|
2013年4月27日(土)
今、小布施町の歴史民俗資料館にいます。場所は小布施町役場から東に約1キロメートル、すぐ北側に栗ヶ丘幼稚園があります。
往時の打ち上げ花火の筒です。中央は踏み台です(写真①)。現在の仕掛け花火などはコンピュータで制御されているようです。
この展示室には大量の瓦が展示されています(写真②)。詳細は不明です。
余程大きな糸車の加速器だと思いますがどんなことに使ったのでしょう(写真③)。
さて、二階があります。ここは元小学校だから階段も相当広いです。上がってみましょう(写真④)。
各種枡がありました(写真⑤)。
二階に上がりました。まあ、見ようによって埃かぶりのがらくたのようですが、これでも往時の農業を支えた栄光の農具達です(写真⑥)。
輪が外された大八車です(写真⑦)。長さの割に幅が狭いのは道が狭かったから、4輪が普及しなかったのは狭い角が多くて取り回しが悪かったからでしょう。現在ある祭の山車から想像できます。
除草機が整列しています(写真⑧)。
ちょっと切れている部分があるので見にくいのですが、除草機の解説です(写真⑨)。残念ながら株間除草の原理は読めません。
田定規です(写真⑩)。田植えのときに苗を真っ直ぐに植えるための定規です。
これは田舟だと思います。排水工事が十分でなかった頃、田んぼの多くは湿田でした。そこで苗や肥料や人の弁当などを運んだのがこの田舟です。もっと大きなものは人が乗れたと思います(写真⑪)。
田舟の図解がありました(写真⑫)。
これは水鉄砲と同じ原理で水路の水を吸い、それよりも高い田んぼに水を入れる人力揚水機でした。なかなか重労働でした(写真⑬)。
手前の大きなのは「修羅」と呼ばれる一種の木馬、左上は馬具ですが、これに各種農具を取り付けます。右上は多ならしといい種をするために田の土をならす道具です(写真⑭)。
往時の田起こしの作業です(写真⑮)。
その田起こし作業がこの機械でできるようになったのです(写真⑯)。いやいや、大したものです。
これも同様の田起こしだと思います(写真⑰)。
こういうもので人がやっていた頃と比べれば雲泥の差があります(写真⑱)。鍬一丁で少しでも家庭菜園をしたことがある人は田起こしの機械がどのくらいすばらしいものか分かるでしょう。
続く |
全体表示
[ リスト ]



昔は こうやって 田畑の作業したんだよね
byおじさん
2017/4/16(日) 午前 5:58