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昨日の夜、母から聞いた

ある寺子屋の子供のおじいちゃんが

私の体のことを

毎日、仏壇に手を合わせ

お参りしてくださっていることを。。。

・・・・・・

こんな有り難いことがあるだろうか

言葉に言い表せないほどの

胸いっぱいの感謝を感じている

本当にありがとうございます

・・・・・・

その子の家族

お母さん、おばあちゃん

みんなが

「先生には、長生きしていただかないと・・・」

「この子が、今、まともに学校に行けているのは」

「まともに生きれているのは」

「先生がいるからなんです」

・・・・・・

以前、私が健康な時に

取り組んでいた様々な問題や、児童、家庭に比べたら

この子は、決して私の中では難しい児童ではない

・・・・・

また、問題の全くない児童や、家庭はまずない

・・・・・

しかし、私は、常に

”人の大切な人生を扱っている”

”つまり、人の人生は命と思っている”

そう思って取り組んできた

・・・・・・

だから、どんな小さな問題も

”一切、妥協する気はない”

”命に対して、手を抜くつもりはない”

・・・・・・

自分の持てる限りの

精神的パワーと、肉体的パワーを使うのは

全くの当たり前だと

今でも思っている

・・・・・

確かに、今は、驚くほど体力はない


しかし、だからと言って、妥協する気は全くない

・・・・・・

私には自覚はないが

子供達や、父兄の方々がよく言われる

・・・・・

「先生は、命がけで僕たちに話をしに来てくれる」

「先生は、死にかけても僕たちのためにやってくれる」

・・・・・

私は、少し驚きの気持ちもある

・・・・・

私は、もっと自分の命を大切にしなくてはいけない

それは、高校からの大親友からも

ずっと涙を流して言われてきたことだ

・・・・・・

だから、この生き方がいいとは自分では思っていない

しかし、理屈ではない

体が、勝手に反応している

行動している。。。

親友から、また怒られるな。。。

・・・・・・

「命がけ。。。」この言葉が

まだ低学年の小学生から

中学生の子供達の口から出る

・・・・・

父兄の方々は

「先生には、ゆっくり休んでいただきたい」

「先生の存在が子供達の支えなんです」

「私達も、先生が頼りなんです」

「先生には生きていただかないと・・・」

・・・・・



最近、私の心の声が少しだけ変わっていっている。。。

「これで生きていると言えるのか!」

から

「ただ生きてるだけでもいいのか・・・?」

・・・・・・・

前の主治医の先生から

何度も言われていたこと

「ただ生きているだけでいいじゃないか」

・・・・・・


いつも父兄の方々が言われているそうだ

「先生はどうですか?」

「ご飯は食べれていますか?」

・・・・・・

私は、もっと自分の命を大切にしなくてはいけないな・・

・・・・・

みんなに心から感謝しています

ありがとう

ありがとうございます


追伸:富士山、見ています(感謝)

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少しご無沙汰していま〜す
ヽ(^o^)丿

・・・・・・
再び、少し体調を崩していました(^^;

高熱と嘔吐

その後の食欲減退

しばらくして食欲回復。。。

とまあ、こういう感じを繰り返していました〜

・・・・・・

ご心配おかけしました〜(^○^)

・・・・・・

話は、思いっきり変わりますが

私にとっては最高のニュースです♪

・・・・・・

先日、我が寺子屋の卒業生の一人が

「中学校の先生になった」と

わざわざ嬉しいそうに報告に来てくれました〜(^○^)

・・・・・・・

そして、また一人は

大学の時の海外留学を活かして

外国語学校の先生の道を歩み始め

頑張っています(^O^)/

・・・・・・・

なんと、嬉しいことに

「型破りな私の後ろ姿を見てきて」

「先生の道を志したいと思ったそうです(^○^)」

・・・・・・

その子は、非常に心が優しく

また、美しく

そして、まっすぐ頑張る子ですから

私などより、もっともっと立派な先生になると

確信しています(*^^)v

大丈夫だ〜〜♪

・・・・・・

新しい子供達も入ってきました(^○^)

まだまだ小学生と言うより

保育園児ですな・・・(^_-)-☆

・・・・・・・

でも、中学生になった子達は

人の役に立ちたいと

「自ら生徒会に立候補してみんな当選しました〜」

みんな、頑張っています(*^^)v

・・・・・・

我が寺子屋の目標は大きく二つです♪

①人に優しくすること

②人の役に立つ人間になること

です(^○^)

・・・・・・

自分、人それぞれの長所と短所を知り

理解し、許し、応援する♪

子供達は、私以上に、頑張って

明るく元気に過ごしてます(^○^)

・・・・・

今は、なかなか寺子屋の教室に行けません

子供達も、私がゆっくり休めるようにと

”お互いに”

「静かにしないと先生がゆっくりできないよ」

”注意し合っているようです(^○^)”

優しか〜っ、ありがとね〜♪

・・・・・

しかし

心の話をするときや、発表する時は

私の部屋まで聞こえるように

”それはそれは大きな声で話し、発言しています”

可愛いものですねぇ〜(*^^*)

・・・・・・

では、もう随分と暖かくなってまいりました〜

季節の変わり目

体調に気を付けて

お元気でお過ごしくださいませ〜

ヽ(^o^)丿


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おっは〜〜

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おはようございま〜す♪

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おはようございますだ〜♪♪♪


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じゃあ、行ってくるよ〜


行ってらっしゃいませ〜

ヽ(^o^)丿




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私は、昨日とても誠実なコメントを

有難いことにいただいた

そして、その方が苦しんでいる

心の葛藤を強く感じた

・・・・・・

”私が、どうにかなるさ”

そう思った気持ちの過程を

もっと詳しく話そう

そう思った

・・・・・・

私は、激しい痙攣が数日続き

とうとう両手が麻痺して

グーの形に固まったとき

私は、今まで自由に動いてくれていた両手に

涙を流しながら

「今まで、ありがとね」

と感謝した

・・・・・・

その後、すぐに気持ちの切り替えが出来たのは

私は、健康な時から

障害に対して

「その人の人生の個性」

「他の人にはできないものを、持っている」

「光ったものを、その人の中に見たり、感じたり」

していたからだ

・・・・・・

私は、両手の自由を失ったとき

直ぐに杖を倒れないものに変えた

・・・・・

そして、両手の自由がなくなれば

何かを得るはずだ

「人は100パーセント、全てを失うことは出来ない」

・・・・・・

手の不自由な人は

足で文字を書いたりする人もいる

・・・・・・

病気になると

花や植物が美しく感じる心が出来たりもする

・・・・・・

多くの悲しみを経験した人は

より深く人の痛みが分かる

・・・・・・

だから、何かを失えば何かを得るだ

・・・・・・

私は、病気によって

健康な時では得ることが出来ない

多くのことを学べた

・・・・・

これは、私の人生が以前より少しは豊かになった

という証拠だ

・・・・・・

そして、当たり前の有難さ

当たり前なものは何もないことを少し学べた

・・・・・・

話すこと

歩くこと

手が動くこと

ご飯を食べれること

目が見えること

・・・・・・

当たり前なものは何一つないということを

・・・・・・

私の、根底には

強い決意がある

・・・・・・

どんな状況でも

明るく、元気に、笑顔で、たくましく

生きる!

・・・・・・

そう思って、今は、過ごせている

過ごす努力をしている

・・・・・

ただそれだけだ

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実は、私は病状が悪化したとき

両手に激しい痙攣が続き

とうとう両手が麻痺して

グーの形になったまま

物をつかんだり、パソコンを打つことなど”

生活が少しだけ不自由になっていた

・・・・・・・

しかし、両手も使っていくうち

色々なことが、また出来るようになっているはずだ♪

そう思って気にしないようにしていた

・・・・・・・

そしたら、今では、両手の麻痺はほぼなくなり

痙攣はあるが

以前と同じ、自由に動かせるようになった(^○^)

・・・・・・

どうにかなるもんだ〜

ネバーギブアップだな(^_-)-☆

・・・・・・・

祖母の好きだった歌

”ケセラセラ”

(どうにかなるさ〜♪)





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