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CFタレントのイ・ヨンエ?
イ・ヨンエの韓国でのCFタレントとしての活躍の跡をみると、その夥しい数に圧倒される。これまでに出演したCFの数は100本から120本の間だと思われる。「酸素のような女」として太平洋化学のマモンド化粧品に登場し、長期間イメージキャラクタを続けた。そして無理なく他の製品のCFにつないでいった。サムスンやLG、KTといった大財閥系の会社に起用されてキャリアを積んだのである。イメージ維持の努力も徹底していた。広告主はもちろん消費者たちもどんな製品に対する内容なのか判断がつかないようなCFに出続けた。その例が「イ・ヨンエの一日」である。朝起きて、某ブランドのせっけんで洗顔をして、フルーツジュースを飲んだ後、英語の勉強をして、カードでフェンシングやショッピングを楽しむ、といったストーリーは、彼女が新しい広告を引き受ける度にずっと追加されながらアップグレード版が生まれた。2001年あたりまでに、こうしたイメージ・ブランドとしての「イ・ヨンエ」は、韓国の広告宣伝業界で確固たる地位を築く。広告よりモデルの方が残ったわけだ。
これは、商品の告知・購買意欲喚起という本来の機能を超越して、CFがそこに出演しているスターのイメージクリッピングになったという点で革新的なことだったと思う。視聴者はCF自体を楽しむのである。場合によっては商品の選択は二の次、相変わらず「命がけの飛躍」の水準のままなのだ。しかし、いったんCFによるポジティヴなイメージが定着すると、後はどんな製品のCFに出てもこのイメージは強化され続ける。そういう「イ・ヨンエ」ブランドのイメージを武器にして、競争の激しいCFタレントの中で淘汰されずに生き残ってきた。では、なぜイメージが特定の商品と結びつかなくても生き残れたのだろう。その秘密は、自分の年齢に合わせて商品を選んだことだ。例えば、20代では初期の化粧品からクレジットカード、携帯電話等々へという具合である。強固なイメージは同世代の消費者の共感を得やすい。彼らが容易に支出をまかなえる価格帯の商品を、偶然にか意図的にか選んだのだ。そして、30代に入ると高額商品に移る。高額商品はその機能(効用)や価格はみな似たようなものだ。消費者の購買意思決定を促すのは説明パンフレットや販売員の話術だけではない。CFのイメージが背中を押すのだ。特にイ・ヨンエと同世代で高所得の消費者は、CFのイメージとそこで展開されるライフスタイルに自己を投影しやすかった。イ・ヨエンエもこういう階層を意識してイメージの更新や微調整を行った。LG財閥系のマンションや高級家電のCFでの成功がそれを物語っている。
マスコミ嫌いのイ・ヨンエ?
イ・ヨンエが出演するCFのギャラは当然高額である。例えば、LG高級エアコン−7億、ウンジン食品果菜ジュース−7億、GS建設(LG系)マンション−6億、太平洋アイオペ−5〜6億、LGカード−4億5千万等々、1年契約(単位ウォン)でこれだけの値段が付く。自分のブランドイメージを維持するために、ドラマや映画の新作キャンペーン以外ではマスコミの取材を極力避ける神秘化戦略をとって来たのも頷ける。CFに映る顔は完璧に管理できる。しかし、一度口から出た言葉は一人歩きする。不用意な発言は不用意な行動と同じくらいイメージを傷つけるのだ。インタビューでの発言の慎重さや曖昧さ、その受け答えを見ると、マスコミには自分の伝えたいことを一方的に流しているだけだということがわかる。愛用のノートを横に置き、発言を精密に管理してきたのだ。
イ・ヨンエはマスコミ嫌いということになっている。昨年、「マスコミがあることないこと書くのでストレスがたまる」などと発言している。過去にマスコミが本人の発言の言葉尻を捉えた筆禍のようなことがあったのか、長い間調べているが見つからない。イ・ヨンエは発言を精密に管理しているので、そんなことは起こりえないのだ。これは、マスコミに何がわかる、本当のことは当事者にしかわからないのだ、と言いたいのだろう。本人は整形ネタを例にとっていたが、おそらく、過去のゴシップとその集大成としての芸能人Xファイルのことが頭にあったのだと思う。ただし、普段は神秘化戦略でマスコミの取材を避けるものの、いざ利用する時はものすごく精力的である。そして上手である。殊に、昨年の新作映画のキャンペーンは尋常ではなかった。映画雑誌や新聞で大小合わせて10本ほどの個別インタビューを許している。テレビの芸能番組への出演も多かった。この映画の惹句「ノーナ、チャルハセヨ(あなたこそしっかりおやりなさい=余計なお世話です)」はあらゆるメディアで飛び交った。
進歩的なイ・ヨンエ?
香港[明報]の記事によると、WTO反対デモで逮捕され、3月に入って裁判を受けていた2名の韓国人被告のうち、1名は証拠不十分で起訴が取り下げられた。先月、民主労総の大物がやはり証拠不十分で放免された。これで3月末の結審を待つのは1名だけになった。かなり腕利きの弁護士が付いている。[明報]の記事は被告に対して好意的な書き方である。結審の日には応援団も登場するようだ。これでもし最後の被告が無罪放免ということになったら被害を受けた香港の商店主たちには気の毒だが、この事件の被告たちを支援して嘆願書を書いたイ・ヨンエもひとまず胸をなで下ろすことだろう。晴れて4月の香港映画祭に出席する可能性も高い。たしか昨年出た最後の映画が競争部門に選ばれているからだ。それにしても、イ・ヨンエの政治的センスは素晴らしい。無罪放免の時にはその情勢判断のおそるべき確かさに脱帽しなければならないだろう。
スクリーンクオータ死守闘争の方は、先の見えない反FTA闘争として長期戦の様相を呈してきた。[フィルム2.0]によれば、3月22日に監督協会で開かれた「映画人闘争報告大会」で、4月1日に部門別共同対策委員会を構成して国民運動本部を出帆させることが発表された。4月3日から2週間、「スクリーンクオーター縮小阻止のための全国地域別文化祭」というイヴェントも企画されている。当日参加した民主労総委員長は、この文化祭期間に民主労総はストライキを行い、映画人たちと一緒にFTA阻止闘争を闘う計画だと明らかにした。また、映画人対策委は映像製作委員会を新設し、「華氏911」のような「韓米FTAの秘密と嘘」(仮題)というドキュメンタリーフィクションを制作して今年のカンヌ国際映画祭とベニス国際映画祭などでの特別上映を推進するのだそうだ。…こうした映画人の一連の闘争にイ・ヨンエが直接参加することはまずないと思う。トップスターの闘争参加への世間の風あたりはまだ強いからだ。風あたりが弱くても1人デモや総決起集会なんかには参加するはずもない。CFのイメージを維持することが何よりも優先される。支持発言や請願書署名等をするとしても情勢をよく見極めた上でのことだろう。
反日のイ・ヨンエ?
[朝鮮日報]の記事によると、3月11日にソウルで行われたイ・ヨンエと日本のファンとのファンミーティング参加者は460名だったそうだ。昨年10月に募集した時は700名の定員に遠く及ばない200名しか集まらず、いったん延期になった。それが今回実現したようだ。いわゆる「韓流」が下火になり、「寒流」になってしまったという話もあるが、チャン・ドンゴンあたりのイヴェントには千名以上集まっている。この手のイヴェントは千名動員が目安だろう。事前の[ニュース・エン]の記事でもイ・ヨンエ側は千名と伝えている。[朝鮮日報]の報じた数字が正確なら、これでイ・ヨンエ側が報道管制を徹底した本当の理由がわかる。昨年、NHKは「大長今」のプロモーションと新作映画の紹介を兼ねてドキュメンタリまで作って応援したが、NHKの「大長今」宣伝イヴェントにはヴィデオ参加だった。新作映画のプロモーションも、10月の東京映画祭には不参加、11月の日本封切り前後にも動きは無しであった。これも見事な情勢判断である。ダテにこの世界で10年以上もメシを食っているわけではないのだ。売れっ子タレントの鑑といえよう。
彼女の著作や進歩派寄りの政治行動等から、イ・ヨンエは反日だ、などと言われることもあるが、これは全く的はずれではないか。反日とか親日、嫌日とか排日という話ではなく、ハナから日本市場など相手にしていない。日本は考慮の外、東海(日本海)に浮かぶ無縁の他国なのだと思う。あえて言えば「無日」である。熱烈なファンがたくさんいる中華圏とは違う。以前来日した時に何らかの感触を持ったのだろう。たいして支持者もいないところにエネルギーを費やすようなタレントではない。顔の売り方をよく心得ている。要するに、世渡りが上手なのだ。進歩派寄りの行動をする一方で、大財閥LGの顔として堂々と稼ぎまくっている。「知性派」といわれるゆえんである。しかし、少数者と弱者への愛も売り物にしているので、ファンがソウルまで来るのならその集まりには参加しなければならない。少数のファンを大事にする、憐れみ深いイ・ヨンエ、というわけだ。
むすび
映画産業界の動向を体現しているのか、別の政治的理由からなのか、単なる偶然か、イ・ヨンエ自身は腹をくくって中華圏に全力投球している。ベルリンから帰国した直後、風邪気味にもかかわらず台湾を訪問して人々を感動させたりした。そして中華圏では「大長今」人気のおいしいところを味わい尽くしている。とりわけ中国へのコミットには並々ならぬものがある。先週(3月16日)中国で放映されたCFは、企画段階から彼女の意向を入れて作られ、監督も彼女が指定したそうだ。ナレーションも彼女が中国語で入れている。最近、この人は役者ではなく政治家かプロデューサーに向いているのではないかとしきりに思う。韓国初の女性首相が誕生するご時世である。代議士になってもいいし、慈善ショーのプロデューサーみたいな仕事もぴったりだ。すぐれた政治的センス、時局を読み切る確かな情勢判断、言質をとられないように慎重かつ曖昧に行う発言、控え目で人を感服させる態度…。たぶん仲間うちでは大胆で明快な発言をする人だと思う。人を感服させる態度については、なにしろ女優なのだ。年季が入っている。映画に関しては今のところ代表作がないのだから、これからそっちの方に転進しても、少なくとも映画ファンは残念に思わないはずだ。結局、イ・ヨンエはチャングムを演じた女優兼タレントとして、中華圏を中心に上手に世渡りしていくことだろう。そして、あと一年くらいはそのまま行けると思う。問題はその後だ。
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