私の履歴書

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半世紀・・・か

  
  
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昭和34年4月1日、 大阪のとある町で一人の女の子が誕生しました。 この世に生を受けた瞬間は泣くこともできなかったその赤ちゃんは、 両親の温かく深い愛情に包まれながらすくすくと育ちました。   たくさんの人との出会いと別れ・・・ 多くのことを学び経験し・・・ 笑い、怒り、喜び、泣き、楽しみ、悲しみ・・・ そしてついに今日の日を迎えたのです。     
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〜生誕50年記念〜






   あはは、笑っちゃいますね、自分が50歳だなんて(*^^*)
   いつの間に、こんな年になってたんだろ?って^m^
   会社の男性が、
    「50・60歳って言ったら、昔はすごいおっさんやおじいちゃんのイメージがあったけど、
     いざ自分がその年に近づいても、実感わかへんわぁ〜。」
   って言ってました。
   まさにその通り!!!
    「ホントよね。私なんか、まだ高校生の気分なのに・・・ハハハ」
   と返したら、
   2人とも一瞬言葉を失い、ものすごい顔して私を睨み、
    「いくらなんでも、それは無理があり過ぎやろ!」
   って、つっこまれてしまいました^^;




   50年・・・つまり半世紀の月日が流れてたんですよね。
   50年前と言うと、
   今の天皇陛下と美智子様のご成婚の年。
   私が生まれて10日ほど後のことです。
   日本中がお祝いムードに沸き、
   テレビが少し普及したとか、しないとか。。。
   大阪では、吉本新喜劇がこの年に始まってます^^;




   もちろん戦後生まれではありますが、
   よくよく考えてみれば、
   戦争が終わってから、たったの14年しか経ってないんですよね。
   だから、ほら、
   子供の頃の写真なんて、ほとんど白黒です。
   一般家庭には、電話もテレビもエアコンも車もない時代です。
   ほとんどの電化製品が、まだ珍しかった時代です。
   今のように便利ではなかったけど、
   お母さんたちは、みな元気に家事をこなしてました。
   道路はまだ地道で、雨が降ればぬかるみ、
   風が吹けば、土埃が舞い上がりました。
   



   でも、子供たちが駆け回れる原っぱがありました。
   チャンバラごっこやキャッチボールが
   自由にできる広場がありました。
   虫と遊び、花を摘み、当たり前のように自然と触れ合えました。
   子供たちが暗くなるまで外で遊べる環境がありました。
   私は、家の中でお人形さん遊びするよりも、
   いつも男の子たちと外を走り回ってましたよ〜(^^♪
   おかげで、一年中真っ黒でしたけど^^;



   この50年で、 
   世の中は便利になり、生活は豊かになりました。
   だけど、多くのものを得る代わりに、
   失ったものも数知れずあるのだと思います。
   毎日何気なく暮らして行く中で、
   すっかり景色も生活形態も様変わりし、
   人々の心まで変わりつつあるのかもしれません。
   これが時代の流れなのかな?
   歴史って、こんな風に作られていくのかな?



   いやいや、
   今日はね、こんな硬い話をしようと思ってたんじゃないんです。
   ただね、思い切ってここで自分の年齢を公表して、
   「とうとう50歳になっちゃったよ〜。」って開き直って、
   みなさんにお祝いしてもらおうと思っただけなんです。
   一人寂しく年とるのは嫌だし・・・(^_-)
   でもね〜、50歳になっても、
   気持ちは高校生・・・とは言わないけど、
   まだまだ若いつもりで・・・せめて30代(も無理かな?)くらいのつもりで、
   頑張りますよ〜〜〜(^^)v



   ちなみに、戸籍上の誕生日は明日4月2日ですが・・・(^^)


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