってこのブログを書き続けている。タンポポのように愛らしい女性が、無窮花のように輝いている様子を記録したいと思っている。俳優という天職を全うして、末永く残る俳優になって欲しいと願っている。だからどうしたと言われれば、だからなんとかこの世を毎日やり過ごしていられるのだ。
まあ、先日「親切なクムジャさん」も見ることができたし、カタいことは言わずに彼女の演技について書き始めよう。そうは言っても、どうしても調べておlきたいことで、どうにも調べがつかないことがある。彼女の舞台演劇出演のことである。わかっているのは二度舞台に立ったことだ。ネットの記事で確認できたのはいまのところこれだけだ。もっと出ているかもしれない。最初は演技デビューした後、ソウルの芸術の殿堂小劇場で「ジャージャー麺」という作品に出ている。次は大学院時代、学校の記念公演で「都彌夫人(ドミブイン)」のタイトルロールを演じている。ずいぶん前からこれらの作品の劇評を探しているのだが見つからない。きっとネットのどこかにぶら下がっていると思うのだが、探し方が悪いのか見つからない。したがって、今回も核心に触れぬまま周縁をうろつく話になる。
「ジャージャー麺」は、あのジャージャー麺の話なのだろうか。問題は後者だ。この舞台に出たという話は1999年6月6日付の[朝鮮日報]の記事で知った。李英愛と舞台演出家ユン・ホジンとの対談の記事である。この前年、ユン・ホジンが代表を務める劇団実験劇場で「神のアグネス」という作品を上演した(初演は1983年)。このとき李英愛はアグネス役のオファーを受けたという。彼女の公演は実現しなかったが、そうした縁でこの対談が行われたようだ。
対談では、ユン・ホジン作の話題のミュージカル「明成皇后」を李英愛は二回も見て、最後の合唱の所で涙を流した、という話から、演技論、ユン・ホジンの次回作の話、李英愛の皺の心配までいろいろ語られている。なお、明成皇后とは、いわゆる乙未事変で1895年に殺された王后閔妃である(そういえば先日、閔妃が兄に宛てたと思われるハングルの手紙が二通見つかったという記事が出た)。
当時、ユン・ホジンは次回作「夢遊桃源図」を準備中だったが、これは、残存する最古の歴史書「三国史記」(1145)第48巻にある百済の都彌夫人の話を素材にしている。と、ここで、当時中央大大学院演劇映画科に通っていた李英愛が、何年か前に学校の記念公演で「都彌夫人」を上演したことがある、という話が出る。「都彌夫人の役を演じたんです。ミュージカルのように歌も歌いました。」
こういう話は出てくるものの、その時の公演の様子は書かれていない。李英愛の大学院での勉強の様子は全く想像できないが、文献研究中心というわけでもなかったようだ(確かあのイ・ビョンホンもここの大学院で学んだはずだ)。
「夢遊桃源図」の原作はチェ・インホ(崔仁浩)の同名小説である。このミュージカルの紹介ページによると、「抗えない現実に引き裂かれ、恋人との絆を試される「都彌(ドミ)」と「阿郎(アラン)」の切ない愛、世界の全てを手に入れても愛しい女性の心を得られなかった「餘慶(ヨギョン/百済の蓋鹵王)」の哀しみ、それを見守りながら自分の無力を嘆くしかない「香実(ヒャンシル)」の苦悩など、「夢遊桃源図」には、現代の我々が共感できる恋物語が繰り広げられます」ということである。これだけみると、韓国のメロドラマによくあるパターンのようだ。
上記対談中のユン・ホジンの話によれば、「絶世の美女の都彌夫人は川水に映った自分の顔を見て悟りを得るのです。不幸はみな、自分の顔のせいで生じたということがわかるようになったのです。川岸の葦を折ってその顔に傷をつけ、土を塗って自ら醜女になります。目のつぶれた夫と顔がだめになった妻が会う終わりの場面が『夢遊桃源図』のクライマックスです。東洋の美は表に現れる外貌より内面の美しさをもっと大事にしているようです。」
「百済の都彌夫人」というのは全く知らなかったが、これは李英愛にぴったりの役ではないか。百済の王餘慶が夢の中に現れた佳人に焦がれ、捜し出すが、横恋慕は実らず上のような話になる。都彌夫人は漢城(ソウル)一帯、いや全国でも知らぬもののない佳人で、被征服民の馬族の末裔ということになっている。この話は貞節の象徴として有名なのだそうだ。なお、「夢遊桃源図」はあのチェン・カイコー(陳凱歌)が監督として起用され、映画としても数年前から制作されていたようだ。ただし、完成しているのかどうかわからない。
[朝鮮日報]の記事のURL[ http://www.chosun.com/svc/news/www/viewArticle.html?id=199906060256 ]
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