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以前、ある論客と青年が心は体の何処にあるのかと論じていた。
論客は心は脳にありと言い、青年は腹にありと言っていた。私は笑いたくなったが我慢して過ごした。
心が体の中に存在するのは確かであろう。しかし、何処にと限定するのは如何なものかと思っているからである。論客と青年の言い分は平行線を辿った。
私は思った。人の魂はどのような『かたち』なのだろうか?
脳と密接な関係であることは間違いない!しかし、青年の言った腹とはどのような概念なのかも検討してみるべきであろうと思った。
人類は何もかも解ったような顔をして万物の霊長気取りだが、知識が増せば解らない事も増すばかりではないか!!!
人は死ねば終わりだと思っている方もいる。しかし、終わりだと証明した人は居ないのである。
今、キーボードを打っているのは私の指だがそれを指示しているのは私であり、脳が中継基地のような働きをしていると思う。
死ねば私は体から分離すると思っている。
神の下へ帰るというという言葉があるが、そこで都合の悪い事を『記憶に御座いません』と言っても通用しない。本当に記憶にないこともあるかもしれない。しかし、すべてを裁く神の前ではすべてが明らかになる。
この世で上手く誤魔化せた事も、神の前ではすべてが明るみに出る!
裁きの座でどのような裁きが下るのか、一人一人が覚悟をしなければならない。
あっちへ行ってからでは取り返しが付かないから、、、、。
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人の魂の『かたち』とは球形とか三角形とかいう事では無い。言葉を文章に出来る能力。サルから進化したというには余りにも能力に差があり過ぎる。進化論を信じる人々の根拠は不確かである。
2007/11/18(日) 午後 4:25 [ シャロン ]
しかし、創造論を説く方よ。貴方の基準は本当に聖書に寄るものか?
神学を無視した創造論は想像論になりはしないか!
2007/11/18(日) 午後 4:36 [ シャロン ]
こんにちはシャロ−ムさん、
お元気ですか・
主の日がくること、さばきがあること、
真実にとらえていこうと思っています。
2007/11/19(月) 午後 0:38
私の知人は霊の存在を信じる人なのですが,彼によると,人間が生きている間保有しているエネルギーは,エネルギー不滅の原則により肉体が死んでも精神は残るというのです。精神というのは肉体の働き,肉体の運動だろうから,肉体が死ねば精神だけ残るのは無理だと私が
反論しても頑として応じません。いつも平行線です。shalomさんもこの友人の立場でしょうね。
2007/11/20(火) 午前 11:37 [ さくじ ]
たぶん、違う立場ではなかろうかと思います。私は物理は苦手でして、、、、。
聖書は霊体と肉体とを区別しています。ただ、私達には霊体と肉体がどのように結合しているのかさへ解らないのだと思います。人体が霊体という永遠の存在と肉体という脆弱な限りあるもので出来ているのか不思議です。
2007/11/20(火) 午後 10:27 [ シャロン ]
霊体とは人格のことです。元素記号では語れない領域だと言ってよいと思います。
2007/11/21(水) 午前 0:17 [ シャロン ]
視覚は目、味覚は舌、触覚は指、身体に張り巡らされた沢山の神経が痛覚や快感やいろいろの五感の作用を脳に伝えます。嬉しい、悲しい、腹立たしいなどの感情、あるいは認識、記憶、判断などの知覚それら全てが身体の活動かも知れません。大脳生理学の発展により肉体と精神という二元論はどこかで解消されるのではないでしょうか。
2007/11/21(水) 午後 4:47 [ さくじ ]
私は二元論者ではないと思っています。ただ、学識が無いので誤解を与えてしまう評言があったのかも知れません。肉体と霊を一つにしたのは神の業です。大脳生理学が発展して何かが解ったとしても更に疑問が現れると思います。私たちの科学は神を証明することは出来ないと思います。神の業を追及し時に神の喜ばない人の業を積み重ねて来たのではないでしょうか。人の科学は今、地球環境を人の住めない惑星にしつつあります。私たちの肉体は地球と密接な関係にあります。
地球環境が汚染されれば私たちも現在の様な生存を続ける事は出来ません。欧米の大学が神学よりも物理学を優位に置いたときから人々は急速に滅びへと向かっています。
2007/11/21(水) 午後 6:58 [ シャロン ]
う〜ん・・いつも、難しい事言ってますなぁぁぁ〜・・生きてるかぎり・・楽しく行きましょう(生きましょう)。
2007/11/22(木) 午前 6:55
カズヤン、inadian715氏は知識人のようです。私も追背伸びをして日頃考えないことを考えて行くようです。
ところで、地球はやがて人の住めない惑星になると思います。
だから、楽しくやろうという考えもあると思います。しかし、私はその様な立場にはありませんし、私の境遇は別にしてこのブログを読んで下さる人々が主イエス・キリストを信頼するようになることを望んでいる者です。
しかしながら、私のブログを何時まで続けられるかは不明です。世の終わりも近いですが、私のこの世での終わりはそれよりも早く来るだろうと思います。ですから、私のブログは遺言でもあるのです。
私も、楽しむ時には楽しみますが将来を見据えた私の希望を証言して行くことが私のライフワークだとも思っています。
私は終末を生きているのだという自覚を持って生きているのです。
2007/11/23(金) 午前 6:55 [ シャロン ]
それにしても、寒い季節になりましたね。私の体には堪えます。
車なら新車に乗り換えられますが体は神様がメーカーなので人の好き勝ってにはなりませんね。生活習慣病は己が罪です。もっとも健全な体でも人の齢は120年だそうです。体のメンテナンスしてますか?
心のメンテナンスは?
2007/11/23(金) 午前 7:08 [ シャロン ]