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2011年5月4日(木)
今、奥州市前沢区の牛の博物館にいます。
鯨の展示が終わり、また牛の話に戻りました。 家畜の多くがそうなのですが、雄に生まれると過酷な運命が待っています。この先の展示を見ると人に生まれて本当によかったと思うでしょう。子供を産まない雄は、種牛になる以外生き延びる道はありません。 これは、非常に優れた種牛とされた恒徳号です(写真①)。生まれは兵庫県です。 恒徳号の血統図です(写真②)。右端が曾祖父母、中央は祖父母、左が父母です。 これは恒徳号の顔の剥製です(写真③)。 前沢牛というブランドの確立に貢献した種牛の話です(写真④)。最初は兵庫県から1962年に和人号が導入され、1973年にはこの恒徳号が導入されています。他にも岡山県や島根県から種牛が導入され、さらに兵庫県から1982年に菊谷号が導入され、それらの交配の過程で現在の前沢牛という銘柄が確立していきます。 これはその菊谷号です(写真⑤)。 菊谷号の置物もありました(写真⑥)。 この2頭の種牛がどのくらいの実力だったか、この表を見ると分かります。 まずは恒徳号です(写真⑦)。寿命は20年6ヶ月、種牛としては18年、その間に子供が7万3千頭余りできています。徳川11代将軍家斉は55人の子供がいたということで有名ですが、桁違いです。もっとも、牛の場合はすべて人工授精、実際に性交しているわけではないのでそのつもりで見てください。 「当て馬」という言葉をご存じですか。今ではいろいろなスポーツで使われていますが、元々は雌馬が発情しているかどうか、又は発情を促すために雌に近づけさせる雄馬のことです。発情したと分かったら、本命の種馬が登場して本番を行います。何とも気の毒な話です。余りに気の毒なので、あとで当て馬のあそこを撫でてやったらしいのですが。まあ、人工受精になってよかったと思います(写真⑦の2)。 これは菊谷号です(写真⑧)。恒徳号よりもかなり少ない5万2千頭弱でした。 こういう展示を見ていると、東南アジアで牛車を引っ張っている水牛の方が幸せだという気もします。ちなみに水牛は、肉質がぱさぱさしていて牛よりもかなり劣るようです。 日本では畜産として行っているのですが、肥育農家の仕事はいっぱいあります。 しかし、のんびり放牧しているところもあり、今のままでは手間のかけ過ぎで費用倒れになるということで改めて放牧も見直されているようです。 やたらに牛を拘束して濃厚飼料を食べさせて超高級でバカ高い霜降り肉ばかりを生産するのはいかがなものかという発想も必要になるでしょう(写真⑨)。 前沢牛の育て方の解説です(写真⑩)。 牛舎にも工夫を凝らしていることが分かります(写真⑪⑫)。 日本一の牛飼いという展示がありました。まずは解説です(写真⑬)。
この人達です(写真⑭⑮)。 おやおや、牛に乗った女の土人形がありました(写真⑯)。
さて、これで一階の見学は終わりです。二階に上がることにしましょう(写真⑰)。 続く |
第17回大旅行(2011年4月)
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2011年5月4日(木)
今、奥州市前沢区の牛の博物館にいます。
こういう展示になりました(写真①)どうも、御当地で約400万年前の鯨の骨が発掘され、マエサワクジラと命名されていることからこの展示があるようです。 系統図です(写真②)。鯨は新生代の始新世初期、つまり6500万年前で恐竜が絶滅した少し後、現在のカバと共通の祖先から生まれたようです。まあ、カバが川を泳いでいる内に海に出て居心地がよかったのでもう陸地にはあがらなくなり、その内に骨格が変化してもう陸地では重力に耐えきれず海で生きるようになったのかもしれません。 現在の科学番組を見ていると、大半の進化は遺伝子レベルで起こったような説が唱えられていて、私が高校生だった頃とは様変わりしています。
当地ではマエサワクジラとミズホクジラの2種類の化石(400万年前)が知られていますが、これはそれよりも更に古い第3番目の鯨の肋骨の化石です(写真③)。 これは当地で見つかったミズホクジラ(上)とマエサワクジラ(下)の骨格標本の複製です(写真④)。400万年前のものです。なお、これの本物は東京の国立科学博物館にあるそうです。 前沢の鯨の解説です(写真⑤)。専門家が見ると頭部の特徴で種類が分かるそうです。 マエサワクジラの解説です(写真⑥)。昭和57年に前身骨格が掘り出されました。前沢は国道4号線が通る内陸部ですが、400万年前は仙台あたりからここまで深い入り江が海から続いていたようです。 ミズホクジラは昭和29年に掘り出されたのですが、戦後10年も経っていない頃でそのまま放置され、昭和55年になってようやく化石を骨格にしたそうです(写真⑦)。 骨質歯鳥なる怪鳥が登場しました(写真⑧)。400万年前にいた鳥で恐ろしげな顔つきです。鳥は恐竜の子孫ですが、この写真だけ見てもそうだろうと思います。もし、恐竜の焼肉をしたら、多分、鳥のささみのような味がするでしょう。まあ、トカゲを食べれば、それが本当の恐竜の味なのでしょう。 解説です(写真⑨)。翼を広げると5メ−トル以上あったそうですから、大きな鳥です。かのロック鳥を髣髴させます。ここには書いていませんが、昭和60年3月12日の新聞記事も展示されていて、発見されたのはこの少し前と思われます。 これは骨質歯鳥の上腕骨の複製(上)です(写真⑩)。 これは、マエサワクジラの発掘の様子を展示したコーナーですが、手前上空を飛んでいるのが骨質歯鳥です(写真⑪)。まあ、大きいと言っても鳥は鳥、という感じです。くちばしを見ると魚を捕まえていたと思います。 さて、このコーナーを紹介しましょう。まずはマエサワクジラが掘り出されたときにどんな格好だったかという解説です(写真⑫)。 その格好を図にしたものです。通し番号は別の表の部位の解説の番号です。部位の表は省略します(写真⑬)。 模型までありました(写真⑭)。なかなかの熱の入れようです。 別の解説です(写真⑮⑯)。ヒゲクジラの仲間で、現生鯨のナガスクジラの祖先とされます。 これを見ると、400万年前は仙台から北上川に沿って岩手県の中部くらいまで海から深い入り江が続いていたようです。今もこの辺りは平野が続きますから、北上川が土砂を運んで入り江を埋め、現在の姿になったのかもしれません。何と言っても北上川はびっくりするような大河ですから(写真⑰⑱)。
これで鯨の話は終わりです。
続く
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2011年5月4日(木)
今、奥州市前沢区の牛の博物館にいます。なぜ、ここに牛専門の博物館があるかというと、前沢牛というブランド牛の生産地だからです。
全国にはいろいろなブランド牛があります。そのポスターの紹介です。 左側のポスターは全国開拓農業協同組合連合会のものですが、こういう名称の組合があるとご存じでしたか。元々は、先の敗戦による日本国外からの引揚者対策として、国策で進められた開拓行政に基づき、1948年に発足した畜産専門の協同組合で、現在も健在です(写真①)。 金ヶ崎というのは岩手県にある町です。奥州市の西側に隣接しています(写真②)。仙台は「牛タン」の方が有名ですが、仙台牛と呼ばれるものは基準が厳しく、全国でも屈指の超高級牛肉です。
石越町は現在は宮城県登米市の一部になっています。ブランドとしては最近まで石越牛を名乗っていましたが、仙台牛に統一されたようです。若柳町も現在は宮城県栗原市の一部になっていて、若柳牛も仙台牛に統一されるようです。ただし、仙台牛の等級基準が厳しいため、基準からはずれるものは仙台黒毛和牛と称して販売されるようです。強引な町村合併はブランドにも影響していました。やむを得ないことですが(写真③)。 山形牛と米沢牛です(写真④)。やや脂身が目立ちますね。イノシシやクマなどの山肉は脂肪でも固くてコクがあるのですが、飼養された牛肉の脂肪は柔らかくてしつこいという感があります。 これは茨城県結城市の紬(つむぎ)牛です(写真⑤)。赤身が多くて一番おいしそうです。当ブログの感想としてはの話ですが。 牛肉の格付けの話です(写真⑥⑦)。要するに牛肉の格付けは肉質等級と歩留まり等級の組み合わせで決まる、肉質等級は、肉色、脂肪交雑、肉の締まり・きめ、脂肪の色沢・質の4項目で決まると言うことです。 写真⑦では第2等級と第5等級が展示されていますが、一番上質とされるのはもちろん第5等級です。しかし、こういう時代も長く続かないかもしれません。一つはTPPが成立して外国産の赤身の肉がいずれ大量に安価で出回ること、もう一つは高級とされる霜降り肉は健康という観点から食べない方がいいと言うことになるかもしれないことです。
牛舎です(写真⑧⑨)。子牛が生まれたところでしょうか。ちょっと大きさが違うようですが。この子牛もいずれ精肉にされて人に食われる運命にあります。まあ、それが肉牛の運命ですからやむを得ません。もう100年早く生まれていれば、農家の宝として一生大事にされたでしょうが。
前沢牛を育てるという解説です(写真⑩)。今は人工授精が行われていますが、昔は牛を連れてきて性交させていました。有名な雄ともなると種付け料も高額なったのです。8〜9月で子牛が出荷されるとありますが、これは飼養のための出荷だと思います。
肉としての牛の部位の名称です(写真⑪)。ネック、肩ロース、リブロース、サーロインというのは牛の背中の部分、バラは腹の部分です。ホルモンとして食べられるのは胃(ミノ、センマイ)、腸(ヒモ、シマチョウ)、心臓(ハツ)、肝臓(レバー)、腎臓(マメ)です。舌(タン)はホルモンとしても出ますが、普通の焼き肉としても売られています。最近、タンがとても安く売られています。なぜでしょう、一時期は高級肉と変わらないくらい高かったのですが。 牛肉にも香りがあります。それがおいしさの要因だそうです(写真⑫⑬)。これで見ると香り成分は御当地の前沢牛が一番優れているとされます。 「前沢牛を食べる」という解説です。色々書かれていますが、生やステーキよりもすき焼きやしゃぶしゃぶなどの鍋料理の方がよりおいしいと思います。最近、牛のたたきがスーパーでは売られていません。どうしたのでしょうか。
そうそう、イギリスという国は文明国では一番料理がまずいと評されることがありますが、ローストビーフがイギリスを代表する料理でした(写真⑭)。 さて、牛を使った料理の模型がありました。まずはステーキです(写真⑮)。以前は和歌山にもパームシティというところに、200グラムのサーロインステーキを千円ほどで食べられる店があったのですが、いつの間にか無くなっていました。 これは一種の定食でしょうか(写真⑯)。 これはしゃぶしゃぶのようです(写真⑰)。いかにもとろけそうでおいしそうな牛肉です。さっと鍋の湯にくぐらせて食べます。私が就職した頃(40年前の話です)には、しゃぶしゃぶの食べ方を知らない人がいて、こういう肉を最初に全部入れてしまいました。悲鳴が上がったのはいうまでもありません。 これは「お得な焼肉セット」という解説がついていました(写真⑱)。生の牛肉の寿司がついていますから変化があっておいしいと思います。 銘柄牛のポスターの続きです(写真⑲)。香川県は「うどん県」と名乗ろうかなどと言っていますが、これを見ていると「牛もあるでよ」と言いたい人がいるかもしれません。牛肉うどんともなればさぞかしうまいことでしょう。 だじゃれが入ったポスターです。佐賀牛の「おいしい牛肉をサガしてやまない」とか、長崎牛は牛なのに「うまか!」などと言ってみたり、大分知恵を絞ったのでしょう(写真⑳)。 続く |
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2011年5月4日(木)
今、奥州市の伝統産業会館にいます。ここを出発、国道4号線に戻り南下、奥州市前沢区にある牛の博物館をめざします。平泉前沢ICの少し手前を左折して田舎道を走ると博物館です(写真①)。なるほど、牛が出迎えてくれました(写真①)。 こういうものもあります(写真②)。少し表情が暗い感じがします。 このポスター、いささか気味が悪いです(写真③)。 では、中を見学しましょう。まずは牛の模型がありました(写真④)。御当地、前沢牛の「清菊号」です。 牛の多くは食用牛です。こういう解説がありました(写真⑤)。まあ、牛肉になるのが食用牛の運命ですから仕方がありません。こういう銘柄のついた霜降り肉、あまり好きではありません。柔らかすぎる、脂っこすぎる、値段が高いなどなどの理由です。しかし、牛肉は値段に比例しておいしくなるというのも事実です。 前沢牛の定義なるものがありました。前沢区に在住している生産者が、前沢区内で生産するのは当たり前ですが、岩手ふるさと農協を経由して牛であることが前提条件です。 なぜなら、前沢牛は岩手ふるさと農協の登録商標だからです。細かい条件もいくつかあって、一番大事なのは、生まれてから屠畜までの期間中、前沢区での飼育期間が一番長く、かつ最終飼養地であることです(写真⑥)。
昨今は各地でブランド化して高級牛肉を販売しています。これ自体はいいことで、牛肉の輸入自由化が行われても十分生き残れると思われます。農協の存在は営農意欲ある生産者にとっては邪魔な存在ですが。安倍総理大臣にたてついた全農のなんとかという会長のいかにも利権屋のような憎々しい顔とともに、「選挙で落とすこともできるんだぜ」などという品の悪い発言を今でも思い出します。
銘柄を確立させるにはそれなりの努力が必要です。この辺りは元々名馬の産地でした。前沢牛は、時代の変化に応じて長い間その努力を積み重ねてきました(写真⑦⑧)。しかし、現在では全国で銘柄が乱立し、中には飼養期間がわずかなのに○○牛と名乗るようなものまであるようです。反対にしつこい脂身の霜降り肉よりも豪州産の赤身の多い肉の方が口に合うと言う人も増えていますから、将来を見極めないといけない時期に来ていると思われます。まあ、永遠に続くものは何もありませんから。 前沢牛のポスターです(写真⑨)。
前沢牛の餌です(写真⑩)。有名な「ひとめぼれ」という米の稲ワラを使っているようです。 これが飼料となる稲ワラを自然乾燥させている様子です(写真⑪)。 米と前沢牛の関係です。ひとめぼれの米は人がおいしくいただき、稲ワラは牛が食べ、牛糞は堆肥となって米を育て、屠畜されてできた肉は人がおいしくいただくということです(写真⑫)。 前沢牛の流通の話です(写真⑬⑭)。指定店販売制度を取っているため、ニセ前沢牛は出にくい仕組みになっているようです。小売りの段階で安い肉と混ぜると分からなくなります。米などでは毎年、そいういう悪い業者が摘発されていますが、牛肉ではどうでしょうか。 それにしても、国産の牛肉は高いです。TPP交渉が成立して米国産や豪州産の肉が安く入ってくることを期待する一人です。その場合でも、これだけのブランド力があれば国内の肥育農家も生き残れるでしょう。
牛の解体処理工程です。こういうことも知っておくといいでしょう。自分が食べる牛肉はすべてこういう工程を経て出回るのですから(写真⑮⑯)。牛や豚はこういうようにやっていてなんとも思わないのに、イルカだと急にかわいそうだなどと言い出す西洋人、唯我独尊の奇妙な人たちです。 続く
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2011年5月4日(木)
今、奥州市の伝統産業会館にいます。
明治の鋳物造りの続きです。 窯焼きが終わりましたが、まだ次の行程があります。鉄瓶には手で持つ「つる」をつける必要があります(写真①)。 これが「つる」です(写真②)。 職人がつるを作っています(写真③)。 最後に仕上げです(写真④⑤⑥)。 これが完成品です(写真⑦)。
これは往時の引き札というか商品カタログです。いろいろな鉄瓶があります(写真⑧⑨)。 明治の工房の様子です(写真⑩⑪)。
さて、明治から現代までの逸品が展示されています(写真⑫⑬⑭)。
玄関前にあった大砲です(写真⑮⑯⑰)。幕末の頃の坂本流大筒の復元品だそうです
さて、土産は買い、これで和歌山に帰れます。駅前に戻ると大きな鉄瓶がありました(写真⑱)。
では、ここを出発、県道14号線を南下し、途中で北上川を渡ります。橋の内の何カ所かはあの大震災のため通行止めになっていました。やがて国道4号線に合流して南下、同じ奥州市前沢区にある牛の博物館をめざします。 続く
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