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2014年11月15日(土)
今、三重県四日市の東海道日永郷土資料館にいます。この資料館の前を旧東海道が通っていました。場所は四日市あすなろう鉄道内部線の追分駅の北約600メートルのところです。
江戸時代、日本で特に愛された色は藍色です。和色事典をみれば分かりますが、和色には植物由来の名が多く、草木染めの伝統を引き継いでいるんでしょう。一口に藍と言っても、微妙な色合いは千差万別です。
こういう藍色の皿を見ると心が落ち着きます(写真①)。中央に山水画、そして幾何学模様、花鳥の意匠と広がっていくのがとてもすばらしいです。 よくある構図の山水画です(写真②)。
昭和の頃に作られた大皿です(写真③)。中央に西洋風の帆船が描かれ、周囲にいるのは日本髪に和服の女性と洋装の男です。 これに料理を盛り付けるのは容易ではなさそうです。土井先生、どうですか。こういう皿は実用ではなく飾るのを意識して造られたものかもしれません。
余白が多くてさっぱりした鉢です(写真④)。寡聞にして描かれている鳥の同定は困難です。
滅多に見られない濃い赤の本体に緑の耳が付いた壺です。残念ながら写真では名札を読み取れず、詳細は不明です(写真⑤)。
養蚕用の火鉢です(写真⑥)。
こういう竹で編んだ目の粗い篭がありましたね(写真⑦)。
盥と洗濯板です(写真⑧)。この形の洗濯板の歴史は以外に新しく、1797年にヨーロッパで発明され、日本に伝わったのは明治の中頃です。
もし、おとぎ話などの昔話でこういう形状の洗濯板が出てきたらそれは間違いです。自然石などを使って手でもみ洗いしていたと思います。
鶏用水やり器です(写真⑨)。
江戸時代の餅つき臼です(写真⑩)。
ねずみ取り器です(写真⑪)。
水桶です(写真⑫)。持ち運びがしやすいように取っ手があります。
日本刀がありました(写真⑬)。
切羽(せっぱ)というものを御存知でしたか(写真⑭)。刀の鍔の両面が塚と鞘に接する面に添える金具のことです。
「切羽詰まる」の切羽なのですが、ここが詰まると刀が抜けなくなることから窮地に追い詰められてどうしようもなくなる意味になったそうです。
なお「きりは」と読めば坑道工事などの掘進現場や掘削面のことをいい、本切羽と書けばスーツの袖口の仕様のことだそうです。
明治の頃の扇です(写真⑮)。
美しい櫛、笄(こうがい)簪(かんざし)です(写真⑯⑰)。微細精緻な細工が施してあり、素材も象牙やべっ甲ですからとても高価でした。
続く
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昔・・家の周りでよく見かけましたね!
2018/7/16(月) 午前 5:46