『氷解』はマイケル・ティペットの第四作目のオペラで、1977年7月7日にコヴェントガーデンのロイヤル・オペラハウスでコリン・ディヴィスの指揮により初演された。本作は初演の指揮者に献呈された。
原題の'The Ice Break'は河に張った氷が解けることを表し、北の地で春の訪れを告げる自然の営みなのだそうだ。本作では、父と息子の対立、黒人と白人の対立等、'conflict'(衝突、葛藤、対立)と'conciliation'(和解)がテーマになっている。
手もとのCDは1991年に出たヴァージン盤であるが、これ以外にCDやDVDが出ているのかはよくわからない。
三幕構成で、全曲で74分ほどの短い作品である。音程を調整したのかどうか不明だが、白人と黒人の集団乱闘場面では銃声が12発聞こえ、パトカーのサイレンが鳴り響く。テーマや筋運びはテレビ向きと思われるが、その音楽はシアターミュージックそのもので、多様な響きを楽しめる。
The Ice Break by Sir. Michael Tippett(1905-1998)
Opera in three acts
Libretto by the composer
出演者
レフ(Lev)−David Wilson-Johnson
五十歳の教師、二十年間収監されて出獄し、亡命する。
ナディア(Nadia)−Heather Harper
レフの妻、赤ん坊の息子を連れて移民した。
ユーリ(Yuri)−Sanford Sylvan
レフとナディアの息子、移民の第二世代。
ゲイル(Gayle)−Carolann Page
ユーリのガールフレンド、当地で生まれ育った白人。
ハンナ(Hannah)−Cynthia Clarey
ゲイルの友人、病院務めの看護婦で黒人。
オリンピオン(Olympion)−Thomas Randle
ハンナのボーイフレンド、黒人のチャンピオン。
ルーク(Luke)−Bonaventura Bottone
ハンナの病院の若いインターン医師。
副署長(Lieutenant)−Donald Maxwell
警察の副署長。
アストロン(Astron)−Christopher Robson/Sarah Walker
サイケデリックな使者。
伴奏
ロンドン・シンフォニエッタ、ロンドン・シンフォニエッタ合唱団
指揮
David Atherton
[VC 7 91448-2](1991)
(1990年7月 ロンドン ヘンリー・ウッド・ホールで録音)
第一幕
場面1
空港の待合室でナディアとユーリがレフの到着を待っている。ナディアは船で亡命することになった自分の旅とレフの飛行機によるもっと穏やかな旅を比べる。彼女は彼が到着するのをあてにしてほとんど恍惚の境地にある。自らの父親を思い出せないユーリは無愛想になり、彼女に対していらいらし始める。ナディアはレフの声を聞いたように思う。
場面2
ナディアとレフの間のテレパシーはゲイルとハンナの到着によって中断される。このニ人は彼らのヒーローであるオリンピオンを歓迎するためにここに来た。ユーリは母親の行動に対して憤りを示し、ハンナがレフを政治犯だと話したことを拒絶し、レフは彼の仲間の連中と同様に踏みつけにされるままにしてきたのだと半ば本気で主張する。
場面3
オリンピオンのファンの一群が空港に押かけ、ハンナをナディアたちから引き離す。
場面4
ユーリはゲイルがオリンピオンに媚びるのをみて嫉妬する。彼女は急いでハンナやファンの群集の後を追い、ユーリは母親とともに取り残される。
場面5
ナディアは飛行機が時間どおり到着するのか心配になる。ユーリはオリンピオンのファンたちに心を奪われたままである。
場面6
ファンの一群が戻ってきて、おなじみのアメリカン・スタイルのチアリーダーによってオリンピオンの到着が告げられる。これはオリンピオンも承認している。
場面7
一人取り残されたナディアは、彼女を見つめている地味な服装の男が夫だということに突然気づく。
場面8
ナディアのちっぽけなアパートで彼女とレフは回想に浸っている。しかし、話がユーリのことに及ぶと、ナディアは取り乱してしまう。
場面9
空港の待合室をみると、オリンピオンのファンたちは歓迎の騒ぎを続けている。オリンピオンは黒人の優越性を主張しながらファンたちを率いている。自分を抑えることが出来ないまま、ユーリは苦々しくファンたちのまねをする。白人のファンと黒人のファンは別々になっている。ゲイルはオリンピオンの前で自己軽蔑にさいなまれる。彼女はオリンピオンの足元に身を投げ出し、黒人のファンたちは彼女を利用するよう彼に強く勧める。
激怒したユーリはオリンピオンに襲いかかろうとするが、殴り倒されてしまう。オリンピオンはゲイルのほうも蹴飛ばし、この場面は大混乱で終わる。
場面10
アパートではナディアとレフがユーリの振るまいについて議論している。合唱の雄叫びが遠くで高まり、ゲイルを連れたユーリが部屋に飛びこんでくる。自分の父親に初めて会ったユーリは、なぜ来たのかと苦々しく問いつめる。
第ニ幕
場面1
夜である。アパートでは、レフとナディア、ユーリ、ゲイルは自分たちの立場をはっきりと主張する。レフは若い二人を落ち着かせようとするがユーリにきっぱり拒絶される;ゲイルもまた、レフトとディアが持っている'進歩的な人間愛(liberal charity)'を拒絶する。ゲイルとユーリは外にいる白人の群集にの中に紛れこんでいく。
場面2
アパートの外では、あたかもクー・クラックス・クランの儀式のように白人たちが自らの人種的純潔性を宣告する賛歌を高らかに歌う。
場面3
街の別のところでは、オリンピオンがハンナのもとを離れて外にいる黒人たちのところへ行こうとしている。ハンナは、彼が黒人連中の統率をためらいもなく引きうけたことに異議をとなえる。
場面4
通りでは、戦列に加わるオリンピオンを黒人たちが歓迎し、自分たちがしているように彼に覆面をさせ、攻撃のポーズをとる。
場面5
ハンナは暴力の真っ只中にあって分別をとりもどすよう祈る。
場面6
ハンナの祈りが終わる前に黒人と白人の暴徒らは対決の儀式を始める。
場面7
ナディアとレフはアパートにいて、いま起こっていることに狼狽してしまい、ほとんど取り乱している。ナディアは無力感にとらわれ厭世的になっているが、レフのほうは自らの非暴力主義(pacifist principles)を疑いつつ、ユーリを探しに出かけなければいけないと感じている。
場面8
暴動で黒人と白人の双方に怪我人が出たことが確実となる。警察が到着し、群集は追い散らされる。
場面9
警察の副署長はその場を動かないよう群集に呼びかける。医師のルークはオリンピオンとゲイルが死んだと告げる。ユーリはひどく負傷した状態で見つかる。彼はユーリによって身元が確認され、救急車で護送される。
場面10
(人けのない)通りでルークに促され、ハンナのほうを向いたレフは彼女に安らぎと同情を感じる。
第三幕
場面1
ナディアは死の床にある。アパートでレフは彼女にゲーテの『ヴィルヘルム・マイスターの修行時代』の中のヴィルヘルムと息子との和解のくだりを読んでやり、自らのユーリとの和解を待ち望んでいる。
場面2
ルークとハンナが登場し、ユーリは助かるだろうと告げる。二人はナディアに気を楽にするよう話しかけようとするが、彼女はレフだけを求める。
場面3
妻の死という差し迫った災厄と息子の大怪我とによって混乱したレフは、自信を失ってしばし取り乱してしまう。ユーリがほのめかしたように、自分が '競争から落ちこぼれた(flunked the struggle)' のかどうか疑う。ハンナは葛藤(conflict)が偏在しているのだと思う。世界はゲットー(孤立集団)に満ちているが、結果的に問題を再生産するだけだ、と。
場面4
レフとハンナはナディアにさえぎられる。ナディアは自分が子供時代に見た光景に強くとらわれている。ソリが雪に覆われた森を走り抜けるところや、河に張った氷が解けるのを思い出す。そして、死に迎えられる刹那、牧歌的な夏や河に出た人々を思い出す。レフは天国で自分を待っていてくれるようナディアに呼びかける。
場面5
場面は変わり、救世主アストロン(cult hero,Astron)に祈願する楽園探求者たちの一群を見せる。この両性具有の人物(fugure)は信者たちにメッセージを与えるが、信者たちがこびへつらうのに当惑してしまう。アストロンは彼らの正体を暴き、消えてしまう。
場面6
ルークが診察室でレフに向かって、もはやナディアは亡くなり、ユーリに対する責任をあなたが受け容れなければならないと説得する。レフは同意する。
場面7
病院でユーリはテーブルに横たわり、石膏に固められた状態から解放されることを待ち望んでいる。ハンナとルークが手術教室へユーリを運び、レフのほうはユーリを気遣いながら部屋の外で待っている。ユーリは喜びながら石膏を外される。
場面8
若者たちが病院に押かけ、再生のような春、というアストロンのメッセージを繰り返す。
("Spring come to you at the farthest in the very end of harvest."−アストロンのお告げ)
場面9
ハンナはユーリを車椅子に座らせて手術教室から連れ出す。ハンナはユーリが立ちあがるのを手伝い、ユーリはレフに会いに行く。二人は和解するが、ユーリは足元がふらついているし、ハンナもレフも楽観的になり過ぎないよう注意する。レフはゲーテの言葉を引用する。対立(conflict)と和解のサイクルは人間というものの永遠の様相(feature)なのだ、と。
Meirion Bowen (1991)によるシノプシス。若干加筆。