よねちゃんの車中泊旅行記

4月22日、はてなブログ「よねちゃんの花日記」に移行しました。車中泊旅行記もそちらで継続しています。

第17回大旅行(2011年4月)

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    2011年5月4日(木)
  今、北上市のみちのく民俗村にいます。
  旧北川家住宅の見学が終わり移動中です。美しい春の景色です(写真①)。
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  桜が咲いているのにアヤメも咲いていました。近畿地方ならサクラは3月の終わり、アヤメは4月の中頃と順番に咲くのですが、ここは東北、仲良く一緒に咲きます。短い春を惜しんでいるかのようです(写真②)。
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  さて、これが旧星川家住宅です(写真③)。
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  解説がありました(写真④)。南部曲屋という造りの家です。日本一の馬の産地で、民家も人と馬が一緒に生活するように造られています。竣工は江戸時代後半というから1800年代でしょうか。内部は昭和30年代に復元されたもののようです。
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  南部馬の解説です(写真⑤)。日本の馬としては比較的の大柄の馬で、力が強く、粗食に耐えられる馬でした。残念なことに明治以降に軍馬となってからは外国馬との混血が進められ南部馬の純血種は途絶えました。
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  旧星川家の間取り図です(写真⑥)。
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  曲屋は東北各地にありますが、地域によって馬屋の位置が違うようです(写真⑦⑧)。
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  星川家から見た民俗村の様子です(写真⑨)。
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  向こうに見えるのは先に立ち寄った明治時代に建てられた旧菅原家のようです(写真⑩)。まあ、移築されてはいますが、大体昔はこういう風景だったのでしょう。
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  と、ここまで写真を見ながら記事を書いていて、旧星川家は先に家の中を紹介していたことに気づきました。よく似た風景で、角度によって違う景色に見えるので気づかなかったのです。先に紹介したときは、この解説を見落としたので、ここまで紹介して終わりにします。
さて、来た道を戻るのですが、途中で道が分岐しているところもあって、まだ見ていなかったところもあります。紹介していきましょう。
  まずは、室町時代の竪穴式住居です(写真⑪、⑪の2)。見た目は屋根と壁があって普通の民家のようですが、中にはいると土間だけで床はありません。
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  室町時代ともなれば民家はすべて土間と高床で作られていたとばかり思っていたのですが、そうではなかったことがこの解説で分かりました(写真⑫)。まあ、土間だけの家と思えばいいのですが、地面を少し堀り窪めていることから、弥生時代を連想するような「竪穴式住居」という名がついているのです。
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  これば内部です(写真⑬)。江戸時代まで土間にゴザを敷いて寝るといったことも普通にあるので、よく考えれば違和感を感じないかもしれません。ちょっとした台地であれば水はけも良かったでしょう。
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  壁は隙間だらけで住みにくいというのは現代の考えで、徒然草にもあるように、夏の暑さを考えればこれはこれで住みやすいかもしれません。少なくとも一酸化炭素中毒で死ぬようなことはなかったでしょう(写真⑭)。
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  次は時代が遡った平安時代の竪穴式住居です(写真⑮)。明らかに室町時代と違うのは壁がないと言うところです。やはり、家は進化しているのです。
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  これが解説です(写真⑯)。解説にもあるように、よく見ると、正面が切り妻式の壁のようになっているのに気づきました。
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  内部です。ごく一部だけ床が張ってあります(写真⑰)。
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  さて、時代は更に遡り、縄文時代の竪穴式住居です(写真⑱)。まあ、縄文時代はこういう家に住んでいたことは広く知られています。本当に屋根だけというのがわかります。住宅の原型です。
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  内部です(写真⑲)。
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    では次に行きましょう。
    続く
    2011年5月4日(木)
  今、北上市のみちのく民俗村にいます。
  旧北川家住宅を見学中です。
  常居と呼ばれる部屋にやってきました(写真①)。
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  常居にも囲炉裏があります(写真②)。
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  正面に見える小さな部屋が座頭部屋です。右手は表座敷の板戸です(写真③)。
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  これがその表座敷です。10畳間で、この家で唯一の畳敷きです(写真④)。
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  表座敷の奥には奥座敷があり、そこには祭壇があって気筒をする場所でした(写真⑤)。最初に紹介したように北川家は羽黒修験の家でした。だから、座頭部屋や祭壇を構えた奥座敷があるのです。
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  表座敷と常衣を仕切る板戸の表座敷側はこういうふすま絵が描かれていました(写真⑥)。普段は開けっ放しですが、撮影のために閉めさせてもらいました。4枚の絵は独立した絵のようです。
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  とても美しい絵だったので左側から一枚ずつ紹介しましょう。雨の日でしょうか、竹に傘が掛かっており、地面にはスイセンが咲いています(写真⑦)。
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  左から2枚目です(写真⑧)。咲いているのは何の花でしょう、字が読めませんので分かりません。鶏のような鳥は2羽います。赤いトサカの鶏のすぐみだり側の白いのも鶏です。
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  これは朝顔です。飛んでいる鳥は、くちばしが桃色、頭は黒く、白い過眼線があり、sなかは灰色、腹は白、さて何という名の鳥でしょう。この特徴で同定できる人はかなりの水準の鳥屋さんです(写真⑨)。
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  次は梅の花です。この絵にも鳥が描かれていますが、名前は分かりません(写真⑩)。
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  これが奥座敷と祭壇です(写真⑪)。
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  祭壇の様子です(写真⑫)。
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  中央の掛け軸です。羽黒修験の家と言うことですから、これは羽黒権現のお姿と思われますが、詳細は分かりません(写真⑬)。修験道ですから神仏習合の宗教であり、本地仏は観音菩薩とされます。
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  祭壇の部分です(写真⑭)。
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  向かって左側にはこういう掛け軸もありますが、寡聞にして詳細は不明です(写真⑮)。
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  これは座頭部屋です(写真⑯)。見ただけではただの納戸のようですが、修験者の頭の部屋というか、宗教者としての特別の部屋と言うことのようです。
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  別の角度から見た常居です(写真⑰)。
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  同じく、別の角度から見た台所です(写真⑱)。
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    さて、これで旧北川家住宅の見学は終わりです。次に行きましょう。
    続く
    2011年5月4日(木)
  今、北上市のみちのく民俗村にいます。
  旧北川家住宅を見学中です。
  土間に入りました。右手にかまど、左奥に唐臼が有り、一番奥は物置です(写真①)。
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  かまどです。開放式で煙突はありません。火を焚くと囲炉裏と相まって家中が煙で充満するのですが、茅葺き屋根の場合、これが絶大な燻蒸効果をもたらしました。かまどの火の番は手間が掛かりました。付きっきりとは言いませんが、ちゃんと番をしないと煮炊きはできませんでした(写真②)。火吹き竹で焚き付けをしたことなどが懐かしく思い出されます。便利すぎてもよくない、そう思いませんか。
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  これはどうも馬屋と背中合わせになった物置のようです。柴や薪、簑などがあります(写真③)。
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  唐箕がありました(写真④)。昭和4年に作られたものです。見てのと降り、木製ですから大工でも慣れれば作れたようです。
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  これは唐臼です(写真⑤)。玄米を精米する道具で、右端を人が踏んで左の杵を上下に動かし、石臼に入った玄米を精米しました。主婦の夜なべ仕事の一つでした。
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  木の蔓で骨格を造り、ワラで網を張った背負い籠です。芽が荒いので細かいものは運べなかったでしょう(写真⑥)。
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  土間の小屋組です(写真⑦)。茅葺きの家に入ったら、こういうものを必ず見ておきましょう。
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  さて、いささかぶれてしまいましたが、かまどの奥に台所の入り口があります。奥は流しです(写真⑧)。
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  中に入りました。流しと水瓶があります(写真⑨)。
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  小さな水屋、桶類、食器類です(写真⑩)。まあ、申し訳程度の展示ですが。先ほど外から紹介した明かり取りのお陰で手元が大分明るいのが分かるでしょう。
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  黒いのは行火です。ハンドルのついた機械は恐らく、蒸した豆を潰して味噌を作る道具ではないかと思います(写真⑪)。
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  これは椀と膳、右は食物を入れて担ぐ桶でしょうか(写真⑫)。
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  水屋というか整理箪笥というか、上には木鉢や桶、ザルなどがあります(写真⑬)
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  囲炉裏です。当民俗村の自在鉤は至って質素なものです。火格子が心持ち傾いてるようです(写真⑭)。火格子の位置が低すぎて頭がぶつかりそうです火格子には瓢箪やワラジが吊られています。
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  エジコ(嬰児籠)ともお櫃の保温器とも見える藁製の道具です(写真⑮)。
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  これは台所と背中合わせの裏側にある「裏茶の間」です。左奥は寝部屋です(写真⑯)。
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  この部屋には糸車や糸を乾燥させる笊、糸巻きなどがあって、実際にこの家の女性達が夜なべ仕事をした場所かもしれません(写真⑰)。
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  この写真の右の機械は何か分かりません。足踏み式で糸を巻き取るような感じの道具です(写真⑱)。
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  奥の寝部屋です。窓はなく真っ暗です。まあ、寝室としては静かででいいところです。長持ちがありますが、布団などを入れました(写真⑲)。この時代ですから夜は物音一つしなかったでしょう。
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    続く
    2011年5月4日(木)
  今、北上市のみちのく民俗村にいます。
  旧小野寺家住宅の見学が終わり、次に移動します。
  がん小屋がありました(写真①)。
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  聞き慣れない言葉ですが、解説を読むとわかります(写真②)。土葬だった頃に葬式道具を共同利用するために作られた小屋で、道具一式が収納されていました。
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  葬式は家か寺で行いますが土葬なので植える場所まで運ばないといけません。それが野辺送りで、葬送の行列を組んだのですが、これがその順番です(写真③④)。現在は葬儀場で式をして火葬場までいきますが、写真、位牌、棺だけとなりました。
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  内の棺はこういう格好をしています。今なら伸身で棺に入れますが、当時は屈伸だったようです(写真⑤)。
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  棺などが小屋の中に置かれていました(写真⑥)。まあ、生きている限りは必ずこういうものに乗る日が来ます。その日は釈迦如来様が観音菩薩様や勢至菩薩様と連れだって必ずお迎えに来てくれますから心配は要りません。
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  さて、先ほど立ち寄った家が遠くに見えます(写真⑦)。美しいのどかな春の景色です。
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  長屋門風演舞場にやってきました。解説はありませんでしたが、農村歌舞伎を演じたところでしょう。昔は農村歌舞伎が盛んに行われました。現在まで生き残り、国の重要無形民俗文化財もたくさんあります(写真⑧)。
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  次は遠野地方の曲屋、旧北川家住宅です(写真⑨)。
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  解説がありました(写真⑩)。竣工は江戸時代中期と言うからかなり古いものです。北川家は羽黒修験の家だったので中に祈祷部屋があるようです。どんな部屋でしょうか。
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  これが平面図です(写真⑪)。確かに座頭部屋というのがあります。60坪もある大きな家です、ただし、馬屋が10坪あるので、居住部分は50坪です。
  遠野は岩手県でも有数の観光地です。やはり、柳田国男が書いた遠野物語の幻想的な世界が今も人々を引きつけるのでしょう。ある意味で、妖怪だらけですから今どきの趣味にも合います。
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  これは馬屋です(写真⑫)。入ったところに馬屋があるということで、入り口はここ一カ所だけです。
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  障子、板を動かして半分開けたり閉めきったりする戸があります。この中は流しになっていて明かり取りが必要だからこういう造りになっています(写真⑬)。
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  さて、これは何でしょう。別の所に正解があったのですが忘れました。手回し式で2本の臼を動かして籾摺りか精米をする道具ではないかと思われますが、違うかもしれません(写真⑭)。もしかしたらベルト駆動だったかも・・・。
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  これは牛馬に曳かせる鋤の一種でしょうか(写真⑮)。
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  おっと、入り口を入ると馬屋です。馬がいたと思ったら紙の馬でした(写真⑯)。
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  南部馬方節の一節です(写真⑰)。30年ほど前の一時期に民謡が爆発的に流行したことがありましたが、今は完全な下火となっています。
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  簑、背負い板を背負うときに間に入れる藁製の緩衝材です(写真⑱)。
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    続く
    2011年5月4日(木)
  今、北上市のみちのく民俗村にいます。
  旧小野寺家住宅を見学中です。
  これは常居の奥にある寝間です。三畳ほどの部屋が2室あります(写真①)。
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  これは着物の格好をしていますが、夜着です。これを着て寝ます(写真②)。
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  常居から見た下座敷(左)と座敷(右)です(写真③)。板戸で仕切られています。
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  これが下座敷です。広さは10畳くらい、座敷という名がついていますが板敷きです(写真④)。
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  長持ちがありました。左はハシゴではなくて階段です。どこかに二階か物置があるのでしょう(写真⑤)。
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  これも夜着です(写真⑥)。美しい模様があしらわれています。
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  さて、これが座敷です。広さは8畳、雨戸付きの縁側があります(写真⑦)。この家で唯一の畳敷きのまです。まあ、我が家も畳の敷いてある部屋は一部屋しかありません。その方が使い勝手がいいのです。
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  ちょっと新しそうですが、長火鉢です(写真⑧)。
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  こういう造作が明治を感じますね(写真⑨)。床脇が押入に変わっています。
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  床の書の掛け軸ですが、嵐が来て楓の葉がどうだとか書かれていますが、ほとんど読めません(写真⑩)。
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  美しい箱がありました。下の大きなものを「広蓋」といいます。その名の通り、元は蓋だったのが、膳のようになり、結納や正規の贈り物を載せるようになり、儀式の場の重要な道具になりました。表彰状を渡すときに使う入れ物も広蓋の一種でしょう。上にあるのは重箱と思われます(写真⑪)。
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  座敷から常居や下座敷を見たところです(写真⑫)。おや、気がつかなかったのですがふすまに絵が描かれています。
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  試しに閉めてみるとこうなりました(写真⑬)。こう言うときは十分気をつけてください。古いもので普段開閉していませんから動くとは限りません。無理に動かすと元に戻らなくなることもあります。
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  当ブログはこう言うのを大変好みますから、一枚ずつ紹介しましょう(写真⑭〜⑰)。多くの場合、農夫が柴を背負って歩いていたり、漁師が釣りをしたりしているのですが、このふすま絵には人は描かれていません。
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   さて、台所に戻ってきました。台所から見た土間です(写真⑱)。
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  さて、小野寺家住宅の見学は終わりです。次に行きましょう。
  続く

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