千愚傑作選

最近は花の写真ばっかり

詩集

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ソラマメ

ある日
私が
コロコロを
絨毯の上で転がしていると
同居人が言った。
 
「あなたは(意外に?)マメだよね」
 
そこで
私は尋ねた。
「私は何豆?
エンドウ豆?うずら豆?小豆?」
(あずきもいいな。可愛くて。)
 
同居人はしばし思考して言った。
「うぐいす豆かな」
それに応えて私は発した。
ホーホケキョ。
呆浦廨居。宝呆け虚。峰法華狂。歩惚け響。今日匈凶。
 
ふ〜ん。
 
同居人が出かけた後、私は考えた。
 
私はうぐいす豆かあ・・・
そうかな。
 
鶯のように歌うからかしら。
(どうりで、梅の花が好きだし、抹茶色を見ると懐かしいし?)
ナイチンゲールのようにマメマメしいからかしら?
鶯姫のように、引き出しに春と夏と秋と冬を持っているからかしら。
あのお話の最後は、鶯の姿にもどって姫は飛んで行ってしまうのよね。
 
そんなことを考えているうちに、
空が恋しくなってきた。
 
♪ああ、人は昔々鳥だったのかもしれないね。
こんなにもこんなにも空が恋しい♪(加藤登紀子歌、中島みゆき作詞作曲:「この空を飛べたら」)
 
そうして
私は
気付いたのだ
かつて自分が何であったのか。
 
私はマメ。
ソラマメ。
 
私たちは皆空を内包する豆。
 
鳥は恐竜から進化したという説があるし
人間はサルから進化したという説もあるし
イヴはアダムの骨から作られたという説もあるし
もともとは宇宙のチリなのだし
 
さまざまな進化のお伽話の中で
私たちはきっといつもソラマメだったのだ。
 
こんなにも空が恋しい、
 
一粒の、
 
豆。
 
 

千愚詩集

私の心の中に

 私の心の中に大連あるいはダルニーという街が住んでいる
 ユトリロの絵の色と葉祥明の絵の色を以って
 清岡卓行の文章を以って

 くらやみの谷には 小人がはねる
 夏の木陰を どこまでも歩ける
 木漏れ日は 針エンジュの葉からこぼれる
 梧桐の葉からも こぼれる
 海辺では 漣の音も聞ける
 冬には鈴懸けの木が 無数の鈴を懸ける
 思いっきり凍てた木枯らしも吹く
 思いっきり温かいスチームの部屋で温まることもできる

 私の心の中に 大連という街が 住んでいる
 そこに私の家がある
 そこに私の愛しい人もいる
 私の思い出もある

 そこは私の心の中の街だけれど、大連には誰でも行くことができる
 だって、そこは日暮里の ほんのちょっと先にあるだけなのだから

煙草

 昔学生が聞いた
 「どうして煙草を吸うのか」と。
 私は答えた。
 −孤独と自虐とニコチン中毒
 脚韻を踏んでいる

 吸い始めたきっかけは 初恋
 彼は教えてくれた
 「煙草の灰を落とすことを英語でsharpenと言うんだよ」
 一生使いそうもないトリビア。
 煙草の灰を落とす度に思い出す

 大学時代マルクスと山を教えてくれた彼女、ミヨ子さんも
 煙草を吸っていた。
 マルクスはわからなかったけど、山の楽しさを知った。
 山形から上京して、自衛隊の看護士学校に入って、大学の入学金と学費を自分で払って
 補欠入学した彼女は、年齢を明かさなかった。
 私たちは南アルプスの頂上で 煙草を吸った。
 喫茶店「早稲田文庫」の辛いカレーを食べた後でも 吸った

 23年の中国生活の第二年目
 彼と知り合ってからは、競い合って吸った。
 先に逝ってほしくなかったから。
 妊娠中は一年禁煙したけど。
 孤独と自虐は二人分になり、部屋はもうもう。
 私たちは温め合い、傷つけ合った

 どうして煙草を吸うのか?
 デイケアの宮本さん曰く「宿命だよ」
 私は思う。
 −孤独と自虐とニコチン中毒
 ちょっと格好良過ぎる?

息子

 母の胎内で国境を越えた時
 彼は何人だったのだろう
 国籍法が許さないので
 日本で生まれた時 彼は中国人だった
 中国パスポートで母に抱かれて中国へ渡った
 翌年は国際婦人年で悪しき国籍法が改良され、
 彼は日本人になった
 日本パスポートで母に手を引かれ中国へ渡った
 中国では「日本の小鬼」といじめられ
 日本へ戻ると「中国人」と言われた
 「僕はどっちなの?どっちかになりたい」彼は泣いた
 そしていろいろな思いの末に今彼は言う
 「僕は日本人だから、日本にいる」
 でも彼はまた選べるだろう
 でもいつか彼は何人になるのだろう
 母の胎内を遠く遠く離れて


煙草2

 私が煙草を吸う理由は、
「孤独と自虐とニコチン中毒」だと思っていた。
 最近ふと思いついたのは
「退屈と怠惰とため息」ではないか

 雨の日に、しとしとと雨が降るように
 晴れの日に、さわさわ風が吹くように
 なすすべもなく、とりとめもなく
 紫煙をくゆらせたくなる。
 退屈と怠惰とため息ー頭韻を踏んでいる

 変わり行く季節の中で
 散り行く花々の中で
 退屈で怠惰な私はため息と共に煙を吐く
 あまり格好良くはない

秋雨の日
 
 秋雨の日に、空っぽの自分。

 空っぽの中から、何か生まれてくるかしら。

 空っぽだから、何か生まれてくるかもしれない。

 空っぽだから、何か入ってくるかもしれない。

 何かが
 雪崩のように流れ込んでくるかもしれない。

 だから
 待ってみよう。
 きょうは、秋雨の音を聴きながら。
 空っぽの自分を抱えて。

 ”秋雨の 中にいるだけ なすすべもなく”



泡を噴いている

 泡を噴いている。
 ポツ、ポッツ、ポッツ
 酸欠の魚のように
 ポッツポッツポッツ

 SOS。SOSだ。

 昼に。
 夜に。
 立て続けに泡を噴いている
 ポッツポッツポッツポッツ。

 泡はどこに行くんだろう。
 誰かに辿り着くんだろうか。






カラヤン

 私の家には、ある猫が毎日のように訪れる。「カラヤン」という名の近所の猫で、いつの頃からか、家に遊びに来るようになった。アメリカン・ショート・ヘアとかいう種類らしい。母は猫が大好きなので、いつも餌を用意している。かなりの年なので、母はどちらが先に逝くのかしらねえ、と猫と自分の寿命を比べている。カラヤンはあまり鳴かない。おとなしい猫である。でも、「カラヤン」と呼びかけると振り向くことがあるので、自分の名前はわかるらしい。私は猫大好き人間ではないので(あるいは大好き人間なので)、カラヤンが家に通ってくるのが楽しみだ。いつまでも元気で遊びに来てほしい。

三月十六日
 上海にいるZJという87級の学生が、私の惨状を聞いて、毎日メールをくれると言った。毎日ってとても大変なことだと思うが、この何日か、本当に毎日メールをくれている。うれしくて涙が出そう。英語でくれるので、−彼はアメリカの会社に勤めているー英語の勉強にもなるなあ、と思っている。
 かたや、浜松に住む30年来の友人は、私のブログを印刷して製本してくれた。同窓会に間に合うように、印刷の間違いを延々一時間の電話で打ち合わせした。昨晩のことだ。
 私には、いい友人といい学生がいるなあと思っている。
 もちろん最近のことだけでなく、私が発病した時北京から毎日大連に電話をくれた97の学生のことも思い出す。彼は私が自殺すると言ったら、北京から大連まで来てくれた。彼は4月1日に東京に遊びに来るので楽しみだ。
 それから、なんと言っても命の恩人。私が病気でふらふらになった時、飛行機で大連まで迎えに来てくれて、帰りの飛行機の中で離陸の時手をしっかりと握りしめてくれた。そして、成田から家までおくってくれたのだ。
 それから、それから。。。私にはたくさんのいい友達がいると思う。
 皆さん、友人は大切です。時には家族よりも。

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