|
いるかの背中 の プラハ城 でございます
イルカの背中の形をしている、ヴルタバ河を臨む丘の上に
プシェミスル家の王候ボジボイがその要塞建設を命じたのは、9世紀のことでした。
14世紀カレル4世の時代に、ほぼ現在の形に整いました。
イルカは「海の豚」とも呼ばれますが、この丘は
「豚の丘」ではなく、その乾燥した環境にちなんで「プラハ」と
(乾燥した・・は、チェコ語でビプラフリー)
名が付いたという説もあります
「敷居」の「プラーフ」が由来している説もあります。
このプラハ城は、チェコ歴代王の居城であったところで
現在は大統領府となっています。
その核を成しているのは、
ボジボイの孫ヴァーツラフ1世が、ザクセン(ドイツ)の聖人ヴィートを奉るために
建設を始めた聖ビート教会です。
聖ビート教会大聖堂は、他の多くの建物同様、国王カレル4世の命により、
ドイツ出身の建築家ペトル・パルレーシュにより建設されました。
何度か中断されつつ、完成したのは1929年
完成した大聖堂は、全長124m 幅60m 天井の高さ33m
内部のステンドグラスが素晴らしい!
ガラス工芸が盛んな国らしい、美しい細工です!!
聖ビート教会の塔には、ズィカムンドと呼ばれる、チェコ最大の鐘がつるされています。
この鐘を塔の上まで引き上げるのに使った網は、
宮廷貴婦人の髪の毛を編んで作った物でしたが、
コレには巨大な鐘を簡単に持ち上げる器械を考案した王女の
髪の毛も編みこまれていたという事です
この城とここに住んだ王には、
沢山の物語があります。
国王ヴァーツラフ4世(カレル4世の息子)は、占星術師により
自分は聖ビート教会の塔の前で死ぬと聞かされたため、
塔を取り壊すよう命じました。
ただ、実際に取り壊される前に、王はフス教徒の蜂起の報せを受け、
怒りのあまり発作を起こして死んでしまいました。
その後、暫くして、廷臣の一人が予言が当たっていた事に気付きました。
確かに、王は塔の前・・・つまり・・塔より先に死んだわけです。
国を豊かにすることに力を注いだカレル4世は、
星が暗い未来を占おうが、城の鬼達に邪魔されようが
お構い無しで、やることなすこと全てうまく運んでいきました。
城内では、聖ビート教会・新王宮
ヴルタバ河には石の橋(今のカレル橋)が創設され、プラハの新市街も完成させました。
ハンガリー王は、そんなカレル4世に侮辱されたとして仕返しをしますが・・・その方法とは・・
プラハの住民を強いワインでよい潰してしまったのです。
朝になると、プラハっ子は、皆死んだように横たわり、
町の至る所に破片が散っていて、正に、戦いの後の様相だったとか。
|
ここの城。閲兵がいたような気がするが、バッキンガムに比べてしょぼかったような気がする。あれ、どこかと勘違いしてるかナァ^^;
2006/4/24(月) 午後 7:34 [ - ]
衛兵居ますよ!毎正時に交代の儀式が行われています。彼らは精神的にも、外見上も軍隊のエリートなのだそうです。身長180〜190cm必須条件。
2006/4/24(月) 午後 7:41
ハンガリーのワインって、「トカイ」ですね。これなら絶対飲みすぎる! カレル4世はルクセンブルク出身のドイツ人なので、ボヘミアではいわば「よそ者」。それゆえにガンバった。神聖ローマ皇帝としても名君でした。
2006/4/24(月) 午後 9:51
「トカイ」ってそういうワインなんですか?飲んだこと無いけど・・カレル4世のお父さんヤン・ルクセンブルグも違ったタイプの、戦術に長けた王だったそうですね。
2006/4/25(火) 午前 0:43
ハンガリー王はそんな仕返しをしたんですか〜^^ ハンガリーワイン(赤ワインのエグリ、白ワインのトカイその他にも色々あります)は本当に美味しいので、チェコ人も飲みすぎたんでしょうね〜^^ チェコビールに比べればハンガリーワインはきついですよね。
2006/4/25(火) 午後 8:47
ハンガリーワイン飲んだこと無いんですよ〜。飲みすぎるほど美味しいんですね。
2006/4/25(火) 午後 10:04