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都立高校で教師が体罰ってやってますね。
大半の意見が、殴られて当たり前、見てて気分が悪いといった教師擁護の意見。 一方、教育評論家とかよく分からない評論家達が、暴力はダメ。 言葉で教育しないとダメといった意見もある。 私は、暴力否定派。 暴力は弱い人間が振るうものだと思っている。 だが、どうも教育評論家達の体罰否定論に賛同できない。 きれい事ばかり並べて、暴力ではなく言葉で教育とか、何言ってるの?って思ってしまう。 そんな事ばかり言って、歯止めが利かなくなるから子供なんだろうと。 『どんな事やっても、どうせ俺らは守られてる』 これが、クズ子供の考えだ。 私も学生の時、真面目ではなかったので、動画を撮り、アホみたいにYouTubeに投稿した学生の気持ちが分かる。 もちろん、理不尽な暴力、脅威から子供は確実に守らなければならない。 しかし、守られていることを良いことに、守っている人を陥れる行為に、擁護する余地は全くない。 つまり、どんな裁きを受けても仕方ないと思うのである。 現場の、 『お前ら、俺らが何してもどうせ何もできないだろ?』 この空気感、今に始まったものではない。 私が学生の時からある。 しかし、私が学生の時は、度が過ぎる間違ったことをすれば殴られた。 もちろん、殴られた私は、殴られた事が恥ずかしく、親にも言えなかった。 そして、トラウマにもなっていない。 なぜか? 自分が悪い事をしたからだ。 悪いことをして、制裁を食らう。 当たり前のことだ。 悪い事をしている自覚があって、 『何もしても大したことないし、あの先生ムカツクからハメんべ』 これはたちが悪い。 こんなくず人間を守る事が、そのくず人間のためになるのか? 殴っている教師は、30年も教師をやり、生活指導もしていたと伝えられている。 生徒を殴ればどうなるか、容易に想像もつくだろうに、手を上げた背景はどうなのか? 単に、頭のおかしい教師という事で片付かないと思う。 高校は教育機関。 人を陥れるようなくずを社会に出さない教育もあるのではと感じる。 最近、大人の世界でも、なんでもかんでも『〜ハラスメント』。 最近この国おかしくなってないか? 論じて全て理解できるなら、それは子供ではなく立派な大人です。 |

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