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2012年5月3日(木)
今回が第19回大旅行の最終回です。
今、福島県南会津町の奥会津博物館にいます。
町指定文化財の旧渡部家住宅にやってきました。 中に入りました。入り口はこうなっています。狭い土間です(写真①)。 店のような感じです・置かれているものは会津の民芸品ですが、買うことができると思います(写真②)。後方に自在鉤がありますから、元は板敷きの間だったのでしょう。 再現されたと思われるかまどです(写真③)。煙突がないから火力は強くありません。 表座敷といったらいいでしょうか。囲炉裏があります(写真④)。 囲炉裏です(写真⑤)。十能や火箸、炭箱も置かれていました。ここは商家ですから往時も炭を使っていたかもしれません。炭はその当時でも高価でした。 これを見ると、食事もできるようです(写真⑥)。テレビで旅行番組を見ていると、古民家や酒蔵などを使って飲食店を開くところもあるようです。古民家が大好きな当ブログとしても同慶の至りです。 板戸です(写真⑦)。いい色ですが、現在ではこの種の濃い色は照明効果が悪いとして使われないような気がします。 これが正式の玄関です(写真⑧)。 奥は床の間でした(写真⑨)。他の部屋も食事用の個室として使われていました。 ひな壇がありました(写真⑩)。 横にはこういう掛け軸もあります(写真⑪⑫)。なかなか美しい絵です。 さて、これで見学は終わりました。園内を歩いて駐車場に戻ります。古民家のある風景が美しいです(写真⑬⑭⑮)。
奥会津博物館はとても素晴らしいところです。是非一度お立ち寄りください。
さて、1030時になりました。4月27日1200時に和歌山を出発した旅行ですが、これで全行程終了です。1996年に東北に初めて来てから16年、これで東北6県の車中泊旅行は完結しました。
1035時、帰途に着きました。国道289号線を南進、国道401号線との交差点を左折して西進、南会津町の役場のあるところで国道121号線に入りました。 1100時、道の駅たじま着(写真⑯)。暫時休憩です。 再び出発、栃木県に入ってしばらくして国道400号線に入りました。そのまま西進すると東北道西那須野塩原ICです。ここから東北道に入りました。 1330時、北関東自動車道との分岐点である岩舟JCTの手前で渋滞です(写真⑰)。3車線でも渋滞ですから恐れ入りました。時速10キロで延々と南進します。一番内側を走ると北関東道に入るようです。 その後は、関越道、長野道、中央道、湾岸道、東名阪、名阪国道、西名阪、阪和道とひたすら走り、2200時、和歌山市の自宅近くの牛丼店着(写真⑱)。 いつ、どこで食べても牛丼はうまいですね(写真⑲)。 2220時、無事我が家に着きました(写真⑳)。撮った写真は5129枚、大旅行としては少ない方です。147回にわたって約2500枚を紹介しました。 次回からは2102年8月に行った第20回大旅行を紹介します。行き先は長野県の南半分です。撮った写真は約1万1千枚ですから掲載完了まで約1年間かかると思います。よろしくおつきあいください。 完
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第19回大旅行(2012年4月)
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2012年5月3日(木)
今、福島県南会津町の奥会津博物館にいます。
県指定文化財の旧猪俣家住宅にやってきました。まずは解説です(写真①)。竣工は18世紀前半、福島県で最古の民家です。 これがその 旧猪俣家住宅です(写真②)。 木臼がありました(写真③)。ここに板戸がありますからこれを開けて中に入ります。 中に入りました。広い土間に農具が並んでいます(写真④)。 よく見るととても広い土間です(写真⑤)。 色々な農具を紹介しましょう。 この写真ですが、左は覆いのついた足踏み式脱穀機だと思います。右は千歯こきと足踏み式脱穀機です(写真⑥)。 これは唐箕です(写真⑦)。 唐箕と千歯こきです(写真⑧)。 しつこいようですが、これも唐箕です(写真⑨)。同じ唐箕でも大小があるのが分かります。 土間の上部です(写真⑩)。 土間に囲炉裏が作られていました(写真⑪)。どこにでもあるというものではありませんが見掛けることはあります。 ゴザを敷いた部屋です(写真⑫)。 土間から見るとこうなっています(写真⑬)。ここはこれで終わりです。 外に出ました。一里塚がありました(写真⑭⑮)。 さて、最後になりました。これはかなり大きな家です(写真⑯)。
これは山王茶屋という屋号の旧渡部家住宅です(写真⑰)。宿泊もできたようですから大きいのは当たり前です。 正面です。まさに江戸時代そのままの風情です(写真⑱)。 これは入母屋屋根のついた正式の式台付きの玄関です(写真⑲⑳)。この左手は茶屋、右手は玄関から入った人のために廻り縁があるなど格式が違います。 では中を見学しましょう。
続く
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2012年5月3日(木)
今、福島県南会津町の奥会津博物館にいます。
この博物館に付属する古民家の旧杉原家住宅にいます。 座敷の前にこういう板敷の空間があるとゆとりが生まれます(写真①)。どうせ物置になるのだから最初から押入の方がいいという人も大勢いるでしょうが。 奥の部屋です(写真②)。いささか乱雑のようです。 まるで広間のような部屋です(写真③)。ふすまで仕切られただけの部屋、今の若い人には居心地が悪いでしょう。 その奥が床の間です。上には格子状の欄間があります(写真④)。しかし、まるで物置のようです。一応、公開しているのですからそれなりに整理整頓してはいかがでしょうか。 床の間の前は長い縁側が続きます(写真⑤)。この戸は雨戸でしょうか、上の方に明かり取りの障子が付いていて台風のときなどどうするのでしょう。 最後に土間から見た座敷を紹介しましょう(写真⑥)。とても広く感じます。 風呂桶をよく見ると、廊下が風呂桶に行くように作られているので、風呂桶は本当にここにあったものと思われます。まあ、別室とか別棟というのは寒いですからこの方がよかったかもしれません(写真⑦)。 さて、ここの見学は終わりです。トイレがありました(写真⑧)。昔はトイレが別棟だったことも多かったのです。人の糞尿は大切な肥料でした。でも、主屋を出て別棟の便所に行くのは大変だったのです。そこは漆黒の闇、どんな妖怪が出てくるか分からないところですから。 中をのぞくと、男性用は扉がありません(写真⑨)。こういうところでフリチンというのもいささか逡巡する人もいるでしょう。え?、滅多に合法的に見せる機会がないからちょうどいい・・・。まあ、自信があればどうぞ。 いまから50年くらい前まで、和服を着て外出する女性も多くいました。実は少し姿勢を工夫すると、裾をめくっただけで小便ができるのです。子供の頃に見たことありませんか。 さて、炭焼き小屋が登場しました(写真⑩)。多くの場合、近くに別棟の小屋を建てて炭を焼く間そこで生活したのです。
解説を紹介しましょう(写真⑪)。火力が強くて煙を出さない、これが炭が珍重される所以です。しかし、柴や薪に比べると手間がかかる分、高価でした。 炭焼きに使う木を伐採した後で、植樹するのが里山の始まりです。これをしないと山は禿げ山になってしまいます。世界的に見れば植樹の文化を持たず、森林を荒れ地に変えた民族はいくらでもいます。
日本でもクヌギなどは成長が早いのですが、備長炭ともてはやされる炭の原料となるウバメガシは成長が遅く、和歌山県の南部で禿げ山ができているのも事実です。
炭焼き小屋ですが、残念ながら中に窯はあるものの、雑然としていてお見せできるような状態ではありませんでした(写真⑫)。 童話にでも出てきそうな小屋がありました(写真⑬⑭)。木地小屋です。解説によると、初期の陶器である須恵器を窮地に追いやったのは木地師だそうです。 今でもそうですが、陶器と漆器とどちらが使いやすいですか。触っても熱くない、軽い、落としても割れないと言うことでは陶器は絶対に漆器に勝てません。
のどかな風景です(写真⑮)。
これは何という名の木でしょう(写真⑯)。 では次に行きましょう。 続く
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2012年5月3日(木)
今、福島県南会津町の奥会津博物館にいます。
この博物館に付属する古民家の旧杉原家住宅にいます。まずは解説を紹介しましょう(写真①)。御当地の下塩江というところにあった染め屋の旧杉原家住宅です。 これが旧杉原家住宅です。手前のロープ状のものが気になりますが、染め屋ですから、ここで染めたものを干したということでしょう(写真②)。 よく見ると、現代の樹脂製の洗濯鋏でした(写真③)。まあ、この辺はいいことにしましょう。 建物の傷みを防ぐためか、杉皮か何かを腰板のように張り付けています(写真④)。 石の臼でしょうか(写真⑤)。水甕かもしれません。 中に入りました。土間は広く、そこに出っ張ったような囲炉裏が印象的です。土間に近い方は座りにくかったかもしれません(写真⑥)。 元は馬屋だったところです(写真⑦)。昔は馬と人が一緒に住んでいました。今、犬や猫と一緒に住んでいる人がいることを考えると、特別どうという話でもないような気がします。 あの辺りがこの家が染め屋だったころの名残でしょう(写真⑧)。 現代の軍艦のミサイル発射塔みたいですが、中は甕(かめ)で、ここに藍を入れて布を染めました(写真⑨)。 上の方は物置で、わら沓などが一杯あります(写真⑩)。 囲炉裏です(写真⑪)。 自在鉤です(写真⑫)。ここも先に行った旧大竹家住宅と似たような標準的なものでした。一般的に地域的には同じようなものが使われます。誰かが豪勢な自在鉤を吊すと段々競争になって華美になるのでしょう。 火を見ると人は安心するそうですが、これを見ると安らぎを感じます。え、火事のもとだって・・・・(写真⑬)。少し変わった色の鉄瓶です。 別の角度から見た自在鉤です(写真⑭)。 流しです。右の水屋は本物でしょう(写真⑮)。 大黒柱です(写真⑯)。 旧杉原家住宅も先に見た旧大竹家住宅と同じようにもう一間、囲炉裏のある部屋があります。ここは全面畳敷きです(写真⑰)。 つまりこういうわけです(写真⑱)。 座敷の方から土間を見たところです(写真⑲)。こんな感じの家、魅力的だと思いませんか。 続く |
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2012年5月3日(木)
今、福島県南会津町の奥会津博物館にいます。
この博物館に付属する古民家の旧大竹家住宅にいます。 一番奥の部屋のようです(写真①)。 この部屋にだけこういう欄間がありました(写真②)。幾何学模様の美しいものです。 釘隠もありました(写真③)。 奥の部屋です。ここにも機織り機が展示されています(写真④)。 その内の1台です(写真⑤)。 裂き織りの布がどんなものか分かります(写真⑥)。 もう一台の機織り機です(写真⑦)。 元々この部屋は床の間でした(写真⑧)。これは平書院です。 床です(写真⑨)。機織り機を展示するのは結構ですが、これでは折角の床の間が台無しです。機織機はほかの部屋に移して床の間だけでも原型のまま見せて欲しいものです。 最後にもう一度土間を紹介しておきましょう(写真⑩)。 では次に行きましょう。外に出ました。のどかな春のいい眺めです(写真⑪)。 こういう民家もあります(写真⑫)。 昔と変わらない感じです(写真⑬)。 桜も咲いています(写真⑭)。 水車小屋もあります(写真⑮)。 ではこの家を見学しましょう(写真⑯)。町指定文化財で旧杉原家住宅です。 続く |


