もーちゃんの部屋

憲法は、国民が国家の暴走を食い止めるためにあるのです。国家が国民を統制するためのものではありません! 憲法・教基法改悪に反対!

希望の光

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「あなたのみことばは、私の足のともしび、私の道の光です。」(旧約聖書・詩篇第119篇105節)
──キリスト教(プロテスタント)信仰や聖書のお話をしましょう。
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わたしは信じます。唯一の神、全能の父、天と地、
見えるもの、見えないもの、すべてのものの造り主を。

わたしは信じます。唯一の主イエス・キリストを。

主は神のひとり子、すべてに先立って父より生まれ、
神よりの神、光よりの光、まことの神よりのまことの神、
造られることなく生まれ、父と一体。

すべては主によって造られました。

主は、わたしたち人類のため、
わたしたちの救いのために天からくだり、
聖霊によって、おとめマリアよりからだを受け、
人となられました。

ポンティオ・ピラトのもとで、わたしたちのために十字架につけられ、
苦しみを受け、葬られ、聖書にあるとおり三日目に復活し、
天に昇り、父の右の座に着いておられます。

主は、生者(せいしゃ)と死者を裁くために栄光のうちに再び来られます。 その国は終わることがありません。

わたしは信じます。主であり、いのちの与え主である聖霊を。

聖霊は、父と子から出て、父と子とともに礼拝され、栄光を受け、
また預言者をとおして語られました。

わたしは、聖なる、普遍の、使徒的、唯一の教会を信じます。

罪のゆるしをもたらす唯一の洗礼を認め、死者の復活と来世のいのちを待ち望みます。

アーメン。


(2004年2月18日 日本カトリック司教協議会認可)

転載元転載元: 一匹の小羊教会


 自分を愛すとは、まずありのままの自分をそのまま認めることです。
隣人を愛するとは、ありのままの自分を認めるように、まずありのままの隣人をそのまま認めることです。

 ルターは、自分を憎まなければ、隣人を愛せない、といったといいます。

 では、聖書が言うところの、イエス様が仰るところの、「律法の全体は、「あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。」という一語をもって全うされるのです。 (ガラテヤ5:12〜13)」という、この御言葉は間違っているのでしょうか。

ルターの言うように、最終的には、自分を憎まなければ、自分自身のように隣人を愛せないのが人間のようにも思えます。

自分を愛すとは、自己愛であり、エゴイストな訳ですから、自分を愛している人には、こころから他者は愛せないと思うからです。何しろ、自分を愛してしまっているのですから。

 かといって、自分を憎んでる人に、他者を愛せるでしょうか。
隣人を愛するために、自分を憎む必要があるのでしょうか。

 マザー・テレサは自分を憎んでいたのでしょうか。そうは思えないのです。

マザー・テレサの中にイエス様の愛が溢れていたからではないでしょうか。イエス様の愛が溢れてしまうと、自己愛が生きていられなくなるのではないでしょうか。

自己愛に死んで他者を愛してしまわずはいられなくなるのではないでしょうか。

 ありのままの自分をそのまま認め、そして自分を愛してしまっている自分の中にイエス様の愛が溢れ込んで来たとしたら、どうでしょう。

自分を憎まなくても、自分自身のようにありのままの隣人をそのまま認めることができ、隣人を愛せてしまうようにも思えるのです。

自分を愛せない人がいるかと思えば、自己愛だけしか持たない人もいます。こんな人がどうやって隣人を愛せるのでしょう。

 どんな人間であったとしても、聖霊様(イエス様の愛)に溢れていただくしかありません。

イエス様の愛で覆っていただくしかありませんね。


ただただ祈るしかありませんね。

転載元転載元: 一匹の小羊教会

イースター ケータイ投稿記事

キリストは死者の中からよみがえって、もはや死ぬことはなく、
死はもはやキリストを支配しないことを、私たちは知っています。

新約聖書「ローマ人への手紙」6章9節

今日は、私たちの救い主であるイエス・キリストの復活をお祝いする「イースター(復活祭)」です。

今日のこの機会に、お近くのキリスト教会に、是非足を運んでみてください。
あなたの新しい人生が待っています。

また、行けない方、行きそびれた方は、ラジオやインターネットで、
イースター礼拝に参加されてはいかがでしょうか。

例えば、ラジオでは、

FEBC(韓国・済州島からの日本向け放送)
21:30〜22:45
1566kHz

がオススメです。
普通のラジオ(中波/AM)で良好に受信できるので、
是非お試しを!

■砂の上の足跡


■FOOTPRINTS IN THE SAND
■砂の上の足跡


One night a man had a dream.
ある晩、男が夢をみていた。

He dreamed he was walking along the beach with the LORD.
夢の中で彼は、神と並んで浜辺を歩いているのだった。

Across the sky flashed scenes from his life.
そして空の向こうには、彼のこれまでの人生が映し出されては消えていった。

For each scene he noticed two sets of footprints in the sand: one belonging to him and the other to the LORD.
どの場面でも、砂の上にはふたりの足跡が残されていた。 ひとつは彼自身のもの、もうひとつは神のものだった。

When the last scene of his life flashed before him he looked back at the footprints in the sand.
人生のつい先ほどの場面が目の前から消えていくと、彼はふりかえり、砂の上の足跡を眺めた。

He noticed that many times along the path of his life there was only one set of footprints.
すると彼の人生の道程には、ひとりの足跡しか残っていない場所が、いくつもあるのだった。

He also noticed that it happened at the very lowest and saddest times of his life.
しかもそれは、彼の人生の中でも、特につらく、悲しいときに起きているのだった。

This really bothered him and he questioned the LORD about it.
すっかり悩んでしまった彼は、神にそのことをたずねてみた。

LORD You said that once I decided to follow you You would walk with me all the way.
「神よ、私があなたに従って生きると決めたとき、あなたはずっと私とともに歩いてくださるとおっしゃられた。

But I have noticed that during the most troublesome times of my life there is only one set of footprints.
しかし、私の人生のもっとも困難なときには、いつもひとりの足跡しか残っていないではありませんか。

I don't understand why when I needed You most You would leave me.
私が一番にあなたを必要としたときに、なぜあなたは私を見捨てられたのですか」

The LORD replied My son My precious child I love you and I would never leave you.
神は答えられた。 「わが子よ。 私の大切な子どもよ。 私はあなたを愛している。 私はあなたを見捨てはしない。

During your times of trial and suffering when you see only one set of footprints it was then that I carried you.
あなたの試練と苦しみのときに、ひとりの足跡しか残されていないのは、その時はわたしがあなたを背負って歩いていたのだ」

Author Unknown
作者不詳

転載元転載元: 一匹の小羊教会

仕事を始める前の祈り

うーさんにとってお祈りは一日をはじめるためのパワー!!○(ゝω・*)o

心配性のうーさんは1日を楽しく過ごせるだろうか?

うーさんの一言で誰かを傷つけないだろうか?

って不安になってしまうの(´・ω・`)


特に、仕事に行く前って言うのは緊張するね〜。

仕事にも慣れて楽しく会社で過ごせるようになってきたけど・・・

お祈りなくしては働けないなぁ〜。


という事で・・・

とても良いお祈りがあったので

もし、お祈りしたくても、お祈りの仕方が分からなくて困っていたら・・・

どうぞ参考にしてみてくださいね(≧∇≦)ノ♪


神様、このお仕事は、あなたが私のために特別に用意してくださった仕事です。
他の誰でもない、この私がするようにと。

あなたは、そのために、時間も
健康も、気力も
能力も、経験も
背後で祈ってくださる方々も
必要なものすべてを備えてくださいました。

時間が足りなく、体調がすぐれず、集中力に欠け
自分が小さく思え、経験不足を嘆く時でさえ、
あなたは
「私の恵みは、あなたに十分である。
というのは、私の力は、弱さのうちに完全に現れるからである。」
と、力強く励ましてくださいます。

そうです、神様。
あなたにより頼まないで
あなたに喜んでいただけるお仕事など一つもないのです。

どうぞ、このお仕事を通して、あなたの十分な恵みを味わい、
あなたの力を体験させてください。

小さなお仕事にも、大きなお仕事にも、
忠実に取り組む者でありますように。

ふつつかな僕ですが、神様、どうぞ、お用いください。

イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン


祈りのダイアリー 著者/内田みずえ


私達がしている仕事は、もしかして会社の中では小さな仕事なのかもしれません。

自分がいたっていなくたって変らないと思えるかもしれません。

でも、あなたがその会社には必要なんです(´∀`)

だって・・・

神様がその仕事をあなたに与えたのですから・・・

そして、あなたによってその会社に光が届けられるようにと神様は願っているんですよ♪


どんな仕事も、働く事って辛いけど・・・

頑張りましょうね〜p(´∀`q=p´∀`)q ガンバッ!!

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