風の力

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泊村の風の力

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誰が山の陰と名付けたのだろうか

その風景は陰なんかではなく、むしろ日が照りだして、いまもきれいな自然がある。

僕の母親は鳥取県東伯郡泊村の生まれで、僕は、25年ぐらい前から20年前まで毎年夏この海岸に来ていた。

今は丘の上に風力発電用の大きな風車がそびえ立ち、村の電力をまかなっているのだろうか。力強く回っていた。

この景色を見ると祖母を思い出す。

祖母は早くに旦那(祖父)を亡くし、女で独りで4人の子供を育てた。その中の娘の独りが母だ。祖母は良い所のお嬢さんだったらしく、東京の女子大学を卒業した。女学生時代の寮には洗濯機があったという話だから、恵まれたいたほうだっただろう。学生時代に習った和裁の先生をしながら、4人の子供を育て、皆大学に行かせた。僕が見た祖母は、すでにおばあちゃんだった。しわくちゃだったが、厳しく、優しい人だった。祖母の家から泊の海岸には歩いて5分、走って1分程度だった。

昔は、足を踏み入れると、砂が鳴る、鳴り砂のきれいな砂浜だった。鳴り砂は、粒子がある程度の大きさに適当に配球されたものが、ある程度均一に保たれていなければ鳴らない。不思議で絶妙な自然の神秘がソコに集まった砂浜。今は珍しいらしい。

永遠と続く遠浅の砂浜には、桜貝が落ちていて、当時いがぐり坊主だった僕は、割れていない桜貝を探して、いつまでも浜辺を歩いていた。大好きな祖母に、きれいな、壊れていない桜貝を見せて、ほめてもらいたかった。祖母に取っては何でもない桜貝を、自慢げに見せる孫だったろう。

14、15年前だったか、突然祖母が脳死の状態になり、家族全員で田舎に行くことになった。病院では、すでに自分では呼吸することすらできない、祖母が居た。呼吸器を外すまでの大人たちの会議の時間が続く中、僕は手持ち無沙汰になって、小雨の中、この海岸へ行き、永遠と走り続けた。部活を休んで来たので、体力を落とさないためと皆に伝えて、海岸を走った。桜貝を探して。

愛着を込めて田舎と呼ばせてもらうが、こんな田舎でも海岸が開発され、遠浅のきれいな砂浜は姿を消してしまった。今では砂が鳴るのかさえもどうでも良くなってしまうほど、どこかのゲームに出てきそうな基地みないな無機質な建物が海岸を占領している。たまに来る昔を知っている僕のような人間は、あれを見るとがっかりする。地元の人はそういう価値観で見ていないかもしれないが。

丘の上に行くと、そんな思いを吹き払うかのように、”びゅんびゅん”と大きな風車が力強く良く回っていた。

祖母が厳しく、優しく、前に進めと言っているかのように。

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