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今回は、作業内容や作業風景の報告をしたいと思います♪

作業前の写真の景色を見た方、覚えている方は分かると思いますが、まずこのワラ?ヨシズ?を手作業で拾い上げ、土嚢袋に詰め込む事から始まります♪

ちゃんと仕分けしないと担当部署の方で持って行ってくれないからです。

今や、当たり前のことですが、震災の後しばらくは、仕分けをしていたら、進まない撤去作業だったので、細かい仕分けはなく、おおざっぱに仕分ける、状態でした。
なんせ、道が塞がってて通れないのですからね。
速さが当時必要だったのは、みなさんも分かると思います。
なぜなら、まだそのガレキの下に人が居たかもしれないからです。
それでも、鉄や木、ガラスなど見た目で分かる物は、キッチリ仕分けです♪


今現在でも、日に日に高くなるガレキの山…最初の頃に積まれた、山の底の仕分けが出来る様になるのは何年先になるだろう…。
悪臭も凄いコトになってるだろうなぁ〜…。


津波に襲われた地区に共通してると思うのですが、主なガレキの種類はですね。

瓦、食器、ガラス、ビニール類など、流された家屋に関わる物です。

それと今回の場所は、ビン詰め工場やガラスの加工工場が有ったため、出荷待ちだったであろう中身が入ったままの『イーグル』や『パレード』と印刷されたジュースの瓶がかなり出てました。
(なんか韓国の北にある国を連想しちゃいました…カタカナで書いてあるから、絶対違いますけどね(-_-;))

それと圧力容器などに使われる水面計用の分厚いガラス板など、わたくしの職場(ボイラー)で使っている部品がパッキンごと出てきたのには、悲しい出来事の反面、ちょと嬉しかったかな…使われるコトなく廃棄されてしまいますが…。

これらの物が、泥と一緒に混じっているので、シャベルで泥を突いた途端、ガツンときたりします、それで、その泥をシャベルの先で押し広げ、中のガレキを手で取り上げ、道端に放り(ちゃんと後で材質ごとに分け袋詰め)泥を土嚢袋に入れる、かがんだり立ったり投げたりと、根気と腰痛を伴う作業なのです(^^;)

班に依っては、一旦泥を平らな地面にあけて伸ばし、細かくガレキ拾いをしてました…そこまで繊細な心が無く、すみませんでした(>_<)

と、これらの作業を9:45から始め、休憩や昼飯タイムも入れて、全部終わったのが、なんと!13:30!!大記録達成です♪
そぼ降る雨の中、わき目も振らず、やり抜いた成果です♪

あっ、いけね忘れてた…途中、鎌倉から来てる別の団体さんが手伝ってくれたんでした(^^;)
手伝ってくれた、彼らに乾杯♪


ちなみに、わたくしカジヤマ44歳の班は、75歳74歳62歳と、バス内平均年齢を上げてる方々なのですが、臭い泥の中を動き回り、バンバン泥をすくい上げる、スーパータフネスオヂサンチームだったのを付け加えさせて頂きます♪

帰りのバス内、みんなで死んだ様に眠りました…ガハハハ(^^)/

写真1・2枚目
なんだか分かりますか?
ランチタイムです♪
イメージ 1      イメージ 5

こんな風に食事をしてても、文句を言う人は1人も居ません♪
もし居たとしても、わたくしの耳には届かないから、聞こえません(^^)/

写真3・4枚目
見ての通り、ツルツルピカピカになった側溝です♪
ワンダホー、ビューテホー、なほ、みほ、まほぉ〜!!
イメージ 2       イメージ 3

写真5枚目
キャンセル待ちをしていた桜井さん、出発4時間前の連絡にも係わらず、快諾OKをした剛の者♪と隊長の作業終了満足笑顔♪
イメージ 4


そして、今回のレポートはこれにて終わりとなります。
長々とお付き合い頂き、毎度のことながら、ありがとうございました<(_ _)>

もし、なにか気になる事や、ダメだし的な内容があったら、遠慮なく指摘して下さい♪
それが、今後の支援隊の活動に役立つのですから、是非に(^^)/
あっ、わたくしの書き方が酷いってぇ〜のもあるか…それも、遠慮なくどうぞ(-_-;)

それでは、4月にまたお会いしましょう、See you.♪♪♪

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国道6号線沿いにある山元町役場の駐車場に臨時で建てられたプレハブの山元町ボランティアセンターに到着した時は気象庁の予報(9時〜15時仙台近辺は雨)を嬉しい意味で裏切るお天気♪(あくまでも到着時ですけどね…)。

その天気をまるで自分のおかげ顔の自称晴れ男の奥谷殿(去年の10月七ヶ浜スポーツフェスタでシラス丼作りをオールマイティーになんでもこなす男、3.11鎌倉プリンスイベント会場プログラム進行の隊長男、過去幾度となくボランティアバスに出席男、そして自称晴れ男…。)

『ねえ、大丈夫だって言ったでしょう♪』

が、しかし、作業服に着替えだした矢先の午前9時…ポツポツポツと降り出した雨(>_<)
気象庁大あ〜たぁ〜りぃ〜→◎ドンドン♪

そのときの奥谷殿は、なぜか僕と目を合わせようとしなかった…なぜだっ…!?(-_-;)

また、脱線してしまいました、テヘッ♪


そしてぇ〜っ!
今回のメェ〜ィンェベント!
これも、恒例となった長い題名を発表しまっす!
それでは…。

『津波による被害の1つの、農地の横を走る、泥やガレキで埋まってしまった側溝を綺麗♪キレイ♪きれい♪恋してる乙女の瞳ぐらい綺麗♪いや、僕のあなたの瞳くらい綺麗♪にしてしまうぞ大作戦!』

なのでありました!
『ふぅ〜♪』

1枚目の写真を見て貰えば、分かると思いますが『ん!?どこに側溝があるの!?』
って感じてしまう光景でしょ?。

その景色を見て、①で言い訳してしまった様に、『やっちゃうよ♪やっちゃうんだからね♪負けないもん、ぼく…』
みたいにおもっちゃったんだなぁ〜これが(^^;)

本当に、ごめんなさい<(_ _)>

そして、ここからが『七里ガ浜復興支援隊』の本領発揮!

田村副隊長の指示を守り、バス内の横一列を1つの班とし、班ごとに行動&協力を♪
そして、シャベルが当たってケガをしない様に各班ごとに声掛けをする!を守り、これまた支援隊活動至上、お初となる、雨天の中、順次見事に作業に入って行ったのでした♪

みなさん、これだけしか聞かなかったら、ただの単純作業に思われるかもしれませんが、そうではないのです…。

ここで田村副隊長からの、一言が心に染みました…。

震災を今一度思いださせ、あの時に起きた、津波の恐ろしさをまたあらためて感じさせる、一言でした。


『ご遺体があるかもしれません、そのときは作業を中止して下さい』


と…。

まだ、終わってないのです…。

まだ、やることたくさんあります…。

一緒に、バスに乗りませんか?

ねっ、乗ろう!。


つづく…


写真2毎目3毎目、休憩時の光景。

イチゴ農家さんの、仕分け小屋&トラクター倉庫の軒先を借りての雨宿り…座る場所なんて有りません(^^)/

でもね、そんなこと気にしないもん、くぢけないもん、ぼく達わたし達、雨なんかに負けない復興支援隊なんだもん♪♪♪

なぜか、うらめし顔で写真に写る、自称晴れ男様(2毎目右端)
あえて、ここでは名前は伏せておきましょう…(^^;)。

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第10回バス

隊長ブログをご覧になってる方は、すでにご存知の通り、なんと今回は、お初地区の山元町に行き大記録を達成してきました♪ (^^)/
(大記録…あまり期待しないで下さい…)


さて、山元町はどんな所かと言うと、身長210cm、十頭身のボクの歩股でですね。
『まあそうねぇ〜…20〜30歩で福島の県境にある相馬市に入っちゃうぐらいのトコロかなぁ〜・・・なんて♪』

!?…はいっ!すみません!恒例の大ウソです♪

ボクは169cm、六頭身ぐらいで顔が大きく胴が長く、類人猿から人間になる過程の途中で止まってる(ほっとけ)ヤツです!
みなさま、いつもの様に寛大な心でお許し下さいませ<(_ _)>


気を取り直し(^^)/、真面目お話しをすると…。

宮城県と福島県の境目に近く、特産品はイチゴで、田んぼと畑ばかりの平野がメインの場所です。

おっとぉ〜、勘が良い方は、きっとすでに心配してくれていることでしょう♪
あざぁ〜す<(_ _)>

そう、もし、ここで、津波が来る様な地震にみまわれたら、高い所まで逃げるのに、非常に難易度の高い判断力が試される場所なのです。
送迎用マイクロバスに定員オーバーの41人乗って逃げるか!?自分の足で走り切るか!?

そもそも、海がどっちかさえも分からずに、(-_-;)。

前もって、みなさんに伝えなかった、こちらのミスです、ごめんなさい。

こんな言い訳は通用しないでしょうが、言わせて下さい<(_ _)>。

あの日の作業現場を見た途端、まだこんなトコロがあるのか!?
なんでもこいの、七里ガ浜復興支援隊にピッタリの作業ではないか♪
やっちゃうぞぉ〜!やり抜いてみせるぞぉ〜!
っと言う気持ちが大きくなり過ぎて、ついうっかり…。

ついうっかりでは、済まされないことですね…。

隊員のみな様、今、反省してます、日本海溝ぐらい猛烈に深く反省してます…。
誰だ!?今、遠浅の由比ヶ浜ぐらいだろ!って言ったヤツは!?
そんなことはないです、本当に反省してます、ごめんなさい<(_ _)>

安全作業担当のマコトさんからも、こんな意見が出ました!
もし、今後、山元町の様な平野部に行くことが有ったなら、前もって磁石と地図とを照らし合わせ調べ、最短ルートや方法を考え、シュミレーションしスタッフ一同で、避難誘導出来る様に徹底し、その事を作業前や休憩の都度、お知らせし周知徹底します!と。

さすがです♪
七里ガ浜復興支援隊は、転んだら何でも拾い上げ、その拾い上げた物から、何かを生み出す素晴らしい隊です、スタッフです♪


またしても、脱線の連続で本題に入れませんでした、今回も(^^;)
もう、皆さんも慣れたでしょ、この、かじやまスタイル?スタンス?どっち!?(>_<)

次回
『晴れ男のウソつき!』
をお送りする予定ですが、はいこれも、いつも通りどうなるかは未定です♪

果たして『大記録!』とはなんぞや!?
知りたい人は、内緒でリクエストしてね…アホ、内緒でどうする!!
ではでは。

つづく…

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第9回七ヶ浜 その4

今回、あまり筆が進まない、紙じゃなく携帯だから指が進まないと言った方が正解かな?。

正直な話しをすると、隊長に却下されブログには載らないだろうけど、あえて一個人の感想として、正直に思ったことをメールにしようと思います。

まず、ボランティアセンターでのご当地方言ラジオ体操。

せっかくの面白い体操も、あんなに狭い所では、ちゃんと体を動かすことが出来ないから、2つに分ける(中と外とか、前班、後班とかね)、でないと体も心も温まらず準備体操にならないと思う、もったいない。

それと、我が七里ガ浜支援隊には、素晴らしい体操の先生が居るのだから、あの狭い場所での体操の前後どちらかでも、時間を作って、せめてちゃんとカラダをほぐしたい。
数時間もの間、狭いバスのシートに座ってた支援隊隊員なんだもの。
スジとか、ちゃんと伸ばしたり、ほぐしたりしないと、あの寒い現場では、ケガの元になっちまう(>_<)。

そして今回の作業。

これから畑を耕しやすい様にと、掘り起こした土山から、ふるいによるガレキ仕分け。
この作業自体には、なんら疑問はないし、やってた方が良いとさえ思ったけど、土地の持ち主さんは、一向に現れず…。

これから農業をやろうとしてるパワーを持ってる方が、例えボランティアとは言え、個人の生業の為に頑張ってる大勢の方に、一言もないのは可笑しいし、本当だったら一緒にやるのが筋だと思う、それが被災者だって関係ない、なぜなら前を向いて歩き出してるのだから。
これはみんな、口には出さなくても、腹の中で思ったはず…。?マークが頭の中を舞っていた、いや未だに舞っています。

ボランティアセンターにお願いした時点では、いつになるか分からない作業になるだろうし、この日にやりますと連絡がつかなかったのかもしれない、それか言いたくはないが、やって貰うコトに慣れてしまっているのかも…。
イメージ 2
とある被災地の方に、このことをぶつけてみました。
返ってきた返事は…。
そんな人の家の作業なんかしなくて良いです!
やって貰うことに、慣れ過ぎて、お礼が言えない人が増えてきて、現状、現場でも呆れること多々あるからだそうです。

かと言って与えられた作業、やらないわけにはいかない…。
やってる内に、家主さんも来るだろうと、切なる願い…。
残念な思いをしたのは今回だけだと良いのだけれど。

それが気に入らないなら来るなと言われる方も居るでしょう、しかし、思ったコトも言えない支援隊ではないはずですし、行ったからこそ、一生懸命やったからこそ、この様な考えを持ったわけです。

矛盾してると思われるでしょうが、これからも参加して行きます。
暖かくなってきて、雪が降らない季節になり寝袋で寝れるぐらいになったら、牡鹿半島先っぽのボランティアセンターで、三、四日泊まり込みで作業して来ようと思ってます。
違う場所を見て感じるのも大切な経験のうちですからね。
イメージ 1

そして、今回も同士かずちゃんから頂いたメールを、そのまま載せさて貰います。
本人の許可も頂いてます♪
ありがとうございます<(_ _)>

↓↓↓↓↓

さてさて。写真の作業中。

…とにかく、大事な仕事だから丁寧にやろうとしか考えませんでした。
写真と一緒に写真タテも洗って干したし、メガネも干しました(笑)。貯金箱の中身だって洗いました。
どれも、もう使えないけど。

そろそろ作業も終わるころ、干場を眺めてやっと‥思ったかな。

結婚式、入学式、修学旅行に運動会、赤ちゃんやお孫ちゃん、日常の何気ない一枚まで思い出450枚、この写ってる方たちが皆さんお元気でありますように。
手元に戻りますように。
って。
本来それぞれの家の中、ほとんどは押し入れや引き出しの中にあるはずのものに、自分が触れていることの重大さ。

作業場の一角は、写真(アルバム)の他にも、賞状、トロフィー、位牌など、思い出の品がたくさん。どれも丁寧に並べられ、引き取り手を待っていました。

もしチャンスがあれば、またこの作業をしたいです。

最後に1つ。
写真洗い方を教えてくれた担当者の鈴木さん(女性、おばちゃん)。
結婚式の写真のネガを洗ってたときのこと。
とても保存状態が良く、すごく喜んでいた鈴木さんに思わず『これ鈴木さんの結婚式?』と聞くと、『違うのよ〜、ウチのは流れちゃったもの〜』と明るく一言。

私の体調をずっと気遣ってくれました。
他のボラセンのおばちゃんたちも、色々してくれて甘えっぱなしの私(笑)。

たぶん、被災者って呼ばれてる方々…誰かのために、何かの役に立ちたいんだなって、すごく感じました。

↑↑↑↑↑

この温度差はなんでしょう。
温かい心と、なにか家主とリンクしない思い…。
本当、今回だけで終わらせたい経験でした。

終わり。
イメージ 3
 

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第9回支援バスその3

今回、過去において全国各地より訪れた、たくさんの支援隊の方々が協力して掃除を続け、本来の姿を取り戻した菖蒲田浜にて、鎌倉市の青蓮寺(またの名を鎖大師、ご本尊の弘法大師像の関節部が鎖で出来ている、全国でも珍しい仏像です。すんげぇ〜近所なのに見たことない…。)のご住職による、御霊のご供養と、この地のお清め?清浄化?を支援隊の皆さんとお線香を焚いて行いました。
イメージ 1


自分は初めてのコトだったのですが、何度か参加されてる方々も、いつもと違う思いが込み上げてきたのではないでしょうか?。

それにしても、隊長の人脈の広さ・・・無限大∞です。

そして、この日、我々日帰り強行支援隊に与えられた、作業内容は!!

『拾い集めた、汚れた写真をキレイキレイしちゃって、いつか取りにみえるであろう写真の主人公さんが、いつでも気持ち良く想い出を持って帰れる様にしちゃうぞ♪大作戦』
と、
『畑を復活させるため、掘り起こした土山を大中小のふるいに掛け、ガラスや瀬戸物、プラスチックを取り除き、元々の畑のように、キレイキレイにしちゃうぞ大作戦
なのであった(^^;)

言うと簡単地味な作業なのだが、両者共に寒さとの戦いなのであった!

ガレキ拾い班は、題名そのままの作業なので、今回は写真班の作業内容を詳しく。

写真班になった、同士かずちゃんが、丁寧に作業内容をメールで教えてくれたので、そのままコピーさせて貰い、掲載させて頂きます。
繊細で神経を使うお仕事、ご苦労様でしたm(_ _)m。
この下より、かずちゃんの解説です。
↓↓↓↓↓


用具
桶×3(プラスチック収納ケース)、刷毛、洗剤、お湯、タオル、写真

泥などの汚れはすでに取り除かれ、同一所有者(であろう)ごとにまとめて青色のメモ付きで袋に入っていた。
メモには、作業日付、ナンバリングと題名を記入。

作業

桶×3(A.B.C)にお湯を張る。
(A)に洗剤を入れる。


(A)に写真を入れ、刷毛で優しく丁寧に細かい汚れを落とす。
被写体(特に顔)が消えないように注意する※。


(B)に移し刷毛をかけて濯ぐ。
(C)に移し 繰り返す。


タオルで水分を取り、干場に1枚ずつ洗濯挟みでとめる。この時、写真のまとまりが分かるよう最初と最後に青色のメモも添える。

⑤乾いた写真は、まとまりごとに袋に入れられ、持ち主が来るのをじっと待つ。


土中のバクテリアが写真の現像液を食べてしまうため、中央部にかろうじて被写体が残っているものが多く見受けられた。
ちなみに被写体が見えなくなってしまったものは破棄される。
以上です。

写真の中にはアルバムのフィルムにくっついてしまった物もあり、台紙ごと写真の大きさに切って、パウチした物もありました。

↑↑↑↑↑
ねっ、なんとも素晴らしい解説だったでしょう♪
参りました<(_ _)>

まだまだ、ちょびっとつづく…(^^;)

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