復活・Resurrection≪レザレクション≫

真実を知るため、男は自分の命をかけた!

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初めに神が

初めに神が天と地を創造した。(聖書)

この創世記の冒頭の言葉を神話とする人々がいる。


『宇宙が偶然できたとすれば、偶然によって私たちが存在し、偶然によって私たちの歩みが決まっていくと
考えるでしょう。

しかし、当たり前のことながら、偶然は何も保証しません。
そこには自分の決断や他人の意思への服従以外の何の要因もありません。
そうした考えは、不確定な闇の世界へと私たちを放りだしてしまいます。

しかし、人はそれに耐えられません。そうした考え方への首尾一貫性を保てません。
それで、どこかで宿命や運命論に陥ったり、宇宙が神となったり、広い意味での汎神論に陥ったり、
占いやオカルトへの強い関心を示したりするのです。

神があなたや私を創造された、ということは、そこに熟慮に基づいた神の特別の御計画があって、
それ以来、どういう経験をし、どういう人と出会い、どういう交わりに加えられ、どういう働きをするかも、すべては神の特別の御配剤の中にあることを意味しています。』
                 (「初めに、神が」遠藤嘉信著より抜粋)

人は心を頑なにしないかぎり、神を求めることができるのである。
しかし、それはイエス・キリストを通じてのみである。
何故なら、贖いの御業はイエス・キリストによるからである。
『見よ、世の罪を取り除く神の子羊』とバブテスマのヨハネは宣言した。

神の前であなたの罪を無罪とする方はイエス・キリストのみなのである。
パウロは復活のイエス・キリストと出会い、それまでのパリサイ人としての特権をゴミ屑のように捨てた。そして、イエス・キリストの僕となったのである。

パウロは旧約聖書に精通していた。そして、新約聖書の多くの書簡を記述した。
イエス・キリストが歴史の中で復活しなかったならキリスト教会は誕生していなかったのである。

やがて、イエス・キリストは再臨される。
信じる者たちの群れを花嫁を迎える花婿のように再臨される。

しかし、聖書を神話扱いしたり、イエスの神性を否定したり、進化論を唱える人々にとっては悲しみの時となる。
イエスは弱い者には哀れみ深いが、心頑なな高慢な者には恐怖の大王となる。

最後の審判は脅しではなく、神の愛と義を軽く見た者の行く末である。


悔改めよ!!今は救いの時!!恵の時である!!!後にならば悔いを残すのみなり。

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聖書通読

 再び創世記から読み始めた。

日本語訳の聖書である。
創世記が書かれた時代はモーセの時代もしくはそれ以降なのでかなり大昔である。

古代エジプトの時代である。
当時の文化、文字、気象、解らないことばかりである。
手もとに『古代オリエントと旧約聖書』K,A,Kitchen著を置いている。
天地創造の記述は物理や生物の素養のない私には余り関心がない。

私が関心を持つのはその後に展開される神と人との関係である。

そして、アブラハム、イサク、ヤコブの神である。
アブラハムは信仰の父と言われている。神がアブラハムを選んでイスラエルの祖とした。

ヤコブの子孫はエジプトで奴隷となったがモ−セによって出エジプトを果たして行く。
その辺りまでを2008年3月末までに読んでおこうと思っている。

その先が読めるか如何かは私の体調次第である、、、、。レビ記をもう一度読みたい、、、、。

そのころ、全世界(ロ−マの勢力圏)の住民登録をせよという勅令が、皇帝アウグストから出た。
これは、クレニオがシリヤの総督であったときの最初の住民登録であった。

それで、人々はみな、登録のために、それぞれ自分の町に向かっていった。
ヨセフもガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムという町へ上って行った。
彼は、ダビデの家系であり血筋でもあったので、身重になっているいいなずけのマリヤもいっしょに登録するためであった。(ヨセフはベツレヘム出身ということである)

ところが、彼らがそこにいる間に、マリヤは月が満ちて、男子の初子を産んだ。
それで、布にくるんで、飼葉桶に寝かせた。宿屋には彼らのいる場所がなかったからである。


さて、この土地に、羊飼いたちが、野宿で夜番をしながら羊の群れを見守っていた。
すると、主の使いが彼らのところに来て、主の栄光が回りを照らしたので、彼らはひどく恐れた。
御使いは彼らに言った。『恐れることはありません。今、私はこの民全体のためのすばらしい喜びを知らせに来たのです。きょうダビデの町で、あなたがたのために、救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。あなたがたは、布にくるまって飼葉桶に寝ておられるみどりごを見つけます。これが、あなたがたのためのしるしです。』
                   (ルカの福音書2章1〜12節より)

 羊飼いは当時の世界では住民登録の対象にもならず、裁判の時には証人としての資格もなかったと聞いている。今の日本社会でその様な扱いをされる人はいないと思う。イエス様はその様な人々に御自分の栄光を現されたのである。
イエス様は人の社会的立場や立派な行いに惑わされる様な御方ではない。
羊飼いたちは受肉(人としての性質を持たれた)された神の御子を礼拝できたのである。

聞いた話では、映画『マリヤ』と言うのが上映されているらしい。御金がないので鑑賞する気はないが、聖書の記述どうりの映画なのか否か、確かめたい方は観るのもよいであろうと思う。
クリスマスの主役はイエス・キリストであるがそれを取り巻く脇役の視点からも考えを巡らすことは出来るだろう。マリヤは礼拝者として特別に恵まれた女性であり比較する者が無い。

『夫の子ではない、子を身ごもった。』というキャッチフレーズで映画のコマーシャルが流れていたと思う。キリストの処女降誕を聖書は記録しているのであるが、それに疑問を投げかける映画でないことを期待するが、果たして如何であろうか?

 今朝、夢に父と母が出てきた。父の夢を見るといつも落ち込むのだが?今朝は気持ちが落ち着いているのであった。父が何かを私に話しかけて来た。とてもリラックスしている父の様子が感じられる。母は無言であった。

父はどんな重荷を背負って人生を歩んだのであろうか?何も語らずの方であった。
母は己が如何なる重荷を背負って歩んでいるかを語る方であった。

御世話になりました。

 『一身上の都合にて退社、、、、。』昔書いた退職願いを思い出している。
あの時も夜空が輝いていた。

今夜も輝くほどではないが夜空が美しい。上空に輝く赤星は火星であろうか?


 2時頃目が覚めて、外に少し出て見たのである。
たぶん、今季の最低気温であろう。車のフロントガラスが真っ白である。


 ブログを止める決断をした。
今年限りである。小生のような者を愛して下さった方々には申し訳ないですが、本当に有り難うございました。

 Q『復活はあるか?』 A『そんな先のことはわからねえよ』

 今は、この冬を乗り切ることに集中します。

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