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2014年11月16日(日)
今、三重県いなべ市のいなべ市郷土資料館にいます。場所はいなべ市役所大安庁舎の中です。
これはコンロという名札が付いています。写真の撮り方が悪くて焚き口が写らなかったのでしょう(写真①)。しかし使い方は分かりません。
電気モーターは昔も今も余り変わらない格好をしています(写真②、②の2、②の3)。
昔の電熱器ではなかったかと思います(写真③)。電熱器とエアコンではエアコンの方が電気代が安いようです。機械自身が熱を作るわけではないからです。
中央は馬の鞍、右は往時の電気スタンドです(写真④)。
上に乗っているのは乗馬用のヘルメット、中央は「ユニマット」で製図用ポリエステルフィルムです。下の灰色の筒は「カード立て」という名が付いていますが、写真の様に図面を立てたのでしょうか(写真⑤)。
学校の備品だったオルガンではないかと思います(写真⑥)。
昭和13年の大相撲名古屋場所のチラシです(写真⑦)。名古屋場所が現在のように本場所になったのは1958年からです。
天保11年(1841年)の番付表です。3日間の興業でした(写真⑧)。
江戸時代の大相撲の様子です(写真⑨)。つぶさに見ると今の土俵との違いが分かります。
ただ、土俵は丸いものがあるだけで一番外に今もある四角い土俵はありません。
審判は土俵の四隅に柱を背にして座っていました。テレビの時代になって柱が邪魔になって吊り天井となった時に審判も現在の位置に座るようになったと思います。
まるでローマの闘技場のようですが、実際はこんなに広くなかったでしょう。
さて、唐箕がありました。大型のものです(写真⑩)。
どこかの競馬の優勝旗です(写真⑪)。
これもオルガンですが、かなり凝った造りです(写真⑫)。地元の裕福な家庭で使っていたか、地元有志が学校に寄付したものかもしれません。
昭和初期に作られたラジオです。同じ目盛りのダイアルが3個あり、両側にスピーカーがあるのにラッパのような拡声器が乗っているという不思議な造りです(写真⑬)。
昭和10年代に作られた4球式ラジオです。
「並四」とは往時の呼び名です。真空管は三極管で始まったのですが、昭和7年頃に5極管が発明されます。
安価な旧式の三極管を4個使ったラジオがその後も販売され、安価な普及品を使ったラジオと言うことで並四ラジオと呼んだのです(写真⑭)。
昭和20年頃から使われた5球ラジオです(写真⑮)。このラジオで終戦のニュースを聞いたかもしれません。
続く
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