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今年も、楽しみにしていた父の日が来ました。この日だけは、普段阻害されている父親でも、ほぼプレ ゼントが当たるようです。こうしてみると、父の日はわが国に定着しているようですね。私も毎年父の日 は実家で過ごせず、東京で一人迎えています。昨日のAM9時くらい、ピンポ〜ンの音とともに二箱がや ってまいりました。 二合瓶のお酒が、五本入った詰め合わせ。どれもこれも、美味しいと評判のお酒です。
ひとつの箱の中に、黄色のバラの花束とピンクのバラの花束が二つ入ってました。
ひとつの花瓶に入れられないので、二つに分けました。 この日ばかりは、かみさんが結婚記念日だとか誕生日だとか言うのが、理解できます。人からプレゼン トを頂くのは、ほんとに嬉しいものですよね。子供達の成長の証でも、ありますしね。 昨晩は喜びをかみ締め、バラを眺めながらしみじみと幸せなお酒を頂いたのであります。
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日本の文化
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いなせ;江戸日本橋魚河岸の、若者の間で流行した髪形に由来する。その髪型は、イナ(ボラ)の背に 似ていることから、「鯔背銀杏(イナセイチョウ)」と呼ばれた。そこから、魚河岸の若者 (鯔背銀杏(イナセイチョウ))を結った若者のように、粋で勇み肌のものを「いなせ」と呼 ぶようになった。 勇み肌;威勢がよく、弱きを助け強きをくじく気質。任侠(にんきよう)の気風。また、そのような気性 の人。きおいはだ。 というわけで、お祭りです。 今日は、築地波除稲荷神社の350年祭のクライマックスでした。粋でいなせな魚河岸の若い衆も、あね さんも、今日はみなかっこよかったよ〜!まず、波除稲荷神社の由来をどうぞ。 今から350年程前、この築地一帯を江戸城のお堀の揚げ土を以って日比谷入江から埋め始られました。 70年の後、明暦の大火の後に4代将軍家綱が手がけた最後の埋立の工事の内、難工事であったのが築地 海面でした。堤防は築いても築いても激波にさらわれてしまいます。そんなある夜、海面を光りを放って 漂うものがあり、人々は不思議に思って船を出してみると、それは立派な稲荷大神の御神体でした。皆は 畏れて、早速現在の地に社殿を作りお祀りして、皆で盛大なお祭をしました。ところがそれからというも のは、波風がピタリとおさまり、工事はやすやすと進み埋立も終了致しました。萬治2年(1659)の事で す。人々は、その御神徳のあらたかさに驚き、稲荷大神に 『波除』 の尊称を奉り、又雲を従える<龍 >、風を従える<虎>、一声で万物を威伏させる<獅子>の巨大な頭が数体奉納され、これを担いで回っ たのが祭礼 『つきじ獅子祭』 の始まりです。それ以来今に至るまで、「災難を除き、波を乗り切る」 波除稲荷様として、災難除・厄除・商売繁盛・工事安全等の御神徳に崇敬が厚いのであります。その御神 徳はその後も益々大きく、当時辺境の地であった築地も次第々々に開け、現在の如く繁華街となったので あります。 というわけで、350年祭です。 波除稲荷神社です。 拝殿前で、皆並んでます、え〜っとあれとこれとそれと・・ 雄獅子と雌獅子に先行して、獅子頭も集団です。 雄獅子、雌獅子が見えました。 雄獅子を担いでいます。雄獅子は1トンです。 雌獅子は、宮入前に女だけで担ぎますが(これが、またかっこいいのです)、今は引っ張ってます。 お囃子です。 大通り(新大橋通りを、巡行してます。) 雄獅子には、女も一緒になって担いでいます。 どうです、この人だかり。 雌獅子も来ました、両側は屋台でいっぱいです。 いよいよ、これからクライマックス。お宮入りに向って築地4丁目、一本締めで景気をつけます。 波除稲荷神社の前まで来ました。これからお宮入りです。 雌獅子は、粋なねじり鉢巻のねえさん達に担がれてやってきました。ほんと、かっこいいですよ! こっちは、くわがた被りのねえさん達。お宮の前まで来ました。 会長さんの、一本締めです。しゃんしゃんしゃん、しゃんしゃんしゃん、しゃんしゃしゃんしゃん! いきですねえ!くわがた被りのおねえさん。 どうです!そろいの半纏も決まってます! こちらは、くわがた被りと帯鉢巻の後姿。揃いの半纏が、なんともかっこいい! お母さんは帯鉢巻、お嬢はくわがた被り。となりのお二人も、くわがた被りであります。 若い衆も、負けてません。これぞ魚河岸、本家本元のケンカ被りの粋でいなせな若い衆。 いかがですか、来年は魚河岸のお祭りにいらっしゃいませんか?
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