李英愛研究

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 実にユニークな弦楽四重奏である。1907年から1908にかけて作曲され、1919年の改訂を経て、1929年には弦楽合奏版が書かれた。作品番号がつかない1897年のニ長調の作品を含めて、シェーンベルクが残した弦楽四重奏曲の中で一番聴いている曲である。といっても実演を聞いたことは無く、もっぱらCDで、という話である。弦楽四重奏版で22例、弦楽合奏版で6例の録音があるようだが、自分が愛聴しているのは新ウィーン学派の三人の作曲家の弦楽四重奏曲等を集めたラサール弦楽四重奏団によるCD(Deutsche Grammophon 419 994-2)の中の録音と、同様趣旨で録音されたJunge Deutsche Philharmonie KammerorchesterによるCD(EMI CDC 7 47923 2)の中にある弦楽合奏版の演奏である。前者が1969年の録音で独唱はマーガレット・プライス、後者は1985年の録音で独唱はエヴァ・チャポ、指揮はペーター・ギュルケ。

[Arnold Scho"nberg Center] op.10のページ。作曲年や録音年はここの数字に従った。
http://www.schoenberg.at/index.php?option=com_content&view=article&id=179&Itemid=354&lang=de

 何がユニークかというと、全4楽章のうち第3楽章と第4楽章にはソプラノ独唱が付く。実はこのソプラノ付きというところが愛聴している一つの理由である。さらに、第4楽章には主音の指定がない。一応普通の和音で終わるものの、この楽章をもっていわゆる無調の試みの嚆矢とする向きもある。

 ラサール弦楽四重奏団のCDに添付された分厚い解説書には1936年にシェーンベルク自身がカリフォルニアで書いた解説(の英語訳?)、"Notes on the Four String Quartets"が収められており、ソプラノ独唱のテクストも載っている。ドイツの象徴主義的詩人、シュテファン・ゲオルゲの詩集『Der siebente Ring 第七の指輪』(1907)から"Litanei"(第3楽章)と"Entru"ckung"(第4楽章)が使われている。前者は「連祷」、後者は「有頂天」とでも訳せるだろうか。

 自らを保守的と捉え、革新的であると見なされることを恐れたシェーンベルクによると、「この弦楽四重奏曲はわたしのキャリアの中で大きな役割を果たした。しかしながら、いわゆる無調への決定的な前進はまだ実行していない。すべての楽章は主音で終わり、調性を示している」(解説書 P.42)とのこと。確かに第4楽章は嬰ヘ長調の和音で幕を閉じる。

 テクストの扱いについて、シェーンベルクの説明を訳してみる。

 第3楽章は主題と変奏のかたちで書かれ、第4楽章は最も重要な主題を反復し、ソナタ形式を想起させるようなやり方でクライマックスへと盛り上げる。「音楽と詩が完璧に融合する場合、その形式はテクストのあらましをなぞるだろう。ワーグナーの主要動機(ライトモティーフ)技法は、詩のムードや性格のあらゆる変化を表現するために、どのようにしてこのような動機や他の楽句(フレーズ)を変奏したらよいのかについて私たちに教えてくれる。主題的な統一と論理はこのようにして維持される。最終稿は形式論者の要件を満たしていないわけではない。
 変奏は、ひとつの構造的単位が反復されるため、このような利点をもたらす。この形式を示唆する別の理由があったことを私は告白しなければならない。この詩の大いなる劇的情緒性(dramatic emotionality)によって、自分が室内楽に許容されるべき境界を超えてしまうかもしれないということを私は恐れた。変奏に必要とされる精緻な推敲(elaboration)は、自分が過度に劇的になることを防いでくれるだろうと私は期待した。」(解説書 P.50)

 ということで、「劇的情緒性」に溺れることを戒めたという話なのであるが、なぜゲオルゲの詩、"Litanei"と"Entru"ckung"でなければならなかったのか、そもそも、なぜソプラノ独唱でテクストを歌わせなければならなかったのかはよくわからない。

 ウィキペディア英語版に、こういうユニークな曲になった経緯へのヒントが書かれていた。「四つの楽章からなるこの作品は、シェーンベルクの人生において非常に感情的(emotional)だったに違いない時期に書かれた。この作品には、"私の妻に"という献辞があるものの、これは1908年にマチルデ・シェーンベルクが隣人のリヒャルト・ゲルストゥル(Richard Gerstl)と情事に陥ったころに書かれた」のだそうだ。

 音楽家の「伝記・評伝」の類は、ジュリーニやグールド、ベルクなどに関する文献を漁ったことはあるが、大概は面倒なので、レコードに付いている解説や音楽事典で済ませている。ユダヤ系のシェーンベルクがナチから逃れて米国に亡命し、そこで客死したことぐらいしか知らなかった。いまはウィキペディアをはじめとするオンラインの百科事典が充実しており、決定的な真偽は別にして、とりあえず安直に調べ物が出来たような気になるのでありがたい。

 マチルデ・シェーンベルクの旧姓はマチルデ・フォン・ツェムリンスキィ(Mathilde von Zemlinsky)、あのツェムリンスキィの妹である。1899年にマチルデと知り合ったシェーンベルクは、一気呵成にあの名曲『浄められた夜』を書いたという話も見かけたことがある。マチルデの情事はシェーンベルクの伝記・評伝などではお馴染みの話なのかもしれないが、自分は知らなかった。で、リヒャルト・ゲルストゥル (1883 -1908)についてウィキペディア英語版をみると、25歳で自殺した表現主義的作風のオーストリアの画家である。縊死する際アトリエに火をつけて多くの私信や作品を焼いてしまったためなのか、亡くなった段階で無名に近く1930年代になって「発見」されたためなのか、66枚の絵画と8枚のスケッチしか残されていない。

 「ゲルストゥルは他の芸術家と交際しなかったのだが、音楽に親しみを感じていた;彼自身はウィーンのコンサートに足繁く通った。1907年ごろ、彼はアルノルト・シェーンベルクや、当時同じ建物に住んでいたアレグザンダー・フォン・ツェムリンスキィといった音楽家と付き合い始めた。ゲルストゥルとシェーンベルクはそれぞれの才能に基づいてお互いを称え合った。ゲルストゥルはあきらかに美術についてシェーンベルクに手ほどきした。
 この間、ゲルストゥルはシェーンベルクと同じ家のフラットに引越し、シェーンベルクとその家族、友人のポートレイトを何枚か描いた。これらのポートレイトはシェーンベルクの妻のマチルデやアルバン・ベルク、ツェムリンスキィを描いた絵も含む。極めて様式化された頭部をもつ彼のポートレイトのスタイルはドイツ表現主義を予感させたし、 オスカー・ココシュカの作品におけるようにパステルを使った。ゲルストゥルとマチルデは非常に親密になり、1908年の夏、彼女は夫と子供たちを残したままゲルストゥルとともにヴィエナ(Vienna)へ旅立った。シェーンベルクは弦楽四重奏曲第2番を作曲している最中で、この作品はマチルデに献呈された。マチルデはこの年の10月に夫のもとに戻った。」(ウィキペディア英語版)

 マチルデを失って気が動顛し、仲間からも孤立し、芸術家として受け容れられていない状態にあったゲルストゥルは、1908年11月4日の夜、自分のアトリエに入り、目についた手紙やあらゆる私信の類、作品等を燃やし、アトリエの鏡の前で首をつった。

 弦楽四重奏曲第2番 作品10は1908年12月21日にウィーンで初演された。
 
<附録 ゲオルゲの詩>
Litanei
Tief is die trauer die mich umdu"stert,
Ein tret ich wieder, Herr! in dein haus.
Lang war die reise, matt sind die glieder,
Leer sind die schreine, voll nur die qual.
Durstende zunge darbt nach dem weine.
Hart war gestritten, starr ist mein arm.
Go"nne die ruhe schwankenden schritten,
Hungrigem gaume bro"ckle dein brot!
Schwach ist mein atem rufend dem traume,
Hohl sind die ha"nde, fiebernd der mund.
Leih deine ku"hle, lo"sche der bra"nde.
Tilge das hoffen, sende das licht!
Gluten im herzen lodern noch offen,
Innerst im grunde wacht noch ein schrei.
To"te das sehnen, schliesse die wunde!
Nimm mir die liebe, gib mir dein glu"ck!
 
Entru"ckung
Ich fu"hle luft von anderem planeten.
Mir blassen durch das dunkel die gesichter
Die freundlich eben noch sich zu mir drehten.
Und ba"um und wege die ich liebte fahlen
Dass ich sie kaum mehr kenne und du lichter
Geliebter schatten―rufer meiner qualen--
Bist nun erloschen ganz in tiefern gluten
Um nach dem taumel streitenden getobes
Mit einem frommen schauer anzumuten.
Ich lo"se mich in to"nen, kreisend, webend,
Ungru"ndigen danks und unbenamten lobes
Dem grossen atem wunschlos mich ergebend.
Mich u"berfa"hrt ein ungestu"mes wehen
Im rausch der weihe wo inbru"nstige schreie
In staub geworfner beterinnen flehen:
Dann seh ich wie sich duftige nebel lu"pfen
In einer sonnerfu"llten klaren freie
Die nur umfa"ngt auf fernsten bergesschlu"pfen.
Der boden schu"ffert weiss und weich wie molke.
Ich steige u"ber schluchten ungeheuer.
Ich fu"hle wie ich u"ber letzter wolke
In einem meer kristallnen glanzes schwimme--
Ich bin ein funke nur vom heiligen feuer
Ich bin ein dro"hnen nur der heiligen stimme.
 情報が錯綜している。最初、中国遼寧省撫順県拉古郷(瀋陽近郊の農村地帯)で17日午後、国籍不明の小型機が墜落したという報道があり、その後、乗員が2名いたと読み取れる報道があり、機体はヘリだ、MIG-15ではないか、いや、MIG-21だ、といった報道が続いた。中国の関係当局が調査を進めているそうだが、中国のネット上には墜落現場の写真が公開されている。この写真が確かに現場の写真だとして、それを見る限りではヘリではなく、旧式のロシア製戦闘機である。土をかぶって破損した後退翼のあたりや尾翼の感じからMIG-15やMIG-21に見えないこともない。青丸に赤い星のマークは紛れもなく北朝鮮の戦闘機である。

 「飛行機が墜落した撫順は中国国境の隣接地シンウィジュ(新義州)から200km余り離れたところに位置している。シンウィジュにはミグ機を訓練機で使う北朝鮮空軍部隊があって、この部隊所属飛行機とヘリコプターらがアムノッカン(鴨緑江)一帯を飛行して訓練する姿がしばしば目撃されてきた。これに伴い、中国当局はシンウィジュ空軍部隊所属のこの飛行機が訓練途中に隊列から離脱、脱北したと見ている。中国は北脱出者らが検挙されれば北朝鮮に送還するのを原則に据えているという点でこの飛行機がロシアへ脱出、亡命を試みようとしたことと対北朝鮮専門家たちは見ている」[聯合ニュース]。

 結局、軍人一名(または二名)が脱北を図って失敗し、亡くなったということになりそうであるが、中国側は公式な発表を行っていないし、今後もあるかどうか定かではない。仮に脱北を図ったことが事実だとして、間違って中国の方に行ってしまったらしいのは置いて、いろいろ疑問点が生じる。まず、シンウィジュあたりからの脱北ならなぜ西海(黄海)を南下しなかったのかという点である。昨今はNLL(北方限界線)近辺は警戒が厳重になっている。NLLを超える前に北朝鮮の海岸防衛隊に地対空ミサイルで狙われるか、別の北朝鮮機に追尾されてミサイルで撃墜される危険性が高かったのだろうか。墜落機が武装していたのかどうか、燃料はどれくらい積載していたのかという点も憶測を生む。MIG-15にせよMIG-21にせよ50年も60年も前に初飛行した旧式の機体である。武装はせず、燃料もそれほど積んでいなかったのではないかと想像している。畑に不時着した機体は火災も爆発も起こしていない。

 機体の素性が気になったので、FS98を起動してMIG-15とMIG-21を表示し、[聯合ニュース]の記事に添付されていた2枚の写真と見比べてみると、この2機のうち、どちらかといえばMIG-21のようである。MIG-21は韓国戦争(朝鮮戦争)休戦後の1955年に初飛行し、1990年代までその派生型が開発され、一万機以上が生産された機体であるが、記事の添付写真を見ると、中古機のような匂いがぷんぷんする使い古された機体である。どちらも有名な後退翼機で、MIG-15は垂直尾翼の中ほどに水平尾翼がついている。MIG-21の方は胴体尾部についている。前者は後者より一回り小さい。ただし、写真がわかりづらく、MIG-21なら写っているはずの水平尾翼の一部が微妙に見えない。不時着時に破損したようだが詳細はわからない。

 一方、MIG-15と聞いてすぐに思い出すのはやはり韓国戦争(朝鮮戦争)である。一万五千機以上が生産されたといわれるこの傑作ジェット機は韓国戦争(朝鮮戦争)に投入されるや否や国連軍の制空権を脅かし、米空軍はF-86Aセイバーを投入せざるを得なくなった。それまで北朝鮮側で主力戦闘機として投入されていたプロペラ機、Ilyushin IL-10やLavochkin La-9、Yakovlev Yak-9などとは一線を画す高性能であった。なお、IL-10とLa-9は旧ソ連製戦闘機の中でも自分のお気に入りの機体である。ちなみに、「地球は青かった」の名言を残した旧ソ連の宇宙飛行士、ガガーリン少佐は1968年、練習型のMIG-15UTIで飛行訓練中に教官とともに帰らぬ人となった。

 新聞報道ではMIG-15の名前が出てきたが、韓国戦争(朝鮮戦争)時の花形ジェット機も初飛行は1947年。いくら練習機型であってももはや鉄くずに近いのではないだろうか。北朝鮮ではあの傑作複葉機An-2にシルクワーム・ミサイルを積んで発射訓練までしているようだから、とことん使い潰すしかない台所事情なのかもしれない。もしMIG-21でないとすると、1950年に初飛行したMIG-17かもしれない。MIG-15bisの改良型で概観もよく似ているMIG-17Fは北朝鮮人民軍で現役らしい。また、北朝鮮のパイロットが韓国に飛来して帰順(亡命)し、話題になったMIG-19という線もある。

・・・と、いろいろ憶測していたら、韓国の軍当局の推定が出てきた。[聯合ニュース]によると、「軍のある消息筋はこの日(18日)、"中国で墜落した北朝鮮軍用機は前日シンウィジュ空軍基地から離陸したのがレーダーに捉えられた"としながら、"中央防空統制所(MCRC)のレーダー画面にミグ-21機として識別されたと理解する"と明らかにした。シンウィジュ空軍基地にはミグ-21とミグ-19、ミグ-23が展開している。」そして、やはり燃料をそれほど積んでいなかったようだ。「北朝鮮空軍部隊幹部出身北脱出者のチェ某氏は、"戦闘機訓練時は燃料不足が深刻で、長距離を飛行できる燃料を入れない"としながら、"戦闘機燃料タンクの3分の2ほどだけ満たして30分間余り飛行することができるようにするのが慣行"と伝えた。」

[聯合ニュース](8月18日)"墜落北軍用機ミグ-21機と推定・・・燃料が切れたようだ "北軍用機、中国遼寧で墜落
http://www.yonhapnews.co.kr/politics/2010/08/18/0511000000AKR20100818170100043.HTML
[聯合ニュース](8月18日)北軍用機、中国遼寧で墜落..脱北推定(総合2報)
[聯合ニュース](8月18日)北ヘリコプター中国遼寧で墜落..操縦士死亡(総合)
http://www.yonhapnews.co.kr/politics/2010/08/18/0511000000AKR20100818080100097.HTML?audio=Y
[朝鮮日報](8月18日)北朝鮮戦闘機、中国近隣で墜落
 http://news.chosun.com/site/data/html_dir/2010/08/18/2010081800935.html?Dep1=news&Dep2=top&Dep3=top
[時事通信](8月18日)国籍不明の小型機墜落=中国遼寧省
http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2010081800030

イリューシン76

 英語版ウィキペディア等によれば、イリューシン76(NATOのコードネーム:Candid)は1971年に初飛行し、現在までに千機近くが生産された高翼4発の名輸送機である。現在でも民間用・軍用あわせて850機以上が運用されている。軍用改良型の76Dは尾部に23mm機関砲を2門備え、5百kg爆弾を両翼に吊せる機体もある。76Dで機体のスペックを見ると、乗員5−7名、全長46.59 mでウイングスパン(主翼幅)は50.5 m、高さ14.76 mの大きな機体である。最大積載荷重は45−47 トン。これをソロヴィエフD-30KPターボファンエンジン4発で駆動する。

 12月11日、タイのバンコクの空港に給油のために立ち寄った北朝鮮発のIl-76から北朝鮮製の兵器が大量に見つかり、タイ警察当局が押収した。押収されたのは少なくとも48基の対戦車ロケット砲や20基以上の対空ミサイル、ロケットランチャーなどの兵器で、総重量は約35トン。大量殺傷武器(WMD)関連物資および重火器はもちろん、ほとんどすべての武器を禁輸対象で指定した国連安全保障理事会決議1874号に違反したための措置である。タイの関係当局は操縦士など5人の乗務員を抑留、調査中である。乗員はカザフスタン人4人、ベラルーシ人1人。タイ政府によると、貨物機は11日に平壌をたち、タイの次はスリランカで給油する予定だった。

 この機体は自分にとってフライトシミュレータで馴染みが深い。素晴らしいパネルが公開されており、民間用のIl-76TD(アエロフロートの塗装)は常用機体の一つである。今回摘発されたのは軍用仕様のIl-76MかIL-76MD、あるいはエンジンを交換して静音対策済みのIl-76MD-90あたりだろうかと思い、関連記事に添付された写真を何枚か見た。写真を見ると尾部の銃座部分の跡は残っているが機関砲は装備していない。また、くすみ具合から、経年変化というか、かなり使い回された機体に見える。少なくともM(Military)のつかないT(Transport)のシリーズの機体ではない。

 Tの付く機体の尾部には銃座のようなものは全く見られず、尾部は流線型の突起に仕上げられている。1978年に初飛行したIl-76T、または1982年に初飛行したIl-76TD、あるいは静音対策済みのIl-76TD-90VDなどはみなそうなっている。今回摘発された貨物機はグルジアで登録されていたとのことだが、英語版のウィキペディア(12月13日更新)の"Il-76"で'Operators'のところを見ても出ていない。

 14日の[朝鮮日報]の記事によると、2ヶ月前にカザフスタン航空がグルジアの航空会社に売却したとのこと。上記の英語版ウィキペディアの'Operators'でカザフスタンを見ると以下のようになっている。

* The Government of Kazakhstan operates 1 Il-76.
* Air Almaty operates an Il-76TD for leased operations.
* Air Kazakhstan operated Il-76 aircraft until its closure in 2004.
* GST Aero operates 1 Il-76T.[31]
* Kazakhstan Airlines operated the Il-76TD before its closure in 1997.
* Sayakhat Airlines operated the Il-76 previously.

 'Air Kazakhstan'というのが'カザフスタン航空'だとして、これが現在どうなっているのか不明だが、英語版ウィキペディアの記述だけから考えるとグルジアに販売されたのはここで所有していた機体ではないかと思う。結局、旧ソ連でMのつく機体として製造され、その後民間用に払い下げられた機体ではないだろうか。

 Il-76の出自にこだわったのは、今回の機体が平壌から飛んできたからである。Il-76は目一杯貨物を積んで3,650 km の航続距離である。平壌あたりの空港でも、こういう闇取引用にIl-76を一回満タンにするぐらいの航空燃料は準備されているということだ。北朝鮮の高麗航空はIl-76MDを3機所有している。白地に赤の高麗航空である。ここのIl-76MDも錆び付いて飛べなくなっているということはないだろう。最初にまず、北朝鮮の保有するIl-76MDではないかと疑った。機体の外装など、その気になればいくらでもごまかせるからだ。

 米国からの通報でタイ当局が動いたということなので、北朝鮮の外から持ち込まれた輸送機には違いないのであろうが、奇想天外な詐欺では人後に落ちない国である。高麗航空には30トン以上積めるターボプロップ機、イリューシン18(Il-18)の輸送機仕様も1機あるようだ。今回の摘発は一種の囮で、その後、自国保有の輸送機でばんばん売り込みたいという絶望的な作戦かもしれない。

[朝鮮日報](12月14日)北朝鮮兵器積載貨物機2ヶ月前にグルジアが購入[聯合]
http://news.chosun.com/site/data/html_dir/2009/12/14/2009121401380.html
[時事通信](12月14日)乗員ら北朝鮮兵器運搬否定=貨物機、グルジアで登録
http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2009121400023
[聯合ニュース](12月13日)<北朝鮮制武器差し押さえ、対話ムードに冷水を浴びせるか>
http://www.yonhapnews.co.kr/politics/2009/12/13/0511000000AKR20091213005300071.HTML

第三幕

 アイゼンハルトとピルツェルは軍隊生活の意味についてさらにまた哲学的な議論をしている。それは女性化するのか、あるいは、軍事教練があらゆるものを機械的にしてしまうのか!

 シュトルツィウスはいまや顔を青白くこわばらせている。彼はデスポルテスの友人である将校マリーの当番兵の地位を手に入れる。ヴェゼナーの家で、シャルロッテはマリーが以前デスポルテスに会っていたように将校のマリーに会っていることをなじる。デスポルテスはマリーを見限ってしまった。マリーの方では自らを防御するために将校のマリーに目をかけられているふりをして、彼から友人のデスポルテスのうわさを聞きたいと思っている。マリーにしてみれば将校のマリーがくれる贈り物や彼の招待を拒む理由はない。こうしたことからシャルロッテはマリーを「兵士のおんな(wench)」と呼んでいる。将校のマリーが女たちを迎えに入ってくる。シュトルツィウスがその背後に付き従っている。姉妹はその当番兵が自分たちの知人に似ているのでちょっと混乱するが、将校のマリーはその兵士をカスパー(Kaspar)という名前で呼んでうまく注意をそらす。

 伯爵夫人(Countess de la Roche)がアパートで召使いを休ませ、自ら息子を迎えることにする。彼女は最近、なぜか息子が感情を隠すようになったことで落ち着かないし、心配になっている。自分は常に母親というより友人として彼に接してきたというのに。若き伯爵が入ってくると、彼は召使いがいないことに当惑するが、母親は彼に落ち着くよう言い聞かせる。彼女が彼を見張るために一晩中起きていなければならず、彼に話しかける機会を待っているなどというのは、確かにひどい話である。彼女の息子はすぐに謝る。自分は夕食の後、ヴェゼナー家の娘に会ったのだと釈明する。しかし、魅力的で行儀の良い娘なので母親が性急な結論を下すには及ばないと付け加える。伯爵夫人は、マリーには間違いなく悪い評判があるが、それがすべて彼女自身の過ちのせいでもないと語る。息子がこのかわいそうな娘に同情しているので、伯爵夫人は彼が町を去る約束をするよう言い張る。息子の気持ちを落ち着かせるために、彼女は自らこの娘の面倒を見ると約束する。

 マリーとシャルロッテが議論している。シャルロッテは、将校のマリーが新しい愛人を手に入れたが、マリーはすでに若き伯爵に狙いを定めたと言う。この時、伯爵夫人の召使いが女主人の伝言を伝える。動転したマリーは伯爵夫人のところへ駆けつける。伯爵夫人は友人としてマリーを迎え、知らないところで人々が陰口をたたいていることをマリーが気づいているのかどうか訊ねる。人は自らの階級より上に成り上がろうとするべきではないと伯爵夫人は語り、かわいい容貌だけでは良い結婚をするために充分ではないと指摘し、自分は高潔な市民を幸せにするためにがんばってきたと語る。マリーは、「彼」は本当に自分を愛していると言い返すが、伯爵夫人は泣き出したマリーの面前で、若き伯爵を得ようとする彼女の希望を打ち砕く。伯爵夫人はマリーを慰めるために、自分の手伝いをしてくれるよう申し出る。そうしてマリーが良い評判を取り戻すようにというわけだ。マリーは伯爵夫人の前でひざまずき、よく考えさせていただきたいと願い出て、伯爵夫人は彼女を帰す。
第四幕

 マリーは悪夢を見る。そこではあらゆる出来事や人々が彼女の過去、現在、未来から同時に現れ、最終的に法廷のような様相を呈する。マリーは伯爵夫人の家から逃げ出した。伯爵夫人やシャルロッテ、マリーの父親は彼女を捜してもどこにも見つからないので途方に暮れている。そうこうするうち、デスポルテスは自分の狩猟係(huntsman)に手紙を書き、マリーを取り押さえて自分の父親が彼女について何も知ることがないようにしろと命じる。マリーは狩猟係が後をつけてくるのを知り、困惑しながらも自分はデスポルテスの慰み者として捨てられたのだと悟る。彼女は逃げようとするが、捕まって誘拐されてしまう。シュトルツィウスは薬局に行ってネズミ取りの毒を買う。

 将校のマリーのアパート。食卓を調えながら、シュトルツィウスは自分の上官とデスポルテスとの会話を立ち聞きする。彼らは哀れなマリーについて話している。デスポルテスは、彼女が最初から尻軽女(whore)そのもので、自分が受け取る贈り物のためにおれに関心を持ったにすぎないのだと見下げた言い方をすることで自己の対処を正当化する。いまや彼女は当然の報いを受けたのだし、自分としては彼女のことを聞きたくもないと語る。その間に、シュトルツィウスはデスポルテスの前にスープを置く。デスポルテスはがつがつとスープをたいらげ、すぐに胸の痛みで卒倒する。将校のマリーは剣を抜き、シュトルツィウスに突きつける。シュトルツィウスは死にゆくデスポルテスに自分の素性を明かし、自ら命を絶つ。

 兵士たちが通りで行進している。ヴェゼナー家の父親は考え事をしながらリス川(River Lys)の土手を散歩している。女が彼の外套をつかんで、もう三日も食べていないと言って施しを求める。最初はその女を押しのけたが、邪険だと感じて 兵士たちの方を指し示す。彼女は何かもらえるかもしれない。しかしすぐにヴェゼナーは自分の娘のことを思い出す。この瞬間にもあの子も同じようにどこかで物乞いをしているかもしれないと思い、この女に硬貨を与える。彼には目の前のマリーのことがわからなかった。マリーはいますすり泣きながら地面にくずおれてゆく。

(Maren Bode作のシノプシス。Clive R. Williamsによる英語訳をもとに訳出した。)

 ベルント・アロイス・ツィンマーマンの「兵士たち(Die Soldaten)」は18世紀の詩人J.M.R.レンツの散文による同名の戯曲(1776)をもとにしている。中産階級に属する女がうぶな男と恋仲になるが、女は男爵の肩書きを持つ将校にひかれて男を捨て、「兵士のおんな」になって堕ちていく。男は復讐を決意し、男爵の友人の将校の当番兵になって…。時代設定は戯曲が書かれた18世紀である。

 中産階級の欺瞞と軍隊の堕落への批判といった紋切り型の解釈もできるが、ツィンマーマンの音楽は一筋縄ではいかない複雑さである。歌手も大変ならオーケストラも大変。楽器編成の規模が大きく、ポピュラー音楽のコンボが含まれているし、いわゆる具体音まで出てくる。楽想はバッハのコラールから民謡まで引用の嵐である。アンダルシアのダンサーの踊りの場面などもある。いわゆるジプシーダンスだろうか。おしまいの方で具体音として軍靴の響きが聞こえてドキッとさせられる。ナチのいまわしい記憶か。日本式に言えば戦中派の世代の作者らしい扱いである。

 CDのリブレットの解説によると、作曲者のツィンマーマンは音楽以外にも古今の哲学に精通し、美術に対する造詣も深かったのだそうだ。彼は自分自身を「修道僧と酒神バッカスのライン地方的混合物」などと呼んでいたそうである。この作品の惹句として"der Kugelgestalt der Zeit(sphericality of time)"なんていう難しい言葉が出てくる。「球形の時間」とか「時間の球形性」とかやっても意味不明である。年代記のように並ぶ時間とは区別される、「人間によって体験される時間」の話とのこと。それは、聖アウグスティヌスに由来するらしい次の文章で説明されるような時間である。
 「三種類の時間がある。過去の現在、現在の現在、未来の現在である。これら三つは人間のこころの中にあり、決して他には存在しない。過去の現在は記憶(Erinnerung)であり、現在の現在は意見(die Anschauung)であり、未来の現在は期待(die Erwartung)である。」
 この作品では、こういう時間を音楽的に再構成しようと試みているということだろう。舞台では通常のオペラでは分けられるはずの場面が立体的に設けられ、話が同時進行していくようである。
 文字通り多様にして多元的な響きに満ちた作品である。この作品は別に韓国とは縁もゆかりもないと思うが、自分にはまるで「ドイツ風ビビンバッ」のように聞こえる。

 このCDでの指揮はベルンハルト・コンタルスキー。あのピアノデュオのコンタルスキー兄弟の弟さんである。この作品が1965年に初演された時から上演に関わり、この上演至難の作品のスペシャリストなのだそうだ。


Bernd Alois Zimmermann(1918-1970)
Die Soldaten
Oper in vier Akten nach Jakob Michael Reinhold Lenz

出演:
Wesener−Mark Munkittrick
Marie−Nancy Shade
Charlotte−Milagro Vargas
Stolzius−Michael Ebbecke
Desportes−William Cochran
Haudy−Klaus Hirte
Mary−Raymond Wolansky
Graefin(Countess) de la Roche−Urszula Koszut

伴奏:
Chor und Orchester des Staatstheaters Stuttgart

Bernhard Kontarsky

Sep.1988, Apr.1989
[TELDEC 9031-72775-2]


(あらすじ:CDのリブレットにあったものに若干補充。)

第一幕

 リール(Lille)の装飾品商ヴェゼナー(Wesener)の家で、ヴェゼナーの娘のマリー(Marie)とシャルロッテ(Charlotte)がともに座っている。シャルロッテが針仕事に熱中している傍らでマリーは手紙を書いている。彼女は自分が最近訪問したシュトルツィウス家(Stolzius)への礼状についてシャルロッテに助言を求める。シャルロッテはその手紙に書かれているあらゆることを知りたがるが、マリーは拒絶する。姉妹は口論をし始め、シャルロッテはマリーがシュトルツィウス家の若者に恋をしているに違いないと決めつける。

 アルマンティエレ(Armentieres)のストルツィウス家の息子は服地商で、頭痛を訴えている。母親は息子が恋に落ちたのだと見当をつける。彼女がマリーからの手紙を手渡すと、彼は興奮して彼女の手からそれをもぎ取り、すぐに返事を出さなければとあわてる。母親は大佐(colonel)が言いつけた服の指示を忘れないようにしてほしいと思っているが、息子は彼女に何の注意も払わない。

 ヴェゼナーの家で、ヴェゼナーの顧客の一人であるデスポルテス男爵(Baron Desportes)が中に入り、マリーが一人でいるのを知る。彼はマリーにお世辞を浴びせかけ、彼女に会うために連隊をこっそり抜け出してきたのだと語る。マリーは彼が言い寄っても拒むが、それでも彼のご機嫌取りにはまんざらでもない。父親のヴェゼナーが登場すると、デスポルテスはマリーをコメディ見物に連れて行きたいと申し出て、マリーも父親が同意することを願う。しかし、ヴェゼナーはそれを許さず、デスポルテスは立ち去る。マリーの父親はなぜ外出に同意しなかったのかを熱心に説明する。軍人と噂の立った中産階級の娘はすぐに評判を落としてしまうのだ、と。しかしマリーはその話を受け容れず、泣き出してしまう。

 アルマンティエレのカフェでは、ピルツェル大佐(Colonel Pirzel)や将校のマリー(Mary)、若き伯爵、三人の将校らの面前で、従軍牧師のアイゼンハルト(Eisenhardt)とハオディ少佐(Major Haudy)がコメディは有益か有害かについて議論している。劇場は人が楽しむことができるところなのでどんな説教よりも有益だとハオディが力説すれば、劇場は軍人が中産階級の娘を誘惑するよう仕向けるのだと従軍牧師は批判する。この議論は兵士たちのモラルに関する口げんかに発展する。

 ヴェゼナーの家で、父親は娘のマリーが物思いに耽っているのに気づき、男爵が彼女に愛情表現をしたのかどうか訊ねる。彼女はデスポルテスからの愛の詩を父親に見せる。ヴェゼナーは最初びっくりしてしまうが、すぐにこう考える。自分の娘がある日"上流婦人"になるというのも悪くないな、と。しかし、彼は、若きシュトルツィウスを捨てないよう娘に助言し、おやすみの挨拶をする。マリーは良心の呵責とより良い生活への期待との間で苦悶し、この先運命がどうなろうと甘んじて受け容れようと決心する。

第二幕

 アルマンティエレのカフェで将校たちは飲みながらトランプをやっている。楽しんでいる者もいるが、他は退屈している。彼らは互いに哲学的議論を行い、一方ではアイゼンハルトがシュトルツィウスに対する兵士たちの行動について文句を並べている。彼ははシュトルツィウスとマリーの不仲の噂を広めた連中を非難している。だが、誰も彼の言うことに耳を貸さないのでその場を去る。カフェの雰囲気は一層くつろいだものになって、アンダルシアの女給の踊りが始まり、その場にいる者はみな荒っぽいダンスに参加する。その時ハオディがカフェに入って来てシュトルツィウスがやってくると告げる。ハオディは彼に対して何か企んでいる感じである。シュトルツィウス本人が現れて慇懃無礼に挨拶すると、下士官たちは彼の許婚とデスポルテスについて妙に当てこすった調子で訊ねる。ハオディにとって非常に残念なことに、雰囲気がこうなってしまいシュトルツィウスはひどく取り乱してカフェを飛び出す。

 ヴェゼナーの家では、デスポルテスが泣き顔のマリーに会う。彼女は手紙を手にしており、デスポルテスが見せて欲しいと促すと、彼女はシュトルツィウスの手紙を彼に読ませる。デスポルテスは憤慨したふりをして、なんでこんな「野郎(ass)」と手紙のやり取りをするのかと訊ねる。自分はシュトルツィウスと結婚の約束をしたのだと彼女が語ると、デスポルテスはその手紙にうまく返事を書いてあげようと提案する。彼は、彼女が中産階級出身の男との結婚を欲していないと言う。マリーは最初デスポルテスの提案に同意するが、すぐにうやむやにする。彼女はむしろ自分自身で返事を書きたいと言い、言葉の混乱の成り行きで二人はいちゃいちゃ動き回り、最後には抱き合う。

 この時、二人を見守っているヴェゼナー家の老母はマリーの笑顔がどうしたら泣き顔に変わるのかをすでに知っている。アルマンティエレの家で、絶望でいっぱいのシュトルツィウスはマリーの手紙を手にしている。彼は彼女がそれを書いたとは信じられない。しかし彼は母親が言う悪口を聞こうとせず、「兵士に惚れた尻軽女」を弁護する。やがて、この若者の失意は決意に変わる。彼は自分がデスポルテスに復讐する時がきっと来ると確信している。

(続く)

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