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2014年11月22日(土)
今、豊田市の旭郷土資料館にいます。場所は豊田市役所旭支所の北東約1.6キロです。
背負子です(写真①)。文明が進んだ現在でも機械が通れないところでは人力に頼るしかありません。
しかし、重いものに慣れていないと15キロほどの荷物を背負ったら1キロぐらい歩いたところで動けなくなると思われます。
テレビで2018年TJAR(トランスジャパンアルプスレース)を見ていたら、望月選手が15キロの荷物を背負って30キロを走りすぐに剱岳を駆け登る姿がありました。
まあ、食料が入っているから段々軽くなるのですがそれでも日本アルプスの稜線と地道を420キロメートルほど走って7位でゴールしたのには驚きました。 望月選手は静岡市消防局の山岳救助隊の副隊長ですが、こういう超人がいると南アルプスは安心です。とは言え登山は危険ですから細心の注意を払いましょう。 野良着です(写真②③)。
牛の鞍です(写真④)。牛と馬では体型が違うので鞍も形状が変わります。牛に乗った人というのは中国の老子以外見かけたことはまずありません。
牛は馬よりも首が短かくて乗り心地が悪いとか、そもそも人を乗せるのを嫌がるというようなことがあるようです。老子は余程牛に好かれたのかもしれません。
これは重ねた箱です。名札は「じゅう(5段8俵3斗入り)」となっています。大正から昭和の初めにかけて使われました(写真⑤⑥)。四斗で1俵、1俵は約60キログラムです。
下は俵に蓋をする桟俵、上に60キログラムを量れる竿秤があります。秤自体を人力で支えるのも難しかったと思いますが、往時の人ならできたかもしれません(写真⑦)。
上は俵に米を入れて荷造りするときに使う「俵締め機」、中段はワラ切り機とワラを叩く木槌です(写真⑧)。
菰(こも)です。マコモという草で粗く編んだのでこの名があります。筵(むしろ)の一種なのですが編み目が粗いので下等といったところです。
薦かぶりと言えば今は酒樽のことですが、古くは乞食の別称でした。
菰吊るしというのはもう死語になったでしょうか。板戸や障子がなくて菰を吊した貧家を菰吊るしと呼んだのですが、場合によっては戸の開け閉めを面倒に思って開けっ放しにする人のことを指すこともありました(写真⑨)。
俵織機です(写真⑩)。テレビを注意してい見ていると今でも色々なところでこういう錘(おもり)を使った織機が使われていることが分かります。経糸(たていと)をきちんと張り続ける装置が重要だということです。
農夫の出で立ちです(写真⑪)。前屈みの状態に適したものと思われます。
牛馬に引かせる馬鍬(まぐわ)です(写真⑫、⑫の2)。土をならす道具です。
これは人力用の馬鍬です(写真⑬)。今でも小規模な畑ならこれが使えます。
巨大な鋤(すき)です(写真⑭⑮)。牛馬が農耕にどれだけ貢献したかこれを見るだけでも分かります。
本来の犂と鋤の区分です(写真⑯)。牛馬用が犂、人力用が鋤だったのですが、戦後は「犂」という漢字が使われなくなりました。
続く
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