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2014年11月16日(日)
今、三重県いなべ市のいなべ市郷土資料館にいます。場所はいなべ市役所大安庁舎の中です。
ワラの話の続きです。いろいろなワラ製品が並んでいます(写真①②③④)。
縄、草履、藁沓、容器などを田圃でとれるワラで自作していました。ワラ製だから古くなれば堆肥になるという究極の循環型社会だった時代が江戸時代まで続いたのです。
とは言え、石油などなければよかったということにはなりません。
ワラが大量にあったのは米作が盛んだったからです。米は理想的な食物でした(写真⑤⑥⑦)。
これを読んでいると、味噌、味噌汁、イワシなどを一緒に食べているときにはあの脚気という病気にはならなかったようです。脚気、つまりビタミンB1欠乏症候群は江戸で発生したようです。徳川の時代になって日本中の米が江戸に集まったからでしょう。
原因が分かったのは何と1910年代ですが、戦後も偏食や点滴中に脚気を発症した人がいたようです。 フルイや箕がありました(写真⑧)。
箕の解説です(写真⑨⑩)。
フルイです(写真⑪)。今は金属製ですが原理は同じです。
往時も金属製の金網を張ったものもあったようです(写真⑫)。さて、いつ頃のものでしょう。
木槌ですが柄は竹でできています。解説では土を砕いたり豆や雑穀の脱穀にも使ったと言うことです(写真⑬)。 圧染機と言う名札が付いた道具です(写真⑭)。名札が置かれた部分が上の蓋で、これを押して染色したと言うことでしょうか。
見慣れないものがありました(写真⑮)。井戸の汲み上げポンプのようなもので、展示の並びからすると染物屋で使ったものかと思うのですが、「片樋 消防○」(○は判読不能)とあり、消防用だったかもしれません。
続く
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