よねちゃんの車中泊旅行記

4月22日、はてなブログ「よねちゃんの花日記」に移行しました。車中泊旅行記もそちらで継続しています。

第17回大旅行(2011年4月)

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    2011年5月5日(金)
  今、岩手県一関市の旧沼田家武家住宅にいます。
  納戸の隣にあるのが「部屋」です(写真①)。障子の向こうはこの部屋だけの濡れ縁です。縁側というのは住居に空間の余裕を持たせるのに有効です。
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  部屋の正面です(写真②)。商家なら床の間と言うところですが、ここは武家屋敷、開放式の物置と考えた方が良さそうです。
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  床に置かれていた書棚です(写真③)。
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  刀箪笥です(写真④)。こういうものを見たのは初めてです。
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  よくある火鉢です(写真⑤)。ここは岩手県、床を入れると8畳の広さの部屋にこれ一つでは寒かったでしょうね。そうでなくても江戸時代は今よりも寒かったのです。
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  これはこの建物で一番格式の高い上座敷です(写真⑥)。濡れ縁の向こうには庭園があります。
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  上座敷の正面です。間取り図では、左を床の間、右を書院と呼んでいます。一般には床、床脇と並び、それと直角の位置に付け書院が造られるのですが、ここでは床脇は無く、書院がこの位置についている珍しい造りです(写真⑦)。これは先に紹介した解説にも変則だとありました。
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  上座敷の釘隠です(写真⑧)。おや、これは「立ち沢瀉(おもだか)」という家紋です。沼田家の家紋だったのでしょう。
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  庭です(写真⑨)。枯山水の造りです。
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  これを見ると、表門からここを通って直接上座敷に入ることもできたようです(写真⑩)。
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  台所を出たところに井戸があります(写真⑪)。
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  解説にもありましたが、この土間、農家並みの広さです。解説によるとまだ武家屋敷の標準的な規格が完成していなかったころの間取りだと言うことのようです(写真⑫)。
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  1140時になりました。ここの見学が終わり徒歩で出発、せっかくですから一ノ関駅の方まで歩くことにしました。何分にも東北新幹線の駅もあるところですから。
  旧沼田家のすぐ南にキリスト教会があります(写真⑬)。日本では八百万の神々の一員として迎え入れているのに、これを信じる西洋のキリスト教徒は日本の文化を理解できないようですね。イルカにしても何にしても・・・。
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  この教会をこの位置から見ると美しいです(写真⑭)。ユキヤナギは和歌山では3月から4月の初めに咲くのですが、ここは岩手、今が満開でした。
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  これは一関文化センターです(写真⑮)。
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  文化センターの敷地内に2代目の建部清庵の像があります(写真⑯)。もう忘れられようとしていますが、一関藩の藩医を勤め、またオランダ医学の興隆に貢献した偉大な人物です。
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  これは2代目建部清庵の解説です(写真⑰)。あることからあの解体新書で有名な杉田玄白と親交するようになり、清庵の門人であった大槻玄沢は玄白に入門して弟子となっています。
  この玄沢の名は、解体新書の著者である杉田玄白と前野良沢の名を一字ずつもらったものです。玄沢は解体新書の改訂版を作っています。また、杉田玄白には実子がなかったようで、建部清庵の四男が杉田玄白の養子となって家業を継いでいます。こう追うことで、建部清庵は一関の人材輩出の祖と讃えられています。
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  同じ敷地内でしょうか、「北上川 治水の碑」がありました。下の方には「建設省東北地方建設局発祥の地」とあります。一地方建設局の碑が建てられるというのも珍しいことです(写真⑱)。
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  これは一関藩の藩校である教成館の初代学頭の関養軒の碑です。場所は文化センターから一ノ関駅に向かう途中だと思います。碑板の色が悪くて写真では読むのが困難です(写真⑲)。
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  これは2つとも本間百里に関する碑です(写真⑳)。左は本間百里です。私も知らなかったのですが、一関藩の装束をあつかう高倉流の衣紋方だった人物です。だから右の石碑の丸の仲に装束の絵と「装束織文図絵?」などという文字が描かれているのです。
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  まあ、石碑はこのくらいにしましょう。間もなく一ノ関駅です。
    続く
 
    2011年5月5日(金)
  今、岩手県一関市の旧沼田家武家住宅にいます。
  解説がありましたが、観光客用としては専門的過ぎ、緻密過ぎて読む気がしないという感じです。要点だけ書けばいいのですが(写真①)。
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  要するに沼田家は家老職で石高300石だったこと、創建期は18世紀中頃のものであること、その後の老朽化、修理、改造で旧姿を損なっていたこと、一関市に寄贈されて市の文化財に指定し、創建期に近い形に復元したと言うことです。
  部屋の配置は農家に近く、家老職ならありそうな式台玄関もない、つまり典型的な武家屋敷の体裁が成立す過程を示す古式の遺構だと言うことです(写真②③)。
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  平面図です(写真④)。
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  手前は板の間、奥は茶の間です(写真⑤)。
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  これが茶の間です(写真⑥)。
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  茶の間にはショーケースがありました。茶碗などが展示されていたので詳しく紹介します。これは沼田家3代目の延昌が江戸で買った絵皿です。「染付唐草水仙文浅鉢」といいます(写真⑦)。
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  これは7代目の延雄の時代の椀で、「染付藤文蓋付椀」です(写真⑧)。底に描かれているのはコウモリです。ショーケースのため角度が無くてせっかくの藤文はよく見えません。
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  これは8代目の延道の時代のものでこれは線刻小皿です。大小3個ずつあります(写真⑨)。写真ではよく分かりませんが、目をこらすと底に細い線で紋様が彫られています。
  線刻という言葉は余り使われなくなりましたが、尖ったもので表面を削って造ることで、西洋ではペトログリフと言います。大昔に洞窟に彫られた絵や模様の彫刻が線刻です。
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  酒筒です(写真⑩)。料理と酒を携行できるように2段になっていて、注ぎ口がついています。椀もついています。江戸時代、結構、物見遊山が盛行だったようです。
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  これは台所です(写真⑪)。
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  これはかまどですが、普通、板敷きの間の上にかまどを置いたりはしません(写真⑫)。
  明治になるまでかまどには煙突がありませんでした。まあ、壁は土壁、屋根は茅葺きですから煙が室内に出た方が燻蒸できてよかったからです。今、土壁の家を造ろうとすると非常に高くつくと思います。掛かる手間が違う上に現場打ちですから。
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  往時の食器でしょうか、飯櫃、急須、湯桶です。いずれも漆器です(写真⑬)。
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  盆です(写真⑭)。これで食事をしていたかもしれません。
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  台所の奥の納戸です(写真⑮)。物置、寝間などに使われた開口部がないかあってもごく小さい部屋です。
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  資料が色々展示されているので紹介しましょう。まずは勅使御馳走日記と言うのが14冊あります(写真⑯)。
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  皇室から江戸の幕府にやってくる勅使を饗応する役は赤穂浪士の忠臣蔵ですっかり有名になりました。実は1849年に一関藩主がその饗応役を仰せつかったのです。
  その一部始終を記録した文書ですから当時出た御馳走を知る上で貴重な資料となっているそうです(写真⑰)。
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  これは8巻の1の一部です(写真⑱)。
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  解説もありました(写真⑲)。これは勅使がどの辺りに座るかという図のようです。
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  写真⑱の左側の文を今風の漢字に直したものです。漢文のように見えますが、実は日本語です。上から順に読んでいくと何とか意味が読み取れます(写真⑳)。
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  まあ、小藩にとっては大変な役目だったでしょう。浅野内匠頭の一件もあるし、粗相があればそれこそ末代までの恥、記録もきちんと作って後世に残したのでしょう。
  孝明天皇と言えば、明治天皇の夫君であり1867年に崩御、明治天皇が践祚し、翌1868年には明治になります。その40年前、徳川幕府の行く手に暗雲が垂れこめ、視界不良となる時代でした。
    続く
    2012年9月15日(土)
  今、福井県若狭町の熊川宿を散策中です。
  松木神社に参拝して町並みに戻りました。これは旧問屋の倉見屋です。重厚な造りです(写真①)。
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  倉見屋のうだつと虫籠窓です(写真②)。
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  倉見屋の解説です(写真③)。
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  街道の脇には花が咲いていました(写真④)。
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  町並みは続きます(写真⑤)。
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  これは熊川駐在所です(写真⑥)。これも町並みに合わせた建物になっています。
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  この駐在所のところで鯖街道は国道303号線に合流します。左手に曲がる道が鯖街道の続きです。水路も一端暗渠になります(写真⑦)。
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  ここからが鯖街道下の町です(写真⑧)。
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  水路も開渠に復活しました(写真⑨)。
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  解説がありました(写真⑩)。
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  ここは「まがり」と言います。江戸時代によく作られた構造でわざとまっすぐの道を作らないのです(写真⑪)。多くの宿場町で見かけることができます。
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  地図の上でもまがりがはっきり分かります(写真⑫)。
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  この先はほぼまっすぐな道です(写真⑬)。熊川宿の人口が増えると共に西側に延びてきたため、下の町ができたのです。
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  これが下の町です(写真⑭)。
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  これも比較的新しい家です(写真⑮)。
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  昔風の演出ですが、よくできています(写真⑯)。
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  蔵がありました(写真⑰)。入母屋造りの家も見事です。
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  前川はここで北に曲がり街道から離れていきます(写真⑱)。
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  熊川宿の西の外れですが、茅葺きの屋根を鉄板張りにした家とうだつがよく目立つ家が並んでいました(写真⑲)。
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  また、国道3030号線に合流します。熊川宿の鯖街道もここで終わりです。ここを左に行くと小浜に出ます(写真⑳)。ここにも駐車場があります。見学するときは道の駅に車を止めるか、道の駅が一杯の時はこの西の外れにも駐車場があります。こういうところは徒歩で見学することをお勧めします。
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  さて、来た道を戻ります。行きと帰りでは風景も違って見えます。ぼつぼつ太陽もあがってきました(写真21、22)。
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  先ほど通ったときに車が止まっていて写真を撮らなかった建物です(写真23、24)。
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  ここには土産物屋とか食堂とか言うものはごくわずかしかありませんからご注意を。
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  さて、これで熊川宿の散策は終わりです。0730時、道の駅に戻り出発、国道303号線を西に走り小浜市の明通寺をめざします。
    続く
    2011年5月5日(金)
  今、岩手県一関市の世嬉の一酒造が運営する世嬉の一酒の民俗文化博物館にいます。
  まゆ玉の解説がありました。文中にある厳美町というのは1955年に厳美村だった地域が一関市になったところです。ここでは12月28日に「めだまならし」と言う行事を行うそうです。一般には餅花と言い、小正月(旧暦1月15日)の行事です(写真①)。
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  これがそのまゆ玉です(写真②)。
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  再び赤い樽が登場しました。「溜(ため)」という名が付いています(写真③)。さて、酒のどの工程のものを溜めたのでしょう。
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  再び火入れの話です。蛇管が登場しました(写真④)。
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  これが蛇管を使って火入れをしている様子です(写真⑤)。
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  これがその蛇管です(写真⑥)。
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  こういう額がありました(写真⑦)。当時の山目村(現一関市)の出身で第29代横綱の宮城山の話です。
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  これは宮城山です(写真⑧)。身長174センチ、体重113キロ、今なら小柄と言われそうですが、当時はこのくらいが一般的でした。今の力士は太すぎて相撲としての技の面白みがありません。三段目から幕下の力士を相撲をユーチューブで見ていますが、これが昔と同じ相撲だという言う気がします。後方に世嬉の一の樽が山積みになっています。
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  これは平泉にある毛越寺の浄土庭園の写真を使った観光ポスターです(写真⑨)。一端滅びた寺なので、現在も浄土庭園が残っているだけです。
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  これも平泉の観光ポスターです。下の方に大きな寺がありますが、CGで再現した往時の毛越寺です(写真⑩)。
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  1123時になりました。これで世嬉の一酒の民俗文化博物館の見学は終わりです。
  車は市営駐車場に置いたままにしてここから300メートルほど南に歩くとNTTのビルの西側に旧沼田家武家住宅があります。1129時着(写真⑪)。
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  解説がありました。一関藩の家老職の家ですから格式としては高いことになります。ちなみに一関藩は、最初は仙台の伊達家の分家の一関伊達家でしたが、1681年に田村家が藩主となり明治まで180年間存続しました。名目石高3万石の小藩でした(写真⑫)。解説では300年の歴史を有するとありますが、それは田村家自体の話で、この建物は江戸末期に建てられたもののようです。
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  これが門です。よく見るとまだ新しく、恐らく市指定文化財になってから再現したものではないかと思われます(写真⑬)。
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  これが主屋です(写真⑭)。これだけ見ると裕福な農家と大差ありません。元々、武家屋敷というのは商家と違い質実剛健を旨として造られるからです。屋根は茅葺き寄棟造りです。
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  中に入りました。広い土間があり、奥にはかまどがあります(写真⑮)。
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  これが台所です(写真⑯)。食事室を兼ねていたと思います。
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  こういう自在鉤も珍しいです。肴などいろいろな格好をした板を使って、てこの原理で鉤を固定するのが一般的ですが、これは歯をかみ合わせて止める仕組みになっています(写真⑰)。
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  小屋組です。茅葺きの平屋と言うこともあってか、梁も柱も細い造りになっています(写真⑱)。
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  ここには流しがあったのですが、今あるのは模擬的に造ったものです(写真⑲)。
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  かまどです(写真⑳)。これも模擬的なものです。
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    続く
    2011年5月5日(金)
  今、岩手県一関市の世嬉の一酒造が運営する世嬉の一酒の民俗文化博物館にいます。
これは酒造りの工程を一枚の絵にした額です。昔の絵巻物の感覚で見る必要があります(写真①)。
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  これは額の左半分です(写真②)。洗米、蒸かし、さまし、麹造り、仕込みなどが描かれています。左上でやっているのは酒母を作る作業でしょうか。
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  これは額の右半分です(写真③)。機械化される前の圧搾機がどんなものだったかよく分かります。右端ではさっそく試し飲みしている仕入れ人もいます。
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  これは前に紹介した閑院宮直筆の扁額です。世嬉の一と名付けたのはこの宮様です(写真④⑤)。
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  この額は酒を称賛した散文のようです。一合でどうだとか5合でどうだとか書かれているようです(写真⑥)。
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  さて、次は甑(こしき)倒しの供え膳です。先に解説を紹介しましょう(写真⑦)。酒造りの工程で節目ごとに行われる行事の一つで、甑を使い終わった時、つまり三段仕込みの最後の留め仕込みの際に行われるものです。
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  これがその供え膳です(写真⑧)。
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  御祭神は松尾神社です(写真⑨)。御承知のように松尾神社というのは京都・嵐山にある松尾大社が総本社で、中世に酒の神様として信仰されるようになり現在に至っています。
酒造りの守り神として全国に勧請されたそうですが、ここの松尾神社はどこにある松尾神社でしょうか。盛岡にある松尾神社でしょうか。
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  これが供え膳です(写真⑩)。
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  打出の小槌やまゆ玉もありました(写真⑪)。
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   ここにも小さめの祠があります(写真⑫)。
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  さて、再び話が酒造りに戻りました。酒を搾って「滓引き」という工程で澄んだ酒ができたところからの続きです。
  「滓引き」の次の工程は火入れ、囲い、そして瓶や樽に詰めて出荷します(写真⑬)。
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  色々な酒の容器が並んでいます(写真⑭)。
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  囲い、詰め出しの解説です。日本酒は搾りたてがうまいなどと聞いたことがありますが、それは誤解のようで火入れして発酵を止めた原酒を数ヶ月間熟成させるようです。往時の出荷は主に樽でした。小売りは、酒店での量り売りが当たり前でした。現在でも、上等な銘柄の焼酎などを量り売りする店が和歌山にもあります。通い徳利もありますが、もちろんペットボトルです。
  スーパーマーケットができたのはいいのですが、商品がトレイやラップフィルムであらかじめ包装されているものがたくさんあります。料理をしたときに出る大量の合成樹脂製の包装ゴミ、毎日見ているとこんなことでいいのかと本当に思います。そうは言っても、往時の量り売りの世界にも戻れませんよね。
こ  れが何だか分かりますか。どうも樽の栓のようです。しかし、名前が箱呑み、火呑み、木呑みとなっています。名前の由来が分かりません(写真⑯)。
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  前掛けです(写真⑰)。現在も健在です。これを見ると、世嬉の一酒造株式会社の前身は横屋酒造店だったと思われます。しかし、単に親密なお付き合いをしていただけかもしれません。
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  これも前掛けです(写真⑱)。
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    続く
 

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