|
2011年5月5日(金)
今、宮城県栗原市にある細倉鉱山資料館にいます。 大変な量の鉱石の標本です(写真①②)。 方解石と石英です(写真③)。
これは石英です(写真④)。 これは蛍石です(写真⑤⑥)。 金銀鉱です(写真⑦)。品位は、1トン中に金300グラム、銀10キロを含むと言うことです。銀ならありそうですが、金はこの石のどこにあるのでしょう。
さて、最後にもう一度、昭和30年代の細倉三軒長屋の社宅を紹介しておきましょう。もう二度と帰ることのない風景です。 姉が井戸のポンプで水をくみ、母がその水で洗い物をしています。後方の大きな桶で何か冷やしているのでしょうか。まだ、冷蔵庫は普及していません。弟は自転車に乗っています。自転車の前にある臼のようなものが何か分かりません(写真⑧)。 お父さんは軒先で干し大根やつるし柿を作っています(写真⑨)。宮城の山奥の冬越しの支度でしょうか。 倉庫の端から車体半分だけ出ているのはホンダ・スーパーカブでしょう。1958年に登場し、値段は相応、取り回しもよく、耐久力に優れ、メンテナンスも忘れた頃にエンジンオイルを交換するくらい、1リットルで100キロほど走る経済性、などなどの優れもので、すぐにお父さんの通勤用になったことでしょう(写真⑩)。 山奥の鉱山住宅はどこも大体こんな感じだったでしょう。しかし、この生活も長くは続きませんでした。古くからの鉱山で鉱脈が枯渇したと言うところもありましたが、多くは貿易自由化の荒波を受けて採算割れとなり、閉山のやむなきに至りました。 仕事がなけれは山奥にいることはできません。人々は離散し、数年もすれば廃墟というか、元の山というか、静かな田舎に戻ったのです。細倉鉱山は幸いにも鉛精錬の工場があったので鉱石の採掘はやめても工場は今でも稼働しています。
もう日本では採掘式の鉱山はできないかもしれません。余程、燃料に困れば炭坑を再開するかもしれませんが。
では、これで細倉鉱山資料館も見学は終わりです。なかなか充実した資料館なので、栗駒山か鳴子温泉当たりまで来たら立ち寄って見学することをお勧めします。 さて、1511時になりました。4月28日夜に和歌山を出発した第17回大旅行も今日が見学の最終日です。もう一つだけ予定が入っています。先を急ぎましょう。すぐに出発。国道457号線を北西に走り、途中で国道398号線に右折してすぐに県道に入ります。場所は花山湖の山一つ南の所にあります。県道を国見峠方面に少し行くと「千葉周作生誕の地」と言うのがあります。
1535時着(写真⑪)。ここは元は花山村だったのですが、ご多分に漏れず、2005年に栗原市と合併しています。 千葉周作をご存じですか。1970年代に「剣道まっしぐら」というテレビドラマが流れ、赤銅鈴之助の道場は「千葉道場」ということで名前をご存じの人も多いでしょう。 解説がありました(写真⑫)。この地の出身とされますが、実は創作という説も有力です。この解説も、生誕の地と伝えられている・・と控えめです。 幼少の頃から剣術の才能を発揮し、ついに北辰一刀流を名乗り、江戸に道場を構えるまでになります。ただの武術師範ではありませんでした。古武術とは袂を分かち、剣術の稽古法に工夫を凝らし、竹刀を使った合理的な手法を編み出しました。それは現代の剣道に受け継がれています。1856年に没しています。
まあ、そう言う史実はともかくとして、千葉周作ゆかりの家として「孤雲屋敷(旧佐藤家住宅)」と言うのがありますから見学することにしましょう(写真⑬)。 これが孤雲屋敷です(写真⑭)。屋根は元々茅葺きだったものを、近年、銅板葺きにしたものです。 解説です(写真⑮)。建築の専門用語が多く、ある程度の古民家の知識がないと読み取れません。まあ、余りこだわらない方がいいでしょう。 この屋敷がなぜ孤雲屋敷と呼ばれるのか、この解説を見ると分かります(写真⑯)。佐藤家の7代目当主が千葉周作の剣士としても天分を認めたとされます。別に千葉周作がこの家で寝泊まりしたというわけではありません。 では中を見学しましょう。 続く |
第17回大旅行(2011年4月)
[ リスト | 詳細 ]
|
2011年5月5日(金)
今、宮城県栗原市にある細倉鉱山資料館にいます。
構内事務所の様子です(写真①)。奥に艶めかしいカレンダーがありました。 修理工場です(写真②)。工具類の修理のようです。 バッテリー修理工場と斜坑コンベアーです(写真③)。 この後、選鉱という重要な仕事があります(写真④)。ここでは鉱物の種類によって薬品p種類や量、液音などいろいろな条件を変え、最終的に鉛精鋼、亜鉛精鋼、銅精鋼、硫化鉄精鋼の4種類の製品を産出します。 このうち、鉛と亜鉛はここで精錬されますが、銅と硫化鉄は社外にそのまま売却されると言うことです。精錬の設備がないからです。
さて、こう言うところにやってきました(写真⑤)。色々な鉱物が展示されています。 いくつか紹介しましょう。これは方解石です(写真⑥)。中学の理科で勉強しませんでしたか。炭酸カルシウムの塊で石灰岩の一種です。 金鉱と石英が混じったものです(写真⑦)。目をこらしても金が入っているようには見えませんが。 これは方鉛鉱、黄銅鉱、翁鉄鉱、石英の塊です(写真⑧)。黄色い線が黄銅鉱でしょうか。 タングステン鉱を見るのは初めてです(写真⑨)。その辺の河原の石と大差ありませんが。 紫水晶は原石でも美しいですね(写真⑩)。 佐渡金山金銀採製図と言うのがありました。時代が特定できませんが江戸時代のものと思われます。詳しく紹介しましょう。実はこの絵巻、どちらが先かも分かりません。普通の絵巻物は右から左に見るのでそれに従って紹介しましょう。 絵巻の右端です(写真⑪)。右端で男達がすれ違っています。やがて、竪坑があり、急な階段を下ります。 だいぶ進んだところは蟻の巣のようです。それぞれ、竪坑に丸太のような足場を組んで採掘しています(写真⑫)。 ここは排水作業をしているようです。右側では、大きな枡を数段作り、一番下では桶で水をくんで升に入れています。上からは井戸と同じで釣瓶式でくみ上げています。 さっき見たぽんぷしきとは違う方式です。上に上げた水は左側の樋で放流されています。数カ所で採掘も行われています(写真⑬)。
次の絵です(写真⑭)上から竪坑を降りてくる人がいます。右側では、先ほど樋で流されてきた水をもう一度桶にすくい、枡形の放水路の口に流しています。こうして水は坑道の奥底へと消えていくのでしょう。 右側の一番上では何か打ち合わせをしています。その下二段では採掘が行われています(写真⑮)。 ここは一番にぎやかです。落盤の危険があるのでしょうか、あちこちに坑道の支保工が行われています(写真⑯)。 絵巻の左端です(写真⑰)。一番左の灯火を手に持ち、型に木材を担いでいる人物は「山止めの者」という注釈が着いています。恐らく、坑道に設置されている坑内支柱の修理か補強にやってきたのではないかと思います。 まあ、ほとんど蟻の巣のような状況で、閉所恐怖症の人なら5分といられないでしょう。いつでも落盤や粉塵爆発の危険があり、死と隣り合わせのなかでも仕事でした。
続く |
|
2011年5月5日(金)
今、宮城県栗原市にある細倉鉱山資料館にいます。
坑道の模型がありました(写真①)。 これが削岩現場と言うことでしょう(写真②)。 男が3人、何かしています(写真③)。 この男は小さい灯火の下で、鑿と槌を振るって鉱脈を掘削しています(写真④)。これをタヌキ堀というそうです。 この男は掘られた鉱石を運搬しています(写真⑤)。 これは前にも紹介した排水ポンプです。坑道ではいつも地下水がわいてきますから、水を抜かないといけません。あると言えば竜吐水を反対にしたような箱製の手動式吸い上げ揚水機、、これで下の枡にたまった水を上の枡に移動します。これと同じ事を底から順に行って地表に水を出すのです。動力ポンプができるまで大変な作業でした(写真⑥⑦)。一日中、たらいの水に浸かってこういう水汲みをしていると、足がふやけて大変だったのではないでしょうか。 さて、坑道は続きます(写真⑧)。
坑内支柱の解説です。両側の岩盤の強度によってやり方が違ってきます。まずは打ち込み支柱と言い、両側が堅固な場合本棚と呼ばれる炭塵NASAさえです見ました。坑道の天板の支保にも使われました(写真⑨)。 次は枠組み支柱です(写真⑩)。両側、又は片側が軟弱な場合などに使われました。 鳥居組です(写真⑪)。両側の盤圧はなく天盤だけを支保する場合です。 合掌枠というのもあります(写真⑫)。結構よく見かける型でしょうか。 おや、あちらでは削岩機を使って作業をしています(写真⑬)。 これが削岩機による採掘です(写真⑭)。 黄色いのは鉱石の積み込み機で、後方の緑の貨車に機械的に鉱石を積み込みます(写真⑮)。 緑色のは一トン貨車です(写真⑯)。まあ、人が畚(もっこ)に入れて担いで運搬していた頃とは雲泥の差です。 これがグランビー鉱車です(写真⑰⑱)。鉱石貨車なのですが、坑井という小さい竪穴に来ると車体が傾き、扉が開いて鉱物を坑井に落とす貨車です。落ちた後は下でベルコンが待ちかまえるなどして、外に運ばれます。 これは2トン蓄電池機関車です(写真⑲)。
続く |
|
2011年5月5日(金)
今、宮城県栗原市にある細倉鉱山資料館にいます。
この先は亜鉛で作られた製品の紹介です。 瓦にもいろいろありますが、亜鉛鉄板製の瓦は初めて見ました(写真①)。トタン板の屋根の家に住んだことのある人はご存じでしょうか、雨の日は屋根を叩く雨の音がとてもうるさいのです。でもこれなら普通の瓦と変わりないでしょう。 これは写真板ですが、とても美しいですね(写真②)。 奥は電気亜鉛、つまりほぼ純粋の亜鉛、手前は亜鉛合金です。亜鉛合金で一番多いのはアルミニウム、銅、亜鉛の組み合わせでしょうか(写真③)。 これも亜鉛製品です。ダイカスト製、つまり金型で作ったキャブレターのほか、ベビーパウダー、食器などです。 ただ、最近のベビーパウダーには「滑石」が使われるようで、亜鉛の表示は無いような気がするのですがどうでしょうか(写真④)。 さて、採掘の様子です(写真⑤)、ヘッドライトに眼鏡、マスク、それに削岩機を持って採掘中です。マスクをするようになってから「塵肺」のリスクも減ったでしょうか。 装備品です。キャップライトに充電池、防塵マスク、ガンチャージャーです(写真⑥)。 これが削岩機です(写真⑦)。 この黒い鉄の棒は鏨(たがね)です(写真⑧)。水平に掘るときや上向きに掘るときに使います。 各種道具です(写真⑨)。 これは発破関連の道具です。発破器やダイナマイトがあります(写真⑩)。 酸素呼吸器です(写真⑪)。非常用と思われます。 これも酸素呼吸器です(写真⑫)。坑内火災、通気災害のとき、救急隊が使ったものです。坑内ですから助けに行くのも命がけでした。 さて、こういう場所に来ました。色々な鉱物の実物を展示しています(写真⑬)。 これは細倉鉱山の鉛・亜鉛鉱です(写真⑭)。 これは千歳鉱山の金銀鉱石です(写真⑮)。鉱石と言っても、金は1トン当たり250グラム、つまり、1000キロの鉱石の中にたったの250グラムの金しか含まれていません。 金の比重は19程ありますから堆積にすれば水13CCほど、つまり、一辺が2.3センチくらいのサイコロ一つ分の金しか採れません。これでも掘るわけですから、金がいかに貴重なものか分かります。銀は1トンの鉱石から6キロ採れるから値段も安いわけです。
さて、向こうに坑道の入り口があります。閉所恐怖症をこらえて中に張ってみましょう(写真⑯)。 往時の講堂入り口の写真がありました。「今日もみんな元気で安全に」と書かれています(写真⑰)。 続く
|
|
2011年5月5日(金)
今、宮城県栗原市にある細倉鉱山資料館にいます。
再び鉛の精錬の話になりました(写真①)。 焼結→溶鉱→電解という工程を経てほぼ純粋な鉛の塊ができます。 これはその様子です(写真②)。詳しい行程表もありますが、見てもなかなか分かりません。省略します。 精錬の副産物として酸化アンチモン、ビスマス、粗銀ができます。 次は亜鉛です。亜鉛というと馴染みの薄い金属ですが、昔から銅と混ぜて黄銅(真鍮)を造ったり、亜鉛で鋼材をメッキしたものはトタン板と言われ、建材に使われました。5円玉は銅60%、亜鉛40%の合金です。 これが製錬法です(写真③)。煤焼→造液→電解という工程で精錬されます。これも副産物としてカドミウム、高含銀沈殿銅ができるそうです。 上は亜鉛の電解工場、下は出荷倉庫です(写真④)。 これは亜鉛の電気炉です(写真⑤)。 さて、鉛というと釣りの時の重りくらいしか思い浮かびませんが、まずは金属としての性質です(写真⑥)。腐食しにくい、柔らかい、融点が低い、重くて緻密なので放射線や騒音の遮蔽に役立つといった特徴があります。融点が低いから、昔の漁師は自分で鉛の鉄砲の弾を造ったのですね。 鉛の用途の推移です(写真⑦)。少し時間が短すぎますが、圧倒的に多いのは蓄電池です。蓄電池がなぜあんなに重いか、理由が分かったでしょう。 蓄電池の絵です(写真⑧)。自動車の始動用鉛蓄電池に使われます。だから、蓄電池を違法投棄すると地下水などの鉛汚染の危険があるのです。鉛は毒性が強く、体内に蓄積されます。体に入ると様々な中毒症状がでますからとても危険です。 これを見ると鉛管や遮蔽板に使われています(写真⑨)。鉛で作った管は腐食しにくく、曲げやすいと言うことがあって、1970年代まで水道管に使われてきました。 その後、鉛が水道水に溶出して中毒を引き起こすと言うことになり、順次、他のいろいろな材質のものに交換されています。 しかし、宅地内の配管が鉛管のままという事があるかもしれませんから、漏水時や家の回収時などにチェックした方がいいと思います。
無機薬品部門です(写真⑩)。鉛の入ったガラスコップはずっしりと重く高級感があって美しいです。 これが一番有名ですね(写真⑪)。釣りの重り、散弾、活字などです。重りは捨てないようにしましょう。散弾は、野山や川にばらまかれたり、射撃場でも大量に使われるため問題視する声もあります。 最近、北海道のワシやタカがなまり中毒になっているという新聞記事がありました(6月25日・産経夕刊)。鉛の散弾などで撃たれて、逃げ延びて死んだ鳥などの肉をワシやタカがついばむのですが、一緒に散弾も飲んでしまうのです。それが胎内に蓄積されて中毒症状を起こすのです。
これは本州でも起きているはずのことなのので、鉛弾を面々禁止にすべきだという意見です
鉛が使われている実際の製品です(写真⑫⑬)。ブラウン管、鉛管、ハンダ、通信ケーブル、塗料、散弾などです。 これを見ると、蓄電池の他、硬貨、絵の具、電力計の封印、活字、ヒューズにも使われています(写真⑭)。
今の硬貨には鉛は含まれていません。10円玉はほぼ純銅で、表面は微量金属作用があるためとてもきれいだとされます。病院などの扉の取っ手が真鍮で作られるのも、銅の微量金属作用があって殺菌効果が期待できるためです。そうそう、お墓の花生けの筒も銅製がいいでですよ。中の水が腐りませんから。
次は亜鉛の話です。まずは亜鉛の性質です(写真⑮)。特に加工性と合金の鋳造製に優れると言うことです。亜鉛鉄板が使われる理由も分かりました。 こうやってみると亜鉛は亜鉛鉄板が一番多いことが分かります(写真⑯)。 かつては亜鉛鉄板で屋根を葺いたり壁に使ったりした家も結構あったのですが、やはり腐食を防ぐと言っても、耐久性は瓦や土壁に比べると格段に落ちます。仮の住まいという感じでした。今でも倒壊寸前のトタン屋根の家をあちこちで見かけます。
亜鉛の用途の説明です。まずはダイカストです。ダイカストというのは金型で鋳造した金属のことです(写真⑰)。カメラも昔はアルミダイカスト製がありましたが、今はほぼすべて合成樹脂製、どんなに性能がよくて値段が高いカメラでも、持ってみた感じの高級感がありません。 次は亜鉛メッキです(写真⑱)。 医薬品などにも使われていたこと、ごぞんじでしたか(写真⑲)。亜鉛華というのは酸化亜鉛のことで、毒性はなく、止血、鎮痛、防腐などの効果があります。そこで、化粧品や医薬品の原料になるのです。 その他の用途です(写真⑳)。 続く
|






