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花冷えの日が続く。昨日、強い風の吹く恵比寿ガーデンプレイスにまた行ってきた。映画「空き家(うつせみ)」である。この日、最終回の上映の後、キム・ギドク監督と行定監督のトークショーがあったのだ。何日か前の[マイデイリー]にこのイヴェントのことが出ていた。[マイデイリー]を見ていて良かった。
前に見た時は座席の少ない方のスクリーンでの上映だった。今回は座席の多い方である。立ち見が出た。立ち見といっても通路に座るのだが、結局、250名ぐらい集まったのだろうか。女性客が多かった。前の回の上映が延びたり会場整理に念を入れたりで上映が遅れ、予告編の上映は割愛された。そして、本編が終わったのが8時50分頃。それから約1時間、トークショーとティーチインが行われた。トークショーよりはその後のティーチインの方が盛り上がった。一日経って、記憶に残っている話の要点を以下に記す。ところどころで覚え違っていると思うが、これは仕方ない。きちんとした録音からおこした記事がどこかにぶら下がるといいのだが…。
<トークショー>
キム監督はトレードマークの鍔長の帽子をかぶり、ダウンジャケット姿で登場した。行定監督とキム監督は仲の良い友達同士だそうだ。行定監督によれば、キム監督はロマンチストで、自然に女性の手を握ったりしても相手を納得させてしまうようなキャラクターだとのこと。また、キム・ギドクは世界中どの国でだって映画を作れる、とも語っていた。いろいろな意味にとれるが、なによりそのテーマが普遍的だということだろう。
このトークショーは互いにヨイショ合戦が多く、お二人の人柄は伝わったが話はいまひとつであった。ただ、行定監督がキム監督の家を訪問した時の話は面白かった。キム監督が家の近くの山の上の博物館だかに行こうと言いだして、早速出かけた。そして、近道をしようということになり、道無きところを強引にかき分けて登ったというのだ。行定監督は泥だらけになりながら引っ張り上げてもらった。行定監督によれば、キム・ギドク映画の主人公と監督自身が重なってみえるのだそうだ。まさか石を腰にくくりつけていたわけではないだろうが、思いついたことを野生児のようにパーッとやってしまう人なのだろう。
<ティーチイン>
女性−「自分は小さい頃、夢と現実の区別がよくつかなかった。この映画は誰かの夢のようだ」
監督−「この映画は青年の夢とも考えられるし、女(ソナ)の夢とも考えられる。さらに、女の夫の夢とも考えられる。誰の夢かは見た人が決めればよいと思う」
−質問をした女性は自分の夢を贈ると言って監督に白い角封筒を手渡した。彼女が後で開けてくれというのでその場では開封しなかった。
男性−[この映画を登場人物の三角関係として捉えると、陰惨な状態で始まった三人の関係は最後に三人とも笑顔を浮かべて幸せに終わる。これについてどう思うか]
監督−「青年と女は幸せかも知れないが、夫はそうではないだろう(微笑み)。私はこの話は夫の夢だと思っている。この男は自分の妻に幸せになってほしくてこういう夢をみたのかもしれない。」
−確かにこう発言したと思う。「この映画は誰のファンタジーか」というのは自分が質問したかったことなので、ポロッと出た感じのこの発言は参考になった。
女性−「『悪い男』の女子大生もこの映画の女もどちらも”ソナ”という名前だが、何か関連があるのか」
監督−「そう言われてみるとそうだ。今まで気づかなかった。自分の映画はみな関連している。試しにDVDで『悪い男』や『春夏秋冬、そして春』やこの映画を編集して混ぜ合わせても一編の映画を作れるだろう」
−これは興味深い話だった。映像コラージュのような感覚で作れるかもしれない。
女性−「キム監督の映画には必ず『赤』が出てくると思う。今回も木製ソファの赤いクッションが出た時にそう思った。意識してこの色を使っているのか」
監督−「必ずしも赤い色を意識して使っているわけではない。赤以外でもあらゆる色を使う。あらゆる色を混ぜると白と黒になると思う。そして白と黒を混ぜると色はなくなると思っている」
−これは素晴らしい比喩だ。「この世の中には貧富,貴賤、いろいろな人間がいる。あらゆる人間はつまるところ男と女に帰着する。男と女は補完しあって<無=調和のとれた存在>となる」というふうにさしあたり理解した。
女性−「キム監督は低予算の映画を作り続けているが、今後もこの線で行くのか」
監督−「私が作るような小さな映画はそれ自体必要なものだと思う。映画による収入はありがたいが、私にとっての1ウォンは他の人にとっては1万ウォンかもしれない。幸い日本の会社から投資していただいて「空き家」を作ることができた。今後も私の映画を支持して下さる人がいるかぎりこういう映画を作り続ける」
−うーむ。この監督は結構山っ気が強いと思っていたが、この時の話しぶりを見るとその逆であった。お金の使い方を徹底的に突き詰め、無駄を極力排除しているのだというふうに理解した。
女性−「『空き家』やその次の『弓』の主人公にはセリフがほとんどないが、今後もこの線で行くのか」
監督−「確かに『空き家』や『弓』ではセリフがないが、最新作の『タイム』ではセリフがある(微笑み)。今後もどうなるかわからないが、来年になれば次の作品のことはわかるだろう」
−この質問者は監督のリクエストで選ばれたと記憶している。確か、最後の質問を受ける段になって、監督が「『ジュンコ』さんという方がいらっしゃったら質問して下さい」という、意表をつくリクエストをしたのだ。この女性は「空き家」も「弓」も向こうで見てきたらしく、釜山映画祭でサインをもらったなどと語っていた。「来年になれば次の作品のことはわかるだろう」というのは、今年は「タイム」1作で終わりだというふうに受け取れる。
ティーチインでは、「空き家(うつせみ)」の青年は最初、日本の男優を考えていたという話も出てきた。スケジュールの調整がつかず、結局ジェ・ヒに決まったとのこと。出資した日本の会社の意向もあったのかもしれない。しかし、この役は今となってはジェ・ヒ以外には考えられない。また、監督がフランスへ行ったことについての質問もあった。それまで自分の生き方に迷っていた監督が30歳で渡仏し、映画というものを発見して生き方が変わった、との回答であった。この話はどこかで聞いたことがある。これは韓国人女性による質問であった。この女性は韓国で独立映画の製作にかかわっているそうだが、彼女はなんと向こうでキム監督の作品を一本も見たことがなく、今回初めて見たのだそうだ。これにはちょっと驚いた。質問してみようと思っていたことがあったのだが、この話を聞いて、やめることにした。
キム監督は今回、昨年の映画「弓」のプロモーションで来日し、昨夜のトークショーが実現したのだそうだ。そういうわけで、最新作の「タイム」についてはあまり触れなかったが、ポストプロダクションも終わって製作の最終段階に入っていると語っていた。日本で生まれ育った韓国人女優が出ているということもちらっと語っていた。最後にキム監督は、「この映画「空き家(うつせみ)」を面白いと思ったら周りの人に話して下さい。こういう美しい映画館で自分の映画が上映されて、トークショーに参加して、今夜のこと自体がまるで映画のように思えます。」というような話で締めくくった。
最後の最後にマスコミが写真撮影をした後、キム・ギドク監督は客席の通路を突っ走って会場から姿を消した。映画の主人公のようだった。
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