李英愛研究

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CD一枚で

 自分はオペラの作品自体の価値とか難しいことはよくわからない素人で、オペラを聴く時はとにかく全曲通して楽しむ。例えばヴェルディの作品なら「ドン・カルロ」が好きなのだが、3時間を軽く超える長さではそれなりの覚悟がいる。一時期、手っ取り早く話の終わるオペラはないかと、CD一枚に全曲収録された短時間(短幕物)の作品を集めたことがある。

 フランスのオペラ・コミックやドイツのオペレッタなんかのCDでは、一枚に収録されていてもバレー音楽の部分を割愛したり語りの部分を端折ったりしたものも多い。しかし、全曲丸々録音してCD一枚、70分程度に収まる曲は結構ある。手元にあるCDから何枚か、順序不同で並べてみる。プッチーニのいわゆる「三部作」のうち、例えば「外套」はそれだけでも楽しんでいるが、これは三つ並べて上演するのがタテマエなので省略した。

・マスカーニ「カヴァレリア・ルスティカーナ」(BELART 450 016-2)76分19秒
・ドニゼッティ「リータ」(NUOVA ERA 7045)53分52秒
・レオンカヴァルロ「道化師」(LONDON F25L-29114)70分47秒
・バルトーク「青髭公の城」(Deutsche Grammophon 423 236-2)58分20秒
・ティペット「氷解(The Ice Break)」(VIRGIN VC 7 91448-2)74分9秒
・ナッセン「かいじゅうたちのいるところ」(UNICORN DKP(CD)9044)37分48秒
・ブゾーニ「トゥーランドット」(CAPRICCIO 60 039-1)73分41秒
・パーセル「ディドーとエネアス」(PHILIPS 416 299-2)58分10秒
・ビゼー「ドン・プロコピオ」(DMNAMIC CDS 415)61分46秒
・グラナドス「ゴイェスカス」(VALOIS V 4791)60分28秒
・ギルバート&サリヴァン「ミカド」(TELARC CD-80284)79分1秒
・ストラヴィンスキー「うぐいす」(ERATO 2292-45627-2)46分7秒
・ストラヴィンスキー「エディプス王」(DECCA 430 001-2)51分41秒
・ストラヴィンスキー「マーヴラ」(Mezhdunarodnaya Kniga MK 417056)30分4秒
・プロコフィエフ「マッダレーナ」(Mezhdunarodnaya Kniga MK 417056)40分10秒

 最初のマスカーニ以外はすべてリブレットが付いている。そのうち5枚は立派な箱入りである。マスカーニは廉価版で、いつ買ったか覚えていないが、たしか千円でお釣りがきた。一枚だけ定番オペレッタの「ミカド」を入れた。このCDは、一枚に収録された時間で手持ちのCDの中で最長ではないかと思う。この録音は演奏・音質ともに優れている。

 メノッティの一幕物作品も短いが、CDを探しても出てこなかった。ハイドンの「薬剤師」も二枚組用のケースに一枚だけ入ったものがあったはずだが見つからない。ティペットの曲はCD自体が消えていた。どこかのトレイに入れっぱなしなのだろう。情けなくなる。…で、さしあたりストラヴィンスキーの「マーヴラ」がもっとも短かった。メノッティの「電話」はもっと短かったような気がする。

 この「マーヴラ(料理女)」のCDはプロコフィエフの「マッダレーナ」と合わせて一枚に2曲入っていた。おまけに英語訳のリブレットまで付いている。薄利多売だろうか。ただ、ジャケット写真が、何というか、アダルトビデオまがいの艶っぽいもので、やけに目立つ。もちろん、ジャケットで買ったわけではないのだが。

 「マーヴラ」:"へリコン(HELIKON)"劇場室内アンサンブルその他の演奏で指揮はキリル・チーホノフ。
 一幕物の典型的なオペラブッファで、お話は、プーシキンの"A house in Colomna"のプロットを利用しているのだそうだ。場所はサンクトペテルブルグ郊外。ある金持ちの家に10年間勤めてきたメイドが亡くなり、この家の娘のパラシャは家事をさせられてうんざりしている。彼女には隣家のヴァシリーという恋人がいて、一計を案じる。この男が女装して、料理女として家に入ろうというのだ。料理女は最初はパラシャの母親ともうまくいき、パラシャと計画の成功を喜ぶが、こっそりと髭を剃ろうとしているところを母親に見つかってすべてがぶち壊しになる。
 …軽快な曲が多く、一歩間違うと場末のキャバレー(!)の出し物のようになりそうだ。風刺の力、といった点からすれば、思いっきり下品に演奏するのが吉なのかもしれない。

 上ではたまたまストラヴィンスキーの作品が三つ出てきたが、オペラ及びオペラに準ずるストラヴィンスキーの作品は次のものが知られている。

・Le Rossignol (The Nightingale, 1914) - "Lyric Tale" after Hans Christian Anderson
・Renard (1916) - a burlesque
・The Soldier's Tale (1918) - a pioneer of music-theatre
・Mavra (1922) - an opera buffa based on a Pushkin poem
・Oedipus Rex (1927) - libretto by Jean Cocteau based on Oedipus Tyrranus by Sophocles
・The Rake's Progress (1951) - Based on a series of engravings by William Hogarth, with libretto by W H Auden and Chester Kallman
・The Flood (1962) - a twelve-note "musical play" originally conceived for television
(BBCのページより)
[BBC]Stravinsky's Stage Works
http://www.bbc.co.uk/radio3/classical/tchaikovsky/works/strav_stage.shtml

 「うぐいす」:これはアンデルセンの童話に基づく3幕のお伽噺で、自分の手元にある録音はBBC交響楽団その他とピエール・ブレーズ指揮によるものである。
 皇帝は病の床にあり、宮廷の人々は水辺の森にウグイスを探しに来る。その声を知っている料理番の娘の手にウグイスはとまり、皇帝を慰めるために宮廷へ向かう。/皇帝ははじめ、そのウグイスのうたに涙を流して感動するが、日本の皇帝の使者が現れて機械仕掛けのウグイスを皇帝に進呈する。この偽物のウグイスの音を聞いているうちに本物のウグイスは消えてしまい。皇帝はへそを曲げる。/やがて、皇帝は死に神に魅入られてしまい、冠と剣と旗は死に神の手に渡る。と、そこへ本物のウグイスが現れ、皇帝の持ち物を返すようにうたで死に神を説得する。ウグイスの歌声に聞き惚れた死に神は皇帝に持ち物を返し、静かに消え去る。
 …日本から来た「皇帝」の使者が謙遜して「中国製のウグイスにはかないませんよ」みたいなことを言う。このあたりは楽想も東洋風になる。ヨーロッパでいわゆる東洋趣味がはやった時代の様子がうかがえて興味深い。

 「エディプス王」:自分の聴いている録音はゲオルグ・ショルティ指揮、ロンドンフィルその他の演奏。
 あのソフォクレスの「オイディプス王」を古典的な楽想と構成でオペラ化したものである。リブレットはジャン・コクトーによるもの。ラテン語で歌われ、公演地の言語によるナレーションが付いて劇を進行する。自分の父を殺し、母と交わるという例の悲劇である。
 …きわめて劇的な内容のはずなのだが、自分などはパゾリーニの「アポロンの地獄」が頭にあるせいか、なんべん聴いても劇的な印象を受けない。ラテン語に無知なせいかもしれないが、要所要所に出てくるナレーションのために淡々とした感じになっているのかもしれない。ただ、上の[BBC]のページによると、初演時には「マーヴラ」よりこちらの方が受けたのだそうだ。

 「放蕩者の遍歴」は普通のオペラだし、「兵士の物語」や道化芝居の「狐(Renard))」はオペラの一歩手前ではないかと自分は勝手に思っている。で、そもそもストラヴィンスキーのオペラにはそれほど興味が湧かないのではあるが、「洪水(The Flood)」という作品は二十数分で終わるらしい。だいぶ前にCD一枚のオペラを探した時には見逃していた。

 ドニゼッティのオペラの中でも自分のお気に入りの作品である。'semiseria'ということになっていて、文字通りコミック・オペラとシリアス・オペラ(オペラ・セリア)がゴッチャになったような話である。このオペラのCDはNUOVA ERAのライヴ盤しか知らない。

 仇役のテノールがロッシーニ風のベルカントアリアっぽい歌を聞かせるかと思うと、恋人たちは陰影の濃い曲で想いを歌う。下の「出演者」のところには一応声域を書いたが、女声二人はメゾソプラノとして書かれているそうで、タイトルロールのアリーナ役はソプラノからメゾソプラノまで広い音域をこなさなければならない。アリーナの恋人役はバリトンで、やはりこれも難しそうである。

 お話は、フランスで書かれたリブレットをあのフェリーチェ・ロマーニがイタリア語に翻訳(翻案?)したのだそうだ。ロマーニは多くの作曲家に作品を提供した大台本作家だが、この作品はご都合主義の塊のようなところがある。インドのどこかを想定した或る王国(ゴルコンダ)でフランス人たちが繰り広げる恋愛模様である。この作品の初演が1828年で、フランスの方の舞台はそれより60年以上前らしいので、こういう話になるのは仕方ない。


Gaetano Donizetti
Alina, regina di Golconda (Alina, Queen of Golconda) (1828)
Opera semiseria in due atti di Felice Romani

出演者:
Alina : Daniela Dessi(soprano)
Florina : Adelisa Tabiadon(mezzo-soprano)
Seide : Rockwell Blake(tenor)
Volmar : Paolo Coni(baritone)
Belfiore : Andrea Martin(buffo)
Assan(Hassan) : Sergio Bertocchi(tenor)

伴奏:
Orchestra Sinfonica dell'Emilia Romagna "Arturo Toscanini"
Cooperativa "Artisti del Coro" del Teatro Regio di Parma
Maestro del Coro : Adolfo Tanzi

Antonello Allemandi

First Performance in 20th Century
Co-production with Ravenna in Festival
Ravennna, Teatro Alighieri, July 15/17, 1987.

[NUOVA ERA NE6701]

The Italian libretto was written by Felice Romani after Michel-Jean Sedaine's French libretto for Pierre-Alexandre Monsigny's ballet-heroique Aline, reine de Golconde (Paris Opera, 1766)
(英語版ウィキペディアより)


(以下はリブレットにあったシノプシス。一部意訳した。)

 アリーナはプロヴァンスの田舎娘で、海賊に誘拐されて遠く離れた(インドの)ゴルコンダ王国に連れ去られる。ゴルコンダの年老いた王は彼女を愛し、二人は結婚する。やがて王は亡くなり、彼女は寡婦の女王として残される。ここまでは前置きである。

<第一幕>
 ゴルコンダは王なしには存続できない。亡き王の喪が明けると、落ち着きのない奴隷や友人、王位を狙う者、王子といった思惑がらみの連中だけでなく、みんながアリーナに新しい夫を選ぶよう急き立てる。身近にはセイーデという花婿候補がいて、おそらく他の誰よりも男前で、確かに上品で豪胆な男である。しかし、アリーナは一つの記憶に縛られている。彼女は自分が今までに愛した唯一の男、フランス人の下級官吏であるエルネスト・ヴォルマーのことを忘れられない。彼女は花婿の決定をいつまでも引き延ばせたらと願っている。

 宵闇の中、三発の大砲の音が聞こえ、フランスから船がやって来たことが告げられると、王の間でアリーナは運命的な名前を口に出しそうになる。フランスの使節はエルネスト・ヴォルマーと呼ばれる若者なのである。アリーナは人生が再び始まったことを知り、興奮で目が眩むほどである。

 ただ一人だけがアリーナの心の内を理解している。彼女の腹心の友であり、彼女と同様に海賊に誘拐されてきたフランス人女性である。この女性もまた一人の男をフランスに残してきた。しかし、彼女の場合はベルフィオーレという名の夫で、この男とは始終議論ばかりしていた。この女性、フィオリーナは困惑している。彼女には自分が夫にまた会いたいと心から願っているのかどうか、あるいは自分がそのような再会を恐れているのかどうか、よくわからない。

 いまや二人の男たちはここ、ゴルコンダに到着した。思索癖のある役人のヴォルマーは誘拐犯によって自分から引き離された若い女性を思い続けている。精力的に世界を渡り歩いている将校のベルフィオーレが一緒である。ここで物語は二重構造になっていく。一方にはインドの世界があり、男たちと女たちの対立があり、支配ヘの要求があり、宮廷というところは陰謀を企む者や間諜たちがたくさんいて、その色彩や影の中に神秘の雰囲気が漂う。セイーデは若き異邦人に対するアリーナの愛をすぐに見抜き、自らの忠実な支持者たちに革命を呼びかける。他方には、二組の恋人たちと配偶者たちがいる。なかんずく重要なのはアリーナであって、彼女はあらゆる偉大なお伽噺の通例に従って、ヴォルマーが変わらずに自分を愛しているかどうかを試すために三つのテストを受けさせる。
 第一に、アリーナはヴェールで顔を隠して奴隷たちとともに現れ、ヴォルマーに自分の声を聞かせる。ベルフィオーレも、同じように現れたフィオリーナの声を聞く。ヴェールの効果は絶大であった。ヴォルマーは王女の声に魅入られてしまい、ベルフィオーレは慌ててしまう。二人の女はそれが精神的混乱の典型的な形態だと説明する。祖国を離れた土地にいる旅行者は自分の母国の言葉を聞いたような気になるというわけだ。
 第二にアリーナはヴォルマーを未来の王に推戴して、宮廷内に醜聞をつくりだす。彼女は彼が拒絶してくれることを願う。再会したことに気づいていないなら、彼はかつて愛したアリーナに対して誠実であり続ける場合にだけ彼女にふさわしい男になるだろう。ヴォルマーはその推戴を断り、第一幕の幕が下りる。

<第二幕>
 最後のテストは芝居がかった突飛なもので、アリーナは難破船から取りだした品物や宮廷で用意したと思われる品物を使ってプロヴァンスの小さな庭園を造り出す。5年前、彼女はその庭園でヴォルマーに出会ったのだ。彼女は、過去5年間に起きたことはすべて夢だったのだと彼に語る。ヴォルマーは俄には信じられないが、やがて愛に身を委ねる。いまや懐かしのプロヴァンスが再現された。フィオリーナもベルフィオーレにこのテストをやらせようと決心する。彼女は、彼が深酒のあげくゴルコンダの夢を見たのだと彼に思わせようとする。するとベルフィオーレは自分の運命についてみんなに泣き言を言った後、艶っぽい征服譚も交えながら懐かしそうに自分の夢を順に語る。

 そうこうするうち、革命が勃発する。二人の女たちは慌てて自分たちが演じた沈黙劇の説明をし、二人の男たちに助けてくれるよう頼む。セイーデが飛び込んできてアリーナと対決する。彼は彼女を脅し、次には彼女の愛を哀願したりするが、きっぱりと拒絶されてしまう。すると、彼女を呪い、牢屋に入れてしまう。しかし、もはや革命の時すでに遅し。アリーナの王国を守るために馳せ参じたフランス人たちが、いまや強固な動機付けに駆られたヴォルマーに先導されて優勢となり、宮廷を奪還する。アリーナは皆に礼を言い、人々が示した自分への親愛の気持ちに感動する。しかし、このオペラはヴォルマーへの愛を高らかに歌う彼女の次の歌で締めくくられる。"Eri di notte il sogno, eri il pensier del di" (あなたは夜毎わたしの夢でした、あなたは日毎わたしの想いでした")。

 八月下旬からずっと探していたパンフレットが出てきた。一昨年の六月、東京文化会館で見たオペラのパンフレットである。「ソヒャンの結婚〜天生縁分〜A match made in heaven」という創作オペラ全2幕の、たぶん日本初演だった。自分は2日間の公演の二日目に出かけた。

 パンフレットにはリブレットの日本語訳がついている。公演が終わってから帰り際にパンフレットを購入したので、当日歌われたスコアと同一の内容かどうかは確かめられなかったが、いま読み返してみると漢字語の多い日本語訳で、とてもありがたい台本である。

 時代は李氏朝鮮時代、場所はテチョン(大川?)の海に近い所(今の保寧?)。家柄は立派で人徳はあるが貧乏役人として暮らしているキム判書の家、成金で財力はあるが立派な家柄を欲しがっている俗物のメン進士の家、この両家に縁談の話が出る。前者には妙齢のソヒャンという孫娘がいる。後者には清に留学していたモンワンというドラ息子がいる。両家にはそれぞれ男女の奴碑がいて、ソヒャン、モンワンとは身分をこえた間柄である。この二組の男女が最後に二組の幸せなカップルになるというのが話の大筋である。もちろん、身分に縛られたカップルが二つ出来上がるわけではない。韓国のドラマのように三角関係が生じるわけでもない。天生縁分(チョンセンヨンブン)、神の見えざる手、天の配剤の妙は民主的なのだ。

 伝統楽器も使われ、それなりの旋律も聞こえるものの、後期ロマン派の楽曲を想起させる重厚な序曲の後、漁師たちの合唱で始まった。たぶん舟歌かなにかだと思う。そして、合唱でオナラ(屁)やゲップなんかのことが歌われ、それを伴奏が絶妙にフォローして少々面食らった。排泄物の匂いまで出てくる香ばしい場面なのだ。そういうことばが出てくのは、貧乏ヤンバン(両班)や家柄にこだわる成金の権力者を民衆がからかうという趣向である。こういうことばを民衆が恨を解くための武器にするというのは韓国の文化的伝統なのだろうか。そういう話ではなく、カッコつけずにオペラを楽しんで下さいという配慮だろうか。ただ、この場面はさらりと流れていくだけで、オペラ全体からすればごく一部である。自分はこの部分をことさら強調したいわけではなく、冒頭の見事な状況説明だということが言いたいのである。

 その後に出てきたタイトルロールのソプラノのアリアは印象に残った。未知の世界に憧れるこころを、やや抑えて歌っていたのだと思うが、その実力の片鱗を窺うことが出来た。

 これはなにかしら これはなにかしら/私の胸の中にときめく/これはなにかしら/あの南風に揺れる
 これはなにかしら/あの向こうには 何があるの?/私の胸に飛んで来て揺さぶる/これはなにかしら
 発て 心よ 体はそのままに/発て 夢を探して/風に乗って発て
…」

 ソプラノはもう一人、キム判書の家の召使い(奴碑)のイップニ。役名から連想されるように、こちらはかわいい女という設定である。そして、モンワンがテノール、メン進士の家の召使い(奴碑)のソドンがバリトンである。

 伝統楽器が使われ、オーケストラボックスでの配置も助っ人的なところではなく、オーケストラに溶け込ませた扱いではあったが、伝統的な五音階が主導的に使われるという楽想ではなかった。どちらかというと、伝統的な音色を西洋音階で使うという感じだった。韓国風の旋律や音色は出てくるのだが、ハイカラな響きだった。4階席にいたし、双眼鏡を持参しなかったので、伝統楽器の演奏者たちがどんな楽譜を使っているのか確かめようもなかったが、ごく普通のパート譜を使っていたのではないだろうか。

 俗物のメン進士夫婦の腰巾着のようなチョン吏房という人物が狂言回しの如き役回りで出てくる。モンワンがソドンと掛け合いでカタログの歌ならぬ「酒の銘柄の歌」を歌ったりする。そのほか、韓国風を印象づけるべく仕込まれたものも多い。しかし、話の内容からするとダ・ポンテが韓国に行って書いたイタリアオペラのような感じなのである。そして、舞台は「ドイツ風アリラン」みたいだった。舞台美術が表現主義的李氏朝鮮絵巻みたいに見えた。だが、これは自分の思い込みで、今の時代のオペラ美術に国籍云々はナンセンスだろう。群舞のようなものもでてきたし、婚礼の趣向など、見せ場にも事欠かなかった。照明も非凡な手並みだった。

 最後は、オペラの筋立てでよくある「美しい誤解」でイップニはソヒャンとしてモンワンと結ばれ、ソヒャンとソドンは駆け落ちして新天地を目指す。大詰めの愛の二重唱はソプラノとバリトンによって歌われ、合唱が締めくくる。欲を言えばソプラノとテノールでもう少し派手に歌いあげてほしい気もした。しかし、ソドンがバリトンで歌われるのは役の性格付けからしても仕方ないのだろうし、韓国式の理想の花婿はテノールでは軽いのかもしれない。

ソドン  :ただ あなただけを愛しています
ソヒャン :ただ あなただけを愛しています
ソヒャン、ソドン、合唱
     :人が持てるものの中で 最も大きなものが愛/世の中を変える 最も大きな力も愛
ソヒャン、ソドン
     :この世の中でただ一人 あなただけを愛しています
合唱   :愛しています
ソヒャン、ソドン
     :ただ あなただけを愛しています/あなたと私はひとつの世界の始まりです
…」

 美しい誤解は誤解のまま、「惨憺たる理解」という破局は生じない。原作ではどうなのかよく知らないが、二年前にこれを見た時はずいぶんご都合主義の結末だなと思った。主人公が海外に移住するという話も、時代的な制約をいれたというより、このオペラを見る海外同胞へのエールじゃないのかと、気を回してしまった。しかし、今改めて思い出してみて、ギリシャ悲劇のように真実が暴かれなくても、まあ、いいか、と思っている。記憶の浄化作用だろうか。なにしろ、天生縁分、天の定めた縁なのだ。誤解が理解に変わっても、その時はその時で別のオペラ(作品)が生まれるのだろう。


韓国国立オペラ団東京公演
「ソヒャンの結婚〜天生縁分〜A match made in heaven」創作オペラ 全2幕
原作:オ・ヨンジン「孟進士宅慶事」
台本:イ・サンウ
作曲:イム・ジュンヒ
初演:2006年3月12日 フランクフルト市立歌劇場(ドイツ)
芸術監督:チョン・ウンスク
指揮:チョン・チヨン
演出:ヤン・ジョンウン
合唱指揮:ナ・ヨンス/コ・ソンジン
舞台デザイン:イム・イルジン
衣裳デザイン:イヨンジュ
照明デザイン:チョン・セギ

ソヒャン:キム・セア(ソプラノ)
イップニ:パク・ジヒョン(ソプラノ)
モンワン:イ・ヨンファ(テノール)
ソドン:カン・ギウ(バリトン)
メン進士:ハム・ソクホン(バス)
キム判書:キム・ジンチュ(バス)
メン夫人:イ・アギョン(メゾ・ソプラノ)
チョン吏房:ソン・ウォンソク(テノール)
韓国国立オペラ合唱団
神奈川フィルハーモニー管弦楽団
2007年6月28日 東京文化会館大ホール

 あらすじ(パンフレット P.10)
 名声高いキム判書(注・朝鮮王朝時代の官名)と姻戚関係を結んで身分格上げの望みを果たそうとするメン進士(注・科挙の小科に合格した人)は、一人息子モンワンを結婚させるため、留学先の清から呼び戻す。朝鮮最高の家柄の子孫だが、今は貧しいキム判書は、孫娘ソヒャンに貧乏暮らしをさせまいと、朝鮮一の大金持ちであるメン進士の息子との結婚を承諾する。メン夫人は、見合いもせずに新婦を迎えることを苦々しく思いながらも、権威あるヤンバン(両班)の家と姻戚関係を結べることに気を取られ、婚礼のリハーサルに忙しい。

 大金持ちの坊ちゃんであるモンワンは、短絡思考で、清国の酒と女性ばかりに思いを巡らせる遊び人。
 ソドンは、朝鮮ではいくらお金があっても身分差別から抜け出せないことから、身分差別のないところへ行きたいと願う。一方、キム判書の孫娘ソヒャンは常に海の向こうの世界に憧れている。二人は相手を知らないままでは結婚出来ないと、それぞれの友人で召使でもあるソドンとイップニに相談し、一計を案じる。

 端午の節句、イップニに変装したソヒャンとソヒャンに変装したイップニ、モンワンに変装したソドンとソドンに変装したモンワンが互いに出会う。ところが、モンワンは絶世の美女イップニに一目惚れし、ソドンは聡明なソヒャンに心を奪われる。イップニをソヒャンと思ったモンワンは正体を明かして想いを告げるが、これに驚いたソヒャンとイップニは逃げ出してしまう。しかし、彼女たちのところに、ソヒャンをイップニと勘違いしたソドンが訪ねてきて、ソヒャンへの想いを告白し新天地に旅立とうと誘う。すると、すでにソドンに惹かれていたソヒャンは結婚式当日に出発することを約束し、イップニに身分を変えて結婚式を挙げようと提案する。

 式当日、キム判書の自宅の庭には婚礼の準備が整えられ、顔を隠した新婦を除いて、皆楽しんでいる。結婚式が行われる間、メン進士とモンワンは終始喜々として戯れる反面、お金のために孫娘を嫁がせるキム判書の表情は暗い。やがて婚礼は終わり、参加者全員の祝福を浴びながらモンワンとイップニは初夜を共にする部屋に向かう。
 そして明け方、愛を誓い合ったソドンとソヒャンを乗せた船が入り江から水平線に向けて出発する。

 一昨年亡くなったビバリー・シルズの歌声を久しぶりに聞いた。廉価版ながらリブレットが完備しているWestminsterのTHE LEGACYシリーズである。いわゆる「女王三部作」のひとつ、「ロベルト・デヴェルー(Roberto Devereux)」は、一歩間違うと安手のメロドラマになりかねない。女の業を激しくかつ繊細に歌いきるエリザベッタが必要だ。そして、ビバリー・シルズは最高のエリザベッタだ。
 よく知られた筋だが、このCDのシノプシスは名文だと思ったので訳してしまった。人名は英国風のカタカナ書きにした。

CD番号:[Westminster THE LEGACY 471 224-2]

作曲者:GAETANO DONIZETTI(1797-1848)

題名:ROBERTO DEVEREUX
Tragedia lirica in tre atti
Libretto : Salvatore Cammarano
based on "Elisabeth d'Angleterre" by Francois Andelot

伴奏:
Ambrosian Opera Chorus(Chorus Master : John MacCarthy)
Royal Philharmonic Orchestra
Charles Mackerras

出演者:
Elizabetta : Regina d'Inghilterra -- Beverly Sills
Nottingham : Charles, Duke of Nottingham -- Peter Glossop
Sara : La duchessa di Nottingham -- Beverly Wolff
Roberto Devereux : Conte di Essex -- Robert Ilosfalvy
Lord Guglielmo Cecil : Gran tesoriere -- Kenneth Macdonald
Gualtiero : Sir Walter Raleigh -- Don Garrard
Un Paggio : page -- Gwynne Howell
Un famigliare di Nottingham : A servant -- Richard Van Allan

[CD1]

[1]序曲…[ ]はトラック番号

第1幕
第1場:ウェストミンスターの大広間
[2]ノッティンガム公夫人サラは「麗しのロザモンド」の悲劇を読んだために溢れてくる涙を宮廷の婦人たちから隠そうとするが、むだなことであった。[3]婦人たちが訳をたずねると、彼女はそのすすり泣きを隠そうとするのだった。[4]エリザベス女王が登場し、親愛の情を込めてサラに挨拶する。女王は公爵夫人に、エセックス伯ロバート・デヴリューと接見することを承諾したと告げる。ロバートはアイルランドから戻り、反逆罪で告発されていたが、女王はロバートが別の過ちで自分を裏切ることを恐れており、そのことが次第に公爵夫人を落ち着かなくさせる。エリザベスは、ロバートがまだ自分を愛しているなら彼を赦免する覚悟であった。[5]女王はロバートの愛のない人生など生きるに値しないとサラに告白する。[6]諮問委員会の会議から戻ったセシル卿が登場し、ロバートの死刑執行許可書にエリザベスが署名するよう求める。女王は拒否し、伯爵の背信を裏付ける妥当な証拠を自分はまだ受け取っていないと突っぱねる。小姓がロバートの到着を告げるとエリザベスは彼を呼び出す。女王は、彼が愛のために自分のところに戻ってきたのならなによりだと思っている。[7]ロバートが登場するとエリザベスは廷臣たちを退室させ、彼を赦免するつもりだとほのめかす。彼女は自分が彼に与えた指輪のことを思い出させ、それが常にかれの身の安全の担保になるのだと約束する。[8]彼女は、かつて二人の愛は夢のようだったが、その愛は今はもう冷めてしまったように思えると語る。彼女が彼の気持ちを詳しく問いただしはじめると、ロバートは自分が恋に落ちたことを女王は知っているのだと勘違いしてしまう。彼は自らの過ちを隠し通そうとするが女王の逆鱗に触れてしまう。女王はしらばっくれて、彼が恋人の名前を言いさえすれば彼女と結婚させてやろうと申し出る。ロバートは他の女と恋に落ちたことを否定するが、女王は激怒する。そして彼が自分を裏切ったことを確信し、彼は死ななければならないと決めつけ、それからしずしずと退室する。[9]ノッティンガム公爵が駆け込んできて友人のエセックス伯を抱きしめるが、伯爵は身を引いて挨拶を避ける。ノッティンガム公は困惑し、その命が危機に瀕しているロバートのことと、密かな悲しみにやつれ、最近青いスカーフに刺繍をしながらすすり泣いていた自分の妻のことの両方がが気にかかる。[10]ノッティンガムは、彼自身最近は涙もろくなっていると告白する。[11]セシル卿がロバートの処遇を審議する委員会にエッティンガム公を召喚するために戻ってくる。[12]ノッティンガムはその場を去る前に、ロバートを弁護するためにできるだけのことをすると請けあう。

第2場:ノッティンガム館の公爵夫人の部屋
 [13]サラはロバートを取り巻く危険について考えている。長い外套に身を包んだロバートが突然現れる。彼はサラの不実を荒々しくなじるが、ロバートがアイルランドに行って不在の時に自分の父親が死に、その意志を全く無視してノッティンガム公との結婚を女王が強く主張したのだと彼女は言い訳をする。サラはロバートに女王の指輪のことを思い出させるが、彼はそれを指からもぎ取ってテーブルの上に投げ出し、サラのためなら命を捨ててもかまわないと誓う。[14]サラがロバートに逃げるよう熱心に勧めると、彼は彼女がまだ自分を愛していることを理解する。サラは、まず彼女の名誉について考え、立ち去ってくれとロバートに懇願する。それから彼女は自らの愛の証として青いスカーフを彼に与える。彼らは互いに苦渋に満ちた別れの挨拶を交わす。

[CD2]
第2幕:ウエストミンスターの大広間
 [1]集まった宮廷人たちはロバートの運命に関する査問委員会の知らせを心配そうに待っているが、まだなお審議中であった。[2]セシルが査問の間からやってきて、ロバートはノッティンガムの弁護にもかかわらず死刑の判決をうけたと告げたとき、エリザベスが現れる。ウオルター・ローリー卿が女王のところへやってきて、女王の命令に従ってロバートを追いかけ、逮捕したことを報告する。[3]ローリーによれば、ロバートが反逆を証拠立てる文書を持っていないか身体検査をしたら、彼は青いスカーフを心臓にあてて隠し持っていた。エリザベスはそのスカーフを腹立たしげにあらため、放り出す。彼女はローリーに、ロバートを自分の面前に連れてくるよう命じる。[4]ノッティンガムが査問の間からやってくる。彼は女王が署名することになる死刑執行書を携えているが、それを女王に手渡す前に、自分の友人の命を救ってくれるよう雄弁に嘆願し、女王に対する自らの忠実な働きを思い出させようとする。エリザベスは彼の言うことに耳を貸さない。彼女はロバートの不実の証拠を握っている。しかしノッティンガムはさらに熱心にロバートの命を救ってくれるよう嘆願する。[5]ロバートが引き出される。女王は怒りも露わに彼の方を向き、青いスカーフを見せる。それを見てロバートとノッティンガムの両者は雷に打たれたようになる。それぞれ別々の理由で驚いたのだ。エリザベスは、今回はロバートの命を絶つのが妥当だと厳かに宣言する。ロバートの顔色とその動揺した振る舞いを見て、ノッティンガムの嫉妬の炎はさらに強く燃え上がる。そのスカーフがサラからの別れの記念だと心得ているロバートは、自らの立場を思い知る。一方からは女王が怒りをぶつけてくるし、もう一方からは自分が虚仮にされたことを悟ったサラの夫が威嚇してくる。[6]今やノッティンガムは逆上し、自分の剣を持ってくるよう言いつけるが、エリザベスは、ロバートがすでに打ち首の刑を宣告されたことを彼に思い出させる。それから、彼女はもう一度ロバートの方を向いて、憎い恋敵の名前を教えるよう迫るが、ロバートはそれを明らかにするくらいなら死んだ方がましだと答える。なお一層激怒に駆られたエリザベスは廷臣を呼び、ロバートの死刑執行許可書に急いでサインする。そして、彼は夜明けには打ち首になると発表する。[7]今や憤怒に盲目となった女王はロバートを連行するよう命じる。

第3幕
[第1場:公爵夫人の部屋
 [8]忠実なしもべがロバートの最後の手紙をサラのところへ持ってくる。サラがそれを読むと、彼女に指輪を持って急いで女王のところへ行き、彼女の慈悲にすがってほしい、とロバートは懇願している。彼女があわてているところへノッティンガムが現れ、彼女から手紙を取り上げてそれを読んでしまう。[9]彼は自分を裏切ったことでサラを非難するが、彼女は自分は無実だと涙を流しながら抗議する。遠くの方にロンドン塔へ連行されるロバートの姿が見える。サラは再び女王のところへ駆け込もうとするがノッティンガムが押しとどめ、彼女を拘束するよう召使いに言いつける。さらにまた彼女は懇願するが、ノッティンガムは、サラを解き放つ前にロバートは首を切られるのだと断固決めつける。ノッティンガムは怒りも露わに大股に部屋を出て行く。サラは弱々しくくずおれる。

第2場:ロンドン塔のロバートの監房
 [10]ロバートはサラがエリザベスのところへうまく指輪を持って行ってくれることを願っている。彼は生き延びてサラの名誉を守り、ノッティンガムの手にかかって死ぬことだけが望みだ。[11]彼は、死につつある男の言葉がどれほど信用してもらえるか考え、ノッティンガムにサラの無実を保証している自分自身を想像している。葬送行進曲が聞こえ、ロバートを断頭台まで連行するためにローリーが衛兵と共に現れる。[12]彼は死ななければならないが、天国でサラに代わって彼女の純潔を懇願するつもりだ。衛兵が彼を連行していく。

第3場:ウェストミンスターの大広間
 [13]エリザベスは心配そうにソファに腰掛けており、彼女の王冠は目の前のテーブルに置かれている。彼女の侍女たちは悲しそうに押し黙ったまま周りに立っている。エリザベスは、サラが自分を慰めにこないのが不思議でならない。彼女は、もはや自分は女王などではなく、ロバートが早く指輪を送ってこないかと待ち望み苦悶する一人の女だと感じている。[14]彼女はロバートの愛人が誰であれ、彼がその愛する女と一緒に暮らすことさえいとわないと思っている。しかしそれは彼女自身が捨てられることを意味するのである。[15]セシルがやってきて、ロバートは断頭台へ行くところだと女王に告げる。そのすぐ後、髪を振り乱したサラが駆け込んできて女王に指輪を手渡し、自分がエリザベスの恋敵なのだと告白する。すぐに女王は刑の執行を停止するよう命じるが、ちょうどその時ロバートの死を告げる大砲の音が聞こえる。ノッティンガムが現れ、彼の復讐が成就したことに大喜びになる。エリザベスはノッティンガムの方を向き、なぜ指輪を持ってくるのが遅れたのかを是非知りたいと問いただす。ノッティンガムは誇らしげに答える。「私は血を望み、血を得た!」[16]エリザベスの目にはノッティンガムの裏切りは慈悲に値しないように見えたので、彼を連行させる。そして、彼女には恐ろしい光景−首のないロバート−が見える。気も狂わんばかりになったエリザベスは、自らの死と、ジェイムズがイングランドの王位を継承することを待ちこがれるだけだと言い放つ。彼女は疲れ切ってソファに倒れ込み、エセックス卿の指輪を唇に押し当てる。

(by William Ashbrook)

 ソウル市城東区にソウル・キャンパスを構える漢陽大学は今年創立70周年を迎えるのだそうだ。もともとは工学系の単科大学だったが、1959年に総合大学になった。「漢陽(ハニャン)」は昔からソウルの別称であった。東京なら「江戸大学」になるのか、ならないのか、まあそれはともかく、大学側の告示によれば、創立記念日の明日、5月15日には盛大な記念行事が開かれる。これは在校生と学校関係者中心のイヴェントのようだが、翌16日には「愛の実践 献血分かち合い大祭」という催しがある。創立記念日を中心に多数の記念イヴェントが進行中で、この献血キャンペーンはその中でも規模の大きいものの一つらしい。3月9日に始まったこの行事は「70日の奇蹟」として「70日間教授及び在校生、教職員など漢陽人を含めてソウル市民7千名が献血に参加するキャンペーン」なのだそうだ。

 漢陽大学のホームページにあった紹介文を少し引用する。「・・・行事当日は午後6時から大運動場で’KBS 愛のリクエスト’の生放送が進行される。放送ではこれまで進行された献血キャンペーンの内容を紹介して献血ギネスに挑戦する予定だ。また献血寄金の募金を通じて70人の心臓病の子供たちに新しい生命を伝える予定だ。午後8時からは献血大祭を仕上げる‘献血コンサート’が予定されている。同窓芸能人たちと文化芸術人たちが一堂に会して献血証抽選及び景品行事、和合と希望の母子祭りなどを準備している」。

[漢陽大学] http://www.hanyang.ac.kr/controller/weeklyView.jsp?file=/top_news/2009/051/cover.html

 長々と漢陽大学の創立記念行事の話を引用したのは、上の「同窓芸能人たちと文化芸術人たちが一堂に会して」というくだりが気になっているからである。「和合と希望の母子祭り」というのも一応気になるが、なにしろこの大学の、確か89学番、独文学科卒業なのである。昨年末から公の動きがほとんど無い。最近は、パク・チャヌク監督の新作のトレーラー(予告編)に撮影現場を訪問した際の映像が少し含まれていたり、少し前に「后」の新作CFが出たり、それらぐらいしか見あたらない。CFのメイキング映像を見ると相変わらずで一安心するものの、これと「Xi」の新聞広告等以外、マスコミへの露出は皆無である。

[Whoo CF] http://www.whoo.co.kr/brand/ad/ad16.jsp

 漢陽大を卒業した著名人は結構多彩である。最近婚約を発表したソル・ギョング−ソン・ユナのご両人がここだし、ハンナラ党のいわゆる「親パク系」の重鎮で、党の院内代表に推戴されたもののパク・グンヒェ元代表がキッパリ反対したキム・ムソン議員、昨日、約一年ぶりに先発勝利投手になった大リーグ・フィリーズのパク・チャンホ投手などがすぐに思い出される。

 どうなるかわからないが、野外イヴェントらしいので、当日は雨が降らないことを祈る。

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