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芝居は面白い

戯れ言

 絵本の中から飛び出してきた
 女の子
 かわいかったな、げんきだ
 元気が一番  ぴょんぴょん跳ねていってしまった
 もう見えないところへ
 客席まんまえで、ひとりころんころん
 けらけら、まるで木の枝で歌っているよう

 彼女は唄い手 あの子は窓
 いや、あの子だけじゃない あの子につらなるこの場に居合わせる皆が唄い手 窓だった
 そうなんだ いま思いあたる
 詩人は語り、語り手は唄う

 きっと、 遠くまでいこう

戯れ言

 おはなしえんにでました。ありがたかったです。こんなせかいがあるなんて、にんげんっていいなをうたっているさい、ここにたっていることのいみをふるえるほどにかんじとりましました。いきていること、ふかくふかく、もっと。
 ここにたてて、よかった。あなどれない、あどれなりん、ああ、ありが、たいになる。
 まだ、まだ。まだまだだ。

前のめり つんのめり

 『人間の歴史 上』(イリーン、セガール 袋一平訳 岩波書店) はじめにで〈ゴリキーが作者に「ひとつ、こんな本を書いてみたいもんだねえ。かぎりない宇宙を考えるんですよ。星、もやもやしたもの‥とほうもなく大きい、そのもやもやしたものの奥のどこかで、太陽がもえはじめる。太陽からいくつもの惑星がとびはなれる。ひとつのちっぽけな惑星の上に、なにか生きものが生まれて、じぶんが生きものだ、ということを知りはじめる。人間があらわれる‥」 この本のねらいは、つまりそういうところにあるのです〉とある。
 先ず、ヒトがいままで生き延びてきたのは意志というより、過酷な自然と対し適応していった結果と見る。

 足腰がひょろひょろする、しっかり歩けない。情けないが、こうなっていくんだな。歳をとれば、ものがわかると思っていた。わからないままだ。とらえきれれるものではない。託す。頼るのではなく、己にできることをやる。そして、渡す。
 昨夜は、くるま座の同窓会で飲んだ。皆、俺より年上の70歳代。宴の後、俺を除いて彼らはカラオケへと向かって行った。俺はそのまま家へ帰った。からだがしんどかった。しかし、もうからだのせいにする段階ではないようだ。ひょろひょろではあっても、前へ何とか進めなくては。おのれのからだを引っ張るように、果てるまで。
 10月の芝居。予算組、赤字がそこで出てしまっている。どうする?以前なら、集客を増やすという期待に傾いた。が、それへは足を踏み入れない。どうしたら、この赤字分を少しでも減らすことができるかを問い直す。頼らない、何とかする。期待は、己のなかで作り上げた幻、お金ではない。ならば、己を晒し、行動する。前のめりつんのめりではあっても、まだ倒れない。

無茶せんと

 駅に着く。階段を上がって、改札口を出る。職場へ向かうのだが、しんどくなってしまった。こんな風になるのは、はじめてだ。歳を取るということは、こういうことか。そして、いつまで働けることかと思いが及ぶ。働けなくなれば、身体を動かすという機会も減るのではと。すると、退化していくだろう。だから、いまのうち、懸命にやろう。果てるときは、果てる。何も考えなどめぐらす間もあったものではない。

 何十年ぶりかで、私の芝居を見に来てくれた同年輩の友。彼が言ってた、「無茶せんと」。そうだな、無茶せんとやっていくよ。やれるだけやろう、これはどうしょうもないこと。認めなければ、これが私であること。認めること、言い聞かせる。

咲く

 とみに足取りが遅くなった。人がずんずん先へと行く。からだの取り戻しが効かなくなった。人が遠くなる。遠くなっても、私も人のうち。この光景を目にすることができる、それを喜びとする。衰えを励みにしよう。負け惜しみにも意地が咲く。

 引っ越したばかりの我が家に、妻の姉が来てくれた。泊まってもらった翌日、その姉の希望で、新世界の朝日劇場へ出かけた。舞踊ショーが30分、芝居1時間半、そしてまた1時間のショー。見せる、楽しませてくれる3時間。1日2ステージ、6時間。仕事とはいえ、たいへんだ。それら彼らのきびしさも感じ取りつつ、妻・姉・私3人とも、舞台に接し満たされた。
 芝居「哀恋華ー恋貫き候」 トップ、座長が剣の達人としてあらわれる。黒の着物姿、やさぐれた色気。道場を舞台に、身分の違いを越えて恋を貫く男と座長の剣客が殺陣の立ち回り。
 舞踊ショーでは、船頭の片足一本の立ち姿。川のひろがりを見せる。あと、扇の宙の舞い。演者が一足踏み込めば、私はゾクッする。

 

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