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そこに流れる時間

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2月のある日。
戦中戦後と活躍した映画監督小津安二郎が逗留した茅ヶ崎館という宿に、たまたま泊ることになった。
茅ヶ崎海岸から、少し内陸に入ったその宿は、住宅街の中にひっそりと佇んでいた。
石段を上がっていくと、暖簾があって、そこをくぐると、中の様子が垣間みれた。
昭和の時代が、そこに留まっているような、懐かしい温もりのある空間が奥へと続いていた。

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映画ファンでなくとも、
1度は聞いたことのある『晩春』『早春』『東京物語』……。
小津安二郎と脚本家の野田高梧は、茅ヶ崎館の「二番」の部屋に籠って、
寝食をともにしながら、数々の名作の構想やシナリオを練った。
冬晴れの寒い日の宿泊者は、他にいなかった。
せっかくだからと、その「二番」の部屋に泊ることになったのである。

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小津安二郎の映画は、あまりピンときたことがなかった。
どちらかといえば、黒沢明の作品の方が好きだった。
時代を超えた人間の機微のようなものは感じとることはできるが、
それ以上に、そこに流れている時代に生きていた人たちの心と、自分があまりにもかけ離れていて、
絡み合わないからだということを感じた。

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今回、あらためて映画を観直してみたが、
やはり戦後の混沌とした時代に人びとが抱えていた
思いのようなものを想像することしかできなかった。
市井の人びとの日々の淡々とした生活……。
その中に、当時、青春時代を迎えていた我が両親もいたのだということに気づいた時、
作品がまったく別の形で、身近に迫ってきた。
ああ、コカコーラは洒落た飲み物だったんだ。
デートする時は、ああいうカフェに行ったんだ。
ああ、ああいう歌が流行っていたんだ。
昔ながらの無骨な亡き父と、青春時代の話などしたことはなかった。
しかし確実に、その時代を父は生きていたはずだ。

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しんと冷える外気も、部屋の中だけは暖かく、2重にした毛布の中は、心地よかった。
白熱灯の暖色が映し出す天井の板は、年季が入っていて、黒光りしていた。
小津が部屋で煮炊きした時の煤が残っているためだという。
その時代に生きた人びとのなんでもない日々の思いや価値観が、ここで生まれてきたのだろう。

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翌朝は、海岸に日の出を見に行った。
ちょうど一艘の船が沖に出るところだった。
朝焼けの中のその風景は、あの時代と変わっていないであろう。
その朝焼けに包まれながら、時ということを思った。
世代は違えども、それぞれの人の中に、それぞれの時が流れている。

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今度、実家に戻ったら、原節子より13歳若い母に、
あの頃の話でも聞こうか……。

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