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(この文があるまでは、書きかけです)
前の投稿は、題の避難地変更のいきさつを書いている内に、言わずにはいられない気持ちが先立ち、本論に入れずに、投稿を改めました。
・・・
ところが、この2日間 また無能な行政官が起こした失態に腹立ち 冒頭書かずにはいられません。
福島産牛肉で、放射能規制値を超えた肉の 市場流出です。
特に、浅川町の場合 善良な酪農家が、与えていた飼料を心配して検査を願い出、初めて汚染が発覚したのです。
飼料は、隣接した白河市産の稲藁です。
専門の行政官なら稲藁が飼料に使われ、なぜか原発から遠く離れた白河市 特に隣接の西郷村がホットスポットである事は充分承知していたはずです。
隣接県栃木の那須地区ですら、原発災害以降の牧草は飼料として与えるのをあきらめているのです。

行政が安心です安心ですと繰り返し、善良な研究者が、被爆汚染が阿武隈川沿いに遡上している事を予測公表しているのに、これを議論の俎上に乗せないのです。
こんな情報提供の怠慢、いや 隠ぺいして 酪農家(市民)が、顛末を発想する故もありません。

福島県は、この善良な酪農家に 残っている飼料を与えないように「命令」したそうです。
自分たちの無能無策を恥じ、「申し訳御座いません。情報を隠ぺいしていました。過小評価していました。無策でした。どうぞ我慢して、残った飼料は牛に与えないでください。」と謙虚に反省で出来ないのだろう。・・・どっちみち、市民はもう 為政者や行政官に権威など感じていないのだから!

結果、福島県は県内の牛の全頭出荷停止を決めたものの、福島産どころか国内産牛肉の消費低迷を招いているそうです。
汚染地域の牛の体表全頭検査で、内部被爆が分かりますか!
判らないから、第一原発の復旧作業員の内部被爆検査が進まないで苦労しているでしょうに!

6月21日放送 15:15 - 16:00 NHK総合 ろーかる直送便
直撃インタビュー・被災地の目線で「第1回 田原総一朗 西條剛央」で田原さんが「東北人はもっと怒りを表明しなければいけません。そうでなければ世の中は変わりません」?日本人は・・・だったかな?

通り一遍しか判断できない。・・・無能!

・・・ああ、怒りばかりで、テーマが進まない。

最後に、那須の避難宅からの遠望です。向いの山地は、八溝山系です。



同じところからCASIO EX-ZR100 のアートモードでの撮影です。お遊びです。

次の投稿こそは、怒りを鎮めます。
shi**_zと家族の避難生活(主に原発災害)続き の報告です。 茨城県笠間市友部の避難所から、お知り合いのご好意でお借りした別荘への避難先引っ越しの経緯(いきさつ)、顛末です。

笠間市友部町での避難所 茨城県教育研修センター への避難経緯は前に書きました。

友部の避難先は、健康に心配のある方 あるいは幼児のおられる方の付添を含めた避難先でした。
4月11日の大きな余震の前後に、茨城県に出向いていた福島県職員が、友部の避難所に度々出向いては、特にいわき市の者に「安全だから戻るように」と言い始めました。

福島第一原発の水素爆発発生時から、メルトダウンまで心配されると、知り合いから情報を得ていた私たちは、この説得に全く納得がいきませんでした。
オムツの取れない赤ちゃんが居る家族にまで、暗に「税金が掛かっているのだから」と言い、戻るように圧力をかけるのです。

原発の水素爆発から3ヶ月以降、小出しに メルトダウンまで、あるいはメルトスルーまで認めざるをえなくなった現実を知って、この説得に当たった行政官(県職員)は、私たちを目の前にしたら、「安全」と言い放った事をどのように取り繕うのでしょう。

・・・知らなかったとは言わせません。私たちは「現実としてメルトダウンまで心配されるはずだ」と主張したのですから。
これに聞く耳を持たずに「安全だ」と説得したのは、「原発は安全だ」との原子力村の主張と同じです。

・・・原子力については、総てを安全神話として片づけるのではなく、あらゆる疑義に真摯に討論していれば、このような結果にはなっていなかったはずです。
疑義の証拠に、危険を論じた論文はちゃんと発表されていたのです。

とにかく、議論を封じる権力、勢力にはうんざりします。

時代が変わるまで、為政者、行政官は、全く信じません。

・・・行政官は個々には心ある人が多いのだから、為政者に埋没してはいけません。

書き出すと、怒りが収まらず、長々と書き込んでしまいます。

大震災、避難シリーズを書き始めるに当たり、引用した投稿に「それ以降の報告ブログですが 震災 原発被害等 それ自体にはあまり触れません。このブログのテーマに沿った報告です」
と書いたので、以降はテーマに戻ります。

最後に、次の避難先 お借りした那須の写真を添えて、次の投稿に顛末を続けます。





shi**_zと家族の避難生活(主に原発災害)続き の報告です。 友部での避難所の報告は こらが最終です。(の予定です)

笠間市友部町での避難所 茨城県教育研修センター の近くには「北山公園」が有ります。
射撃場施設が近くにあり 頻繁に銃声がするのは残念ですが 自然環境を大切に残し 素敵な公園です。

長女が高校生時代 参加していた生物部の顧問の先生に ここを紹介頂き 2度ほど遊びに来た事が有りました。

私は 業務と 地域自治会の役職の都合もあり 3月22日にはいわき市自宅に戻り 賃稼ぎ生活に復帰しました。
余震 予断を許さない原発災害もあり 友部の避難所には籍を置いたまま 一時帰宅し 週末は避難所に戻る生活としました。

以下は 週末避難所に戻った3月27日(日曜日) 北山公園を散策した際 見かけた 報告です。

公園の下の方に有る池の散策路をあるいている際 マガモ?とアヒル?(・・・白いからアヒルと思うのですが)亀3頭が 沈みかけた倒木に乗り 日向ぼっこをしていました。

写真と動画を下に掲載掲載しますが マガモ?はアヒル?との混血?と思えるほど 白い部分が多かったのです。
・・・写真では判りませんかね?

(↑私のパソコンの仕様と このブロク仕様の都合で 写真が直接貼り込めません。 外部URLからの読込みとなっています。 自分のブラウザでは不都合は有りませんが ご覧になる方のブラウザのバージョンによっては 正確に表現されてないかもしてません。 これは 下の動画についても同じです。)

写真撮影後 同じデジカメで動画を撮ったので撮影チャンスを逃していますが 混血らしきマガモ?は 遠ざかっていくところです。 同じように 白い部分はよく見えません




友部の避難

shi**_zと家族の避難生活(主に原発災害) 続きの報告 です。

私たちは「自主避難」です。

当初 いわき市は 北部の一部が「屋内退避」区域でした。
何を思ったか いわき市は 私の居住区 市の最南端部を含めた市全域に
「屋内退避地域です。・・・」と消防車(消防団を含む)で正式にアナウンスしてあるいたのです。

自分たち(市の為政者)で作った風評被害に驚いたのか その後の政府の区域見直しで いわき市は 全域 避難指定がなくなりました。
政府に市長が指定の除外を依頼した との報道がありましたが 市長は全面否定しています。

いずれにしろ 市は 「屋内退避地域」のアナウンスを 今だ 正式に訂正した事実を知りません。

私たち家族の「自主避難」の判断基準は ここには有りません。

原発災害の「予断を許さない」状況です。 政府は 今日現在も この言葉を取り消していません。

「予断を許さない」とは 何が起こるか判らないと言うことです。

核爆発が起こるとは思っていません。
ただ それ以下の事でも 起こったときに そこに居てはいけないのです。

私たちは 初段 そこに居ました。
あたかも それ(爆発・・・核爆発では無いが)は起こらない。〜起こった後も「それは軽微だ」と。

しかし 現在に至る政府(為政者)の後出し情報は 当初に知人が教えてくれた「最悪な見込み」どおりでした。
ここまでくると 総ての為政者の言葉は 信じられないレベルとなりました。

チェルノブイリの原発事故被爆で 影響が出たのは 子どもたちと 対策に参画した決死隊が主だった事は知っています。
一般には 現在の 立ち入り禁止区域レベル での被爆でも ガンの発生確率が0.5%高くなる程度と 情報が流れています。

私の子どもたちは 末っ子も20歳となっています。
法的には成人 大人です。

私は平均余命の4分の3 人生を過ごしました。
私の子どもたちは まだ4分の1しか人生を謳歌しておりません。(自分と同じ)大人のレベルに考えるわけにいかないのです。

親としては 前に述べた確率 200人の内の1人にするわけにいかないのです。

これが わが家の 「自主避難」の理由です。

この状態(自主避難)への疑問の問い掛けには 堅くなに応じておりません。

意の有る方の ご親切な援助は受けております。感謝しております。

しかし 疑問を問い掛ける者には 一切迷惑を掛けておりません。要らぬお世話なのです。

子どもたちには このような考えを伝え 理解してもらい 避難生活をしつつ 人生の続きの準備をしてもらっています。

 「友部の避難所 居室からの眺めです 3月27日です」

イメージ 1


「3月27日 昼食 うどん おかずもたっぷり」

イメージ 2
(家族とは言え プライバシーが有るので 写真の解像度を落として有ります。拡大しても荒いです)

家族は 写真の他に自分 6人です。
今現在 母と私は いわき市に戻り稼ぎの生活をおくっております。
原発災害 間違いなく 風評被害は受けている いわき市住人の報告です。

私の住まいは いわき市最南部 東電第一原発からは約55Km離れています。

大震災では 液状化災害で住まいに多少傾きが発生 戸等がしっかり閉められなくなりました。
4月11日の余震は まさに ここの直下で 食器等は80%ダメになりましたが まだ住める程度に収まっております。

大震災は この程度ですみました。

当初大震災の避難から帰宅しておりましたが 原発の予断を許さぬニュース。
家族の知人に原子力にたずさわる親や 研究者がおり
その人たちから 3ヶ月後現在(今6月)明らかにされてきた状況(メルトダウン メルトスルー)も心配される等の情報が入って来ました。

余震の心配もあり(現に4月11日12日と 発生) いつでも避難できる準備を整え 避難先も調べておきました。

心配される原発については 「上空からの1回目 注水の成功 失敗」を 避難の判断基準としました。

ほぼ テレビに釘付けで経過を見ていると 注水は 1回目の投下を除いては ほぼ霧となって落下するのを見て 避難を決断。

↑(読み直していて これだけは 付け加えないといけないと思いました。)
(これ以降 2度目の上空からの注水は実施されませんでした。 投下方法を変更しての最トライは有りません。 当時 防衛大臣が「重い決断をした」旨の発言を深読みすれば 政府のデモンストレーションだったとしか思えません。 茶番劇ですね。)
(ほぼ 失敗が予想された ヘリコプターによる注水を 茶番劇を 政治家に 命を懸けて実施させられた自衛隊の方々 ご苦労様でした。お気の毒としか申しようが有りません。)

家族全員が乗れ 避難荷物を積めるのは 業務用の貨物車だけ。
俗に言うWキャブで予定した茨城県つくば市の避難所に向け 夜道 6号国道を南下しました。

県境を過ぎると 北茨城市磯原町は津波の被害で 家々は流され 常磐線に自動車が突き刺さるなどの風景の中 ひたすら つくば市 霞ヶ浦へと避難し 一晩過ごしました。

家族に 震災や避難生活に体調をくずした者がおり 静養できる別の避難所を斡旋頂き 茨城県笠間市友部町の避難所に移動しました。

それ以降の報告ブログですが 震災 原発被害等 それ自体にはあまり触れません。
このブログのテーマに沿った報告です

避難生活では 先々 地元の方 お店の方 避難施設の方 避難を共にした方 それぞれに大変親切に 優しくしていただきました

今日6月16日現在 家族はまだ避難しております 現在進行形です

「「友部」の避難先」です 素晴らしすぎる施設なのですが 山城(やまじろ)のように 町から離れた丘の天辺に有ります
教育者の研修施設です

 「避難先の食堂 ここからの眺めは素晴らしかった」

イメージ 1


「避難先玄関 他県の事ですが 素晴らしすぎる」

イメージ 2

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