fueブログ プロフィールとトップ画面

尺八・横笛・民謡・三味線・箏をやってられる方のサロン。

全体表示

[ リスト ]

民謡会親睦旅行・・・・信州・辰野の一泊旅行に行ってきました。
6/17(日)〜18日(月) 参加人数17名(2会派合同+友人)男10名女7名。一人17000円。
次第に参加人数がきつくなっています。人数が不足して友人・知人の方に参加していただきましたのが現状でした。しかし市の民謡会派で旅行をしているのはわが会派のみです。
自分が行けても奥さんが不調、奥さんが行けても旦那が不調・・・・・足の股関節手術、娘が親族が息子が不調……様ざまな困難を乗り越えての皆さんの参加です。ここに参加された方は元気なのです。一般の75歳よりは5歳は若い,元気印の会員各位。民謡をやられている方はまことに若い。私70歳が若いほう。

平均年齢は75才ぐらいかなあ?80才を超えた女性も元気でした。高齢の元気旅旅行でした。バス内は好き勝手に言える場でした。毎回いい雰囲気の旅行です。
……でもみなさん、足が弱くなりましたね。杖の方が2名ほど・・・・・
ヨイショット・・・・・

お迎えの「かやぶきの館」からのマイクロバスは片道220kmほどかけて。長野辰野から、こちら埼玉県入間市まで来られて、我々をお迎えです。22〜3名乗りのマイクロバスで空き席が4〜5でややせまい。
缶ビール、ジュース・氷・ビンゴゲームの景品、お菓子など様々な荷物を空き席に詰め込む。
席を移動するのが大変。安い費用でここまで来ていただくのですからね・・・・・贅沢は言ってられないね。
今回の旅では「奈良井宿」「諏訪大社の御柱」について、よく勉強できました。確認もできました。

持っていったもの・・・・・尺八と篠笛、そして集合写真用カメラ1台。デジカメ1台、三脚、尺
八ケース、リックサック・・・・・おこづかい1万円だ。
6寸・7寸・8寸・9寸・2尺3寸
8本篠笛・9本篠笛・10本篠笛

●宴会・朝風呂で吹いた曲(朝風呂演奏は恒例で、朝一番でお湯に入る。ギャラリーは民謡会員+一般客)
ソーラン節・花笠音頭・さんさ時雨・真室川音頭・秋田おばこ・外山節・小諸馬子唄・秩父音頭・南部牛追い唄・
秋田草刈唄・生保内節・宮城長持ち唄……

●1日目
地元公民館出発・入間IC・関越道・上里・藤岡JCT・富岡・佐久・岡谷JCT・長野道・安曇野IC・大王わさび農場見学・  スイス村・国道19号・中山道奈良井宿見学・権兵衛トンネル・国道153号・
「かやぶきの館」で宿泊(長野県伊那郡辰野町横川)
入間ICから関越道まわりで安曇野にルート変更。少し遠回りだが、談合坂あたりで渋滞するよりはよかったかも・・・・・
●2日目
諏訪大社下社秋宮・下社木落し坂見学・下社春宮見学・おぎのや諏訪店で昼食・中央高速道・諏訪IC・上里SA・八王子・圏央道・入間IC・地元公民館帰着(PM4時前に着く)
予定していた北野美術館見学(興味を持つ人少ないため)は中止で、大王わさび農園見学。
二日目の朝、宿で朝ドラ「半分青い」を見ようと思ったら、大阪北部で震度6の地震が発生。
ニュースで知りました。後から死者4名、負傷300名との被害でした。
大阪の方たち、お見舞い申し上げます。停電やガス・水道のストップなど混乱している模様。
こんな旅行中で申し訳ない。

●旅行スライドダイジェスト版23枚・・・・・45秒

イメージ 3

あいかわらず、勉強好きの誰かさんは、いかに記述した知ったか知識をマイクロバスで、以下に書いてある知ったか知識。これを読みながら皆さんに・・・・・披露しました。(にわかガイド)
 
 特に御柱(おんばしら)の説明では、古事記の好きな女性の方がいまして、御柱をなぜ4柱建てるかの説明で、詳しく知っている方がいました。昔、幼稚園の先生の方でした。「ただ一つの神様が反対して、その神タケミナカタが武神タケミカヅチに追われることとなった。」・・・・・そして諏訪大社に閉じ込め4隅を結界する目的で柱を4本立てて、これを仕切った・・・・・このくだりをご存知でした
立派……歴史が大好き「おばあちゃん」でした。
バスの男性ドライバーさんが、これまた地理や歴史に詳しい方で、わたしの「にわか説明」に補足していただきました。ちょっと歴史の旅でもあったかな?

●中山道(なかせんどう)とは?
江戸時代五街道の一つで、江戸日本橋京都三条大橋を内陸経由で結ぶ街道である。「中仙道」、「仲仙道」とも表記するほか、「木曾街道」や「木曽路」の異称も有した。
(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より
文久元年(1861) 10月20日 、将軍:徳川家茂(いえもち)に嫁ぐため、皇女和宮親子(ちかこ)内親王は、桂御所を出発し、中山道を通り江戸に向かった。11月15日江戸には到着した。小さな宿場では、延べ人数で、和宮一行28,000人、人足28,000人、尾張藩警護団1,520人、計55,520人が4日間に殺到し、大混乱したそうだ。御輿入れの行列(50km)は、世界でも比類の無いことで、総費用は今のお金にして約150億円かかったといわれている。
 
●中山道六十九次(なかせんどう-ろくじゅうきゅうつぎ)
日本近世にあたる江戸時代に栄えた五街道の一つ中山道に設けられた、69を数える宿場の総称。このうち贄川(にえかわ)から馬籠までの11宿間は木曽路という。島崎藤村は「夜明け前」で「木曽路はすべて山の中である」と書いた。
中山道は、江戸日本橋三条大橋の間を結ぶ主要街道2路のうちの、山地側の1路である。 もう1路である東海道とは、江戸側は同じ日本橋から発するが、山手と海沿いに分かれて西進し、近江国に入って草津宿で合流。そこからは京までの区間を共有する。また、江戸・日本橋から発する甲州街道とは、その終点である信濃国下諏訪宿で合流する。

奈良井宿
江戸時代、江戸と京の都を結ぶ重要な街道であった中山道。その中山道六九次のうち、木曽路には11もの宿駅が存在しました。奈良井宿は木曽路11宿の中で北から2番目にあたり、上町・中町・下町の3つの街区から構成されています。今なお日本の情緒を色濃く残す観光スポット。
難所の鳥居峠のふもとで「奈良井千軒」と唄われるほどにぎわっていた。約1㎞にわたる宿場町。
ここの宿場通りに国道ができなかったことが幸いして現在も昔の宿場風景が残って保存されている。
昭和53年に国の重要伝統的構造物群保存地区に選定された。江戸時代から曲げ物、櫛、漆器などの木工業が盛ん。
朝ドラ「半分青い」で有名になった、あの五平餅があったので食べました。一串180円で実においしかった。ところで朝ドラの五平餅は滋賀県でしたね。
●地図上の奈良井宿と下諏訪
奈良井宿は中山道の34番目の宿場。現在の長野県塩尻市奈良井。
下諏訪の下社秋宮の参道下に有名な塩ようかんが売っている。すぐ売り切れになるらしい。この味はなんともいえずいい味でした。過去に2回ほど来ています。  甲州街道の終点が下諏訪で、中山道とつながっている。 「塩ようかん 」、お土産に買ってきました               
イメージ 1

●権兵衛トンネル(ごんべえトンネル)
国道361にある長野県塩尻市上伊那郡南箕輪村(飛地)を木曽山脈を貫いて結ぶ、全長4,467mトンネルである。
谷が狭く水田の少なかった木曽谷の米不足を解消するため、古くからあった伊那-木曽の最短ルートである急峻な「鍋掛峠」の大改修に尽力した、牛方の古畑権兵衛にちなむとされている。伊那節は、もともとは権兵衛峠を往来する馬子たちが歌った“馬子唄”だと言われています。
木曽地方は、中山道が通過しているため各宿場が栄えましたが、米の生育に適した土地が少なく、
米の生産が少なかったため、米不足に悩まされました。
このため古くから伊那谷から中央アルプスを越えて木曽地方に米が運ばれていました

●宿泊・・・・・かやぶきの館 (長野県上伊那郡辰野町横川)
高さ13m、横43m、約400坪の日本一のかやぶき屋根が自慢の宿「かやぶきの館」。渡り廊下でめぐる総平屋造りの館は、まるで江戸時代にでもタイムスリップしたかのよう。趣きのあるロビーや能舞台まである辰野町が民間に委託している施設のようである宿泊はもちろん、きのこ・山菜など地元の食材を生かした田舎料理や会席料理、地元名人による手打ちそばなど、食事も自慢。竹炭や薬草・ハーブを使用した大浴場も日帰り入浴が可能です。
イメージ 6



●安曇野の「大王わさび農場」を見学しました。水がきれいなのでワサビ。
写真は黒澤明監督の「夢」に出た水車です。
イメージ 4
アルプスのふもと、長野県安曇野市は日本有数のわさびの名産地。中でも日本一広大なわさび田を有する「大王わさび農場」は、敷地内を自由に散策でき、飲食店や体験施設も揃う一大観光スポットです。年間の観光客数は120万人。日本一のわさび農場。
1989(平成元)年に黒澤明監督の映画『夢』のロケ地ともなった。蓼川(たでがわ)にかけられた三連の水車は撮影時のまま残されている。ここがすばらしい風景でした。
おみやげは、人気の「わさびしいたけ」でした。


●御柱(おんばしら、みはしら)または御柱祭
長野県諏訪地方で行われるである諏訪大社(全国1万有余の諏訪神社の本社)における最大の行事である。正式には「式年造営御柱大祭」といい、の年に行なわれる式年祭である長野県指定無形民俗文化財日本三大奇祭のひとつとされる
●干支(えと)
子(ね)・丑(うし)・寅(とら)・卯(う)・辰(たつ)・巳(み)・午(うま)・未(ひつじ)・申(さる)・酉(とり)・戌(いぬ)・亥(い)
寅の年に御柱祭をやると、6年後の申年が次の御柱祭。申年のあとの6年後は寅年が御柱祭になる。寅・・・・・6年後……申・・・・・6年後……寅・・・・・を繰り返している。数え年6年後に開催。

2018年は戌年なので、あと4年で2022が寅年で、この年が御柱祭になる。東京オリンピックの2年後で、私が数えで74才。この時に見ないと、その次は私が80才の時だから・・・・・この世にいないかもしれない。もう一生みられないなあ。4年後に行くかなあ?

●山中から御柱として(もみ)の大木を16本(上社本宮・前宮、下社秋宮・春宮各4本)切り出し、長野県諏訪地方の各地区の氏子の分担で4箇所の各宮まで曳行し社殿の四方に建てて神木とする勇壮な大祭である。この御柱祭りは7年目ごとに行われ、柱を更新する。氏子は、木遣り喇叭に合わせて曳行する。
1500年の歴史。次回の御柱は2022年。もみの木は17m。木落し坂は35度の傾斜でスキージャンプ台と同じ傾斜。過去に数名の死者が出ている。
下の写真が下社の木落し(きおとし)坂です。
35度の傾斜。ここから下を眺めると、絶壁である。怖い。
河原の対岸には桟敷席が見える。何千人もの観客が見学する。すべりやすいように笹を植えてあるとのこと。
イメージ 5
この位置に観光客用に実際のもみの木の神木が置いてある。この前で全員の集合写真を撮りました。
イメージ 2


これが御柱の「木落」しだ!
 確かこの「木落し」の時、氏子が全員で長野県歌「信濃の国」を歌う映像があった。教育の県、長野県人はこういう時になぜか「信濃の国」を唄う。小学生でも全員唄が歌えるのだという。すばらしい県民性だ。
神話伝説」・・・・・なぜ社に4本の柱を立てるのか?
下社秋宮、春宮とも確かに4本あることを確認しました。前側の2本柱はわかりますが、今まで後ろの2本は確認しなかったが今回しっかり確認しました。下社(春宮・秋宮)・上社(本宮・前宮)の4社ある。それぞれに4本ずつなので、合計16本の柱を立てることになる。これをそれぞれ氏子が1柱につき3000人ぐらいで曳いてくるらしい。さぞ壮観であろうに……
最初に誰かが、御柱を曳いてきたのを山から落とすことを考えたらしい。これが伝統的な行事になったようだ。日本人って……変わっています。なんなのでしょう?
遠くから柱を曳いて、大社まで人力で曳くとは……岸和田のだんじり祭りやら、暗闇祭りやら・・・・・日本民族はまことに奇妙なほど面白い「まとまるための伝統」をひきづっています。

さて……本題の「なぜ社に4本の柱を立てるのか?」ですが・・・・・
 『古事記』に記述があるもので出雲のオオクニヌシが高天原から降ったニニギに国譲りを承諾したとき、ただ一柱反対したタケミナカタは武神タケミカヅチに追われることとなった。結局諏訪湖畔まで逃げてきて降伏し、その際この地から出ないことを誓って許される
その時結界として神社の四隅を仕切った、という話が残っている。地鎮祭の神話的表現とも考えられる。
(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より

旅で見聞きしたお話し
①長野県辰野町は知る人ぞ知る「松茸」の名産地。小学校の給食で松茸がふんだんにでるそうで、地元の小学生は松茸はきらいだそうだ。異動でこの学校に赴任した先生方は給食で松茸が出るんでびっくりしてんだと・・・・・。(ドライバーさんの説明)
②歌手の「さだまさし」さんはこの諏訪に一軒家に住んでいるそうだ。目立つ色の家らしい。原田泰治(はらだ たいじ、1940年4月29日 - )は、日本の画家・グラフィックデザイナー。 シンガーソングライターのさだまさしと親交が深く、原田の絵を題材にしたさだの楽曲もある。、長野県諏訪市生まれ。同県下伊那郡伊賀良村(現飯田市)で育つ。なんでも「さだまさし」さんは原田さんにあこがれて諏訪に来たそうだ。(ドライバーさんからの話)
歌手の「さだまさし」さんはこの諏訪に一軒家に住んでいるそうだ。目立つ色の家らしい。原田泰治(はらだ たいじ、1940429 - )は、日本の画家・グラフィックデザイナー。 シンガーソングライターのさだまさしと親交が深く、原田の絵を題材にしたさだの楽曲もある。、長野県諏訪市生まれ。同県下伊那郡伊賀良村(現飯田市)で育つ。なんでも「さだまさし」さんは原田さんにあこがれて諏訪に来たそうだ。(ドライバーさんからの話)
③江戸時代の戯作者・十返舎一九の東海道中膝栗毛の続編「属膝栗毛」の中に弥次さん喜多さんが鳥居峠を越えて奈良井宿に泊まる場面が描かれている。泉鏡花は奈良井宿を舞台にした美しい幽霊小節「眉隠しの霊」を発表している。笹沢左保の「木枯し紋次郎」が奈良井宿で活躍している場面がある。松尾芭蕉も鳥居峠を越えました。
菊池寛の「恩讐の彼方に」で、江戸で罪を犯した市九郎が逃れた場所として、奈良井宿先の難所、鳥居峠が舞台となって書かれている。 

この記事に

閉じる コメント(2)

おはようございます。
民謡関係のご旅行でしたか。
画像から昔ながらの?お宿での宴会の様子が見え、まだこういう催しがあるんだなと遠い目。OL時代を思い出しましたよ。
たくさん民謡聴けるんだろなーと羨ましく思いました。
観光地もツボ押さえてるし。
企画した方の力を感じます。

2018/6/20(水) 午前 8:27 wofuu 返信する

> wofuuさん
今回は偶然が作用しました。北野美術館見学が取りやめになり、酒造見学がとりやめ・・・・・そのかわり下諏訪の木落し坂が見られました。下社の春宮も初めての見学。ドライバーさんの博学も偶然。このドライバーさんは観光ガイド検定試験をパスした方で、むかしタクシーのドライバーさんです。よく知っていました。

2018/6/20(水) 午前 8:52 shakuhachi_fue 返信する

コメント投稿

顔アイコン

顔アイコン・表示画像の選択

名前パスワードブログ
絵文字
×
  • オリジナル
  • SoftBank1
  • SoftBank2
  • SoftBank3
  • SoftBank4
  • docomo1
  • docomo2
  • au1
  • au2
  • au3
  • au4
投稿

.


みんなの更新記事