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【プロフィール】
29年、ベルギー・ブリュッセル生まれ。身長170センチ。
幼少の頃からバレエを習い、やがて舞台に立つ。数本の映画出演を経て、53年、「ローマの休日」
の主役に抜擢。オスカー主演女優賞に輝く。以後「麗しのサブリナ」、「戦争と平和」などに出演。
世界中が憧れる大スターとしてトップの地位を掴む。67年の「暗くなるまで待って」以降、疲労など
が重なり映画活動を離れる。
76年に「ロビンとマリアン」、79年に「華麗なる相続人」で復帰するも失敗作の烙印を押されて
しまう。晩年はユニセフ親善大使として活躍。89年の「オールウェイズ」が遺作となり、93年に
死去。
結婚は54年に俳優のメル・ファーラーと。しかし68年に離婚。その後、精神科医アンドレア氏と
再婚。ちなみにメル・ファーラーはまだ生きているようである。
写真左:「ローマの休日」(53年)、右「許されざる者」(59年)
【思うこと】
「永遠の妖精って誰が考えた?」
この人の魅力って挙げればキリがないですよね(^^)
清楚、チャーミング、上品、可憐・・・なんて言葉が浮かんできますね^^
モノクロでもその美しさに圧倒される・・・そんな女優さんなんてなかなかいないですよ^^
観てて飽きないし、出演作はどれも良い出来のものばかり。
そこも魅力のひとつなんでしょうね♪
「良心あるスター」と呼ばれたのもわかります。彼女は大スターにありがちな傲慢な態度はせず、
誠実に振る舞っていたそうです。
今の人達ってあまり古い映画とか観ないのでしょうけど、ファッション界にも旋風を巻き起こした
彼女。その姿を堪能してもらいたいもんです。。。うーん、たまんねえ!!
おすすめ出演作:「ローマの休日」、「ティファニーで朝食を」
【こぼれ話】
○ヘビー・スモーカーだった(マジで?)。
○何回も流産している。
○「ローマの休日」の役はジーン・シモンズの予定だった。共演のグレゴリー・ペックもケイリー・
グラントの予定だった。大スターのペックとウィリアム・ワイラー監督にアガりまくっていた。
○「麗しのサブリナ」ではハンフリー・ボガートにいじめられていた(他の共演者も)。共演のウィ
リアム・ホールデンと恋仲になったことも。ホールデンもいじめられていた。
○超大作「クレオパトラ」の候補だった。結局エリザベス・テイラーへ。
○ヒッチコックに出演依頼された。が、産休などで成立せず。
○アカデミー賞ノミネート5回。
○71年に日本のカツラのCMに出演したことがある。
○スタンリー・キューブリックの「時計仕掛けのオレンジ」について「我慢して観た映画はいろいろあ
るけれどもこれほど残虐で冷酷な映画はなかった」とコメントしている。
○「許されざる者」(59年)で馬から落ちて肋骨4本を折るケガをした。
○旅行会社の事務をやっていたことがある。
○赤字だった映画は59年の「緑の館」。
○意外にも彼女自身が所有していた家はスイスの村にある一軒だけである(それでも普通の家の
10軒分以上の大きさだが)。
○メル・ファーラーに会う前は大富豪と婚約していた。
○「ローマの休日」の出演料は僅か1万2千ドルくらいだった。
○他出演を考えた作品
アンネの日記(59年)、ニコライとアレクサンドラ(71年)、遠すぎた橋(77年)
愛と喝采の日々(77年)、愛と哀しみの果て(85年)など。
特に「愛と喝采の日々」は断ったことを後悔していた。オスカーに10部門でノミネートされ
ながら無冠という悲惨な結末になってしまった。
○「ジジ」(邦題:恋の手ほどき)の舞台に主演していたが、映画版では「同じことを繰り返したく
ない」という理由で出演を断った。「恋の手ほどき」は58年のオスカーに輝いている。
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