よねちゃんの車中泊旅行記

4月22日、はてなブログ「よねちゃんの花日記」に移行しました。車中泊旅行記もそちらで継続しています。

閑話休題

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ステレオタイプ

   2006年12月1日

  ステレオタイプといっても、音響機器のステレオの型のことではありません。

  ステレオタイプとは、「行動や考え方が、固定的・画一的であり、新鮮味のないこと」と辞書にはあります。本来の意味は、印刷で用いる鉛版のことで、転じて判をついたような画一的な考え方を指す意味合いを持つようになりました。

  物事は、色々な面を持っています。一つの物差しだけで事物を測れるはずはなく、ステレオタイプの考え方は往々にして真実を見誤ることになります。虚心坦懐(きょしんたんかい)、恬淡(てんたん)として曇りなき心眼をもって真実を見ることを心がけるのが大切です。

  ステレオタイプの具体例を挙げると、例えば「政治家はダーティーで嘘つきだ」というようなものです。政治家にも様々な人がいますが、仮にも人々のリーダーになるような人たちですから志の高い清廉高潔の人が大勢います。当たり前のことですが、十把ひとからげの議論はできません。それを、ある一面だけで決めてしまい、後は思考が止まる、これがステレオタイプの思考なのです。

  でも、最近、この言葉を「ああ、やっぱりそうだった」と思わせてしまう事件が続発しました。福島、和歌山、宮崎と続いた知事主導による談合事件です。

  私の住む和歌山では、9月20日に県庁に大阪地検特捜部の強制捜索が入りました。以来、出納長や知事が逮捕され、知事主導の談合があったとされ、2人の辞任にまで発展しました。そうでなくても停滞が目立つ田舎の弱小県なのに、和歌山談合などと有名になり、県民の税金は一部の人たちに食い物にされ、県民の生活は余計落ち込む・・・本当に忸怩(じくじ)たる思いです

和歌山に前後して福島と宮崎でも似たようなことになりました。

  3人の知事に共通したことがあります。「私は絶対に関わっていない、一切知らない」と、何度も公の場、衆目の見るなかで公言したことです。福島と和歌山は既にそれは嘘だったことが分かっています。

  いずれ宮崎もそれが嘘だったということになるでしょうが、あろうことか、宮崎の知事には、「福島や和歌山と同視するな」と言われてしまいました。和歌山県民は怒り心頭に発しています。

  保身のために嘘をつくだけならまだしも、よその県を引き合いに出して、侮辱しながら我が身の潔白を強弁するその態度、どうしたら心の痛みもなく、恥ずかしくもなくそんなことができるのか、憤りを通り越してむしろ不思議に思うくらいです。

ところで、検事出身の彦根市長さんが職員の飲酒運転の申告制度を廃止したそうですが、「何人も自己に不利益な供述を強制されない」から、申告させるのは憲法違反だと言ったそうです。

  この御仁の考えによれば、談合していたなどとテレビの前で言う必要は憲法上全くないから、否定して身を守るのは当然だと言うかもしれません。

  でも、逮捕された後で「実は・・・」と認めたのでは、じゃあ、テレビで大口を叩いたあの話は何だったのかということになり、それが政治不信という重大な結果を招いているのです。憲法違反などという形式議論で済むわけはないでしょう。率先垂範して世の中を指導すべき人が、嘘をついてはいけないという基本的な人の道に反しているのですから。

  彦根市長さん、あなた自身がステレオタイプに陥っていませんか。今、あなたは一検事ではありません。市長として人の上に立つ人間は、もっと色々な観点からの思考が要求されます。得意の法律談義だけしていればいいというわけではないのです。まして、認知症(以前は痴呆症といった)の人をバカだと口走るようではあなたの人間としての資質が疑われます。

  で、こういうようにテレビの前で知事が平気で嘘を言う光景を見てしまうと、さっきの言葉がよみがえるのです。やはり「政治家はダーティーで嘘つきだ」というあの言葉は正しかったのだ・・・・・。談合だけならまだ修復のやりようもありますが、こうなると、政治家不信、政治不信に繋がります。ステレオタイプの思考は単純な分、人心をつかみやすいから非常に危険なのです。

  3人の知事は、談合以外にも「国民道徳の低下」と「政治不信の増幅」という重大な罪を犯しました。

  この3人は、社会のリーダーとなって範を示すべき立場の人ですが、自らが犯罪者となり、しかも公衆の面前を平然と嘘を言うということで、国民の道徳の破壊に荷担する結果になりました。

  また、街頭でインタビューを受けた人の何人かが「政治家なんてみんな一緒で誰が知事になっても談合はなくならない」というようなことを言っていました。これは、3人の言動がそういう政治不信の考えを県民に持たせることに繋がった結果です。

  実は、「政治家なんて・・・」というのも、ステレオタイプの思考です。政治家は決してみんな一緒ではありません。知事が代われば人心が一新して県の行政も変わるはずです。自分の一票で選ばなければそれこそ良くなりません。その辺をよく考えて、絶対に投票はしましょう。

  それはそうと、宮崎の知事の話ですが、こういう風に和歌山がけなされたのは、もう10年以上前になるでしょうか、上岡龍太郎とかいう元漫才師に次のように言われて以来です。
 
  「大阪はひったくりの多発地帯やが、犯人は大阪人やないで。大阪人はもたもたしていてひったくりなどできん。あれは、すばしっこい奈良や和歌山の人間が大阪に来てやっていることや・・・・」

  まあ、行き当たりばったりで一貫性の無い言動や意味不明の屁理屈で笑いを取り、偏屈を売り物にしているような人物の下劣な妄言を真に受ける必要もないのは分かっています。でも、真実でないと分かっていても、テレビでこうやられると、奈良と和歌山に関していらぬステレオタイプの印象ができてしまうかもしれません。もちろん、和歌山県がテレビ局に抗議したそうです。
 
  今回の和歌山談合は、大阪出身で大阪府の副知事も務めた知事と大阪の会社役員が仕組んだとされ、それが、「だから、和歌山の知事は和歌山出身でないとダメなのだ」ということに直結しました。

  ある意味では、これもステレオタイプの思考の範疇に入るかもしれませんが、地元出身者が和歌山の危機に当たり郷土愛に燃えて、となれば意味合いも変わってくると思います。

ステレオタイプの思考は無意識のうちに心に入り込み、行動を制約します。判断を誤らないためには、常に率直に自分の言動を振り返り、人の言うことを真摯に聞き、無意味なステレオタイプの刷り込みに基づいて行動していないかどうか点検することが大切です。

  「人の振り見て 我が振り直せ」、この格言をよく覚えておきましょう。

  知事の嘘ですっかり政治や行政に愛想を尽かした和歌山県民の皆さん、気持ちは分かりますが、やはり投票は大切なことです。「何をやっても無駄だ」というようなステレオタイプの考えを捨て、明日の和歌山をよりよくするために、12月17日の投票には是非参加しましょう。
  
追伸
  「怒り心頭に発する」は「怒り心頭に達する」とばかり思っていました。過日の新聞の誤用例に載っていて初めて知りました。そういえば、「人の振り見て我が振り直せ」も「人の振り見て我が身をただせ」と記憶していました。それこそ思いこみですよ、思いこみ、ステレオタイプの元です。完

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