よねちゃんの車中泊旅行記

4月22日、はてなブログ「よねちゃんの花日記」に移行しました。車中泊旅行記もそちらで継続しています。

第19回大旅行(2012年4月)

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    2012年5月2日(水)
  今、福島県南会津町にある奥会津博物館・南郷館にいます。国道289号線と国道401号線の交差点付近ですからかなりの山奥になります。ここにはそう言う山の中ならではのものが展示されています。
  しかし、この案内を見ると大変です(写真①)。今、1527時、写真は撮れるのですが後30分しかありません。では指が折れても写真を撮り続けましょう。急いで撮ったので見やすい写真荷はならなかったことをご了解ください。
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  中に入りました(写真②)。
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  さっそくぶれましたが、ソリです(写真③。)ソリは雪国の冬の重要な運搬具でした。
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  ソリと言っても競技や遊びのソリではなく、山奥で切り出した材木を運んだりする生産用具だったのです。動力は馬、または人力でした(写真④⑤)。
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  中央正面は漁労具です(写真⑥)。中央は「ムジリ」と呼ばれていますが、竹を編んだ筒状の仕掛けです。これで魚を捕まえました。昔はマス、ヤマメ、アユなどが豊富に捕れたようですが、戦前の水力発電のためのダム建設で激減したようです。まあ、これらの電力は我が国の工業生産用に使われたのですが、山の川の資源に多大の影響を与え、失ったものも大きかったのです。
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  いろいろな漁労具です(写真⑦)。アユやアマゴなどは放流されて鑑札制で釣られ、コイやナマズなどの仲間は今でも細々と行われています。モクズガニも捕られていますが、珍味の部類になり普通に食べられるものではありません。そう言う意味では家の前の川でこういうものが捕れた時代は豊かだったと思います。
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  中央は四つ手網です(写真⑧)。大きなものから小さなものまでいろいろあります。
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  これは○○ドウと呼ばれる仕掛けです。大きい方は入り口でそこに細工があり、一端はいると出られなくなります(写真⑨)。川魚はサケ科のアユやヤマメ以外は水っぽく、囲炉裏で燻製にして保存食として食べられました。こう言うように加工すると結構うまいです。
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  仕掛けで捕るのも漁法の一つですか、もっと積極的に水中鏡とヤスで突き刺して捕るのも一般的でした。いろいろなヤスがあります(写真⑩)。こういうものは戦後まもなくまで全国の山村どこにでもあったものですが、運良く捨てられずにまとめて残されたものは文化財的価値が生じるのです。
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  こういう展示になりました。田舎のオバサンにしては顔つきがいささかセルロイド人形を髣髴させます。もっと、「私いくつに見える」というCMに出てくるような普通のオバサンの顔でよかったのではないかとおもいます。
  でもこうやってみるとかなりの重装備です。これなら薬など飲まなくても色白、シワシミなし、しかも体力抜群を保てたでしょう。今どきのオバサンにこういう格好をしてもらって公園の草むしりでもしてもらうと一石二鳥の効果があるのではないでしょうか(写真⑪)。
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  展示品を紹介しておきましょう。いずれも川用の漁労具です(写真⑫⑬)。どれかひとつくらいなから使ったこともあるでしょう。
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  こういう箱眼鏡、今でも海の漁で使われます(写真⑭)。
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  遅ればせながら漁労具の解説です(写真⑮)。ダムの建設で得たものは多いのですが、失ったものもありました。ここの展示品の中には今の南会津の人でも使わないとか知らないとか言うものがたくさんあるようです。そう言う意味では文化財として長く伝える価値があります。別にダムが悪者だったわけではありません。当時必要だったエネルギーを供給するのにとても役立ったのですから。
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  大柄のヤスがありました(写真⑯)。マス突きようのものです。マスとサケはどう違うかとよく話題になりますが、正確には区別できないようです。大体、川を生活の中心とするものをマス、海を中心とするものをサケと呼ぶのが一般的です。
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  これは実際に仕掛けた様子です(写真⑰)。
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  右端の天秤のようなものは松明台、つまり夜釣りで魚を誘う照明具です。一番上の上の歯ブラシのようなものは「どじょうぶち」、これでドジョウを引っ掻いて捕ったのでしょうか。その下は先が鉤状の物と槍状のもので、いずれもマスを捕らえます(写真⑱)。
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      続く
     2012年5月2日(水)
  今、福島県喜多方市のふれあい通りを徒歩で北に移動中です。甲斐本家蔵座敷まで来たのですが残念ながら震災の影響で閉館中でした。
  また町並みに戻り歩きます。珍しく妻入りの家が三軒続き、鋸を見ているようです(写真①)。
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  そう大きくないですが、往時の威容が分かる建物です(写真②)。「吉五郎」という看板が建てられています。次の解説を見れば分かりますが、今ある甲斐本家蔵屋敷ができるまでの仮住まいのために建てられたものです。
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  これがその解説です(写真③)。
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  これは甲斐本家蔵座敷前から南側を見たところです。手前から走っていく国道459号線は向こうの交差点で左折して山を越え米沢に至ります。
  一方、直進すると先ほどから歩いてきた県道21号線、つまり、ふれあい通りを抜けて南進すると国道401号線か国道49号線。国道252号線に出ることになります。
  今回はこの後252号線に出て、更に南会津を一周するという壮大な行程が待っていますが、それはまた後の話です(写真④)。
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  では来た道、つまり県道21号線を戻ります(写真⑤)。
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  マリブロンバスが走ってきました。この辺りを周回している観光用バスです(写真⑥⑦)。
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  同じ道ですが、行きと帰りでは雰囲気が違います。これは先に紹介したたまり煎餅の店です(写真⑧)。
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  今でもこのくらいの大きさのパチンコ屋は至る所にあります(写真⑨)。
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  喜多方はいいところですねえ。でも、こういう古風な感じの店や建物が両側に30軒ずつ列んでいたら重要伝統的建造物群保存地区にもなれますが、喜多方では飛び飛びに蔵があるため、選定はかなり難しいでしょう。まあ、ラーメンと蔵の町ということで十分人は呼べそうです。観光用駐車場も結構ありますし、案内所もあってもてなしの準備は万端です(写真⑩)。
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  ここもいい雰囲気です(写真⑪)。
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  マーケット通りという裏通りもありました。昔ながらの、と言う雰囲気です(写真⑫)。
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  1303時、リオンドールに戻ってきました。ここで夕食を確保、今日はこれでどこででも車中泊できます(写真⑬)。記事の中で紹介したように駐車場が数カ所あります。できればそちらに止めるようにしましょう。今回は駐車場が分からなかったのでやむを得ず止めたまでです。
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  最後に今回歩いたところを紹介しておきましょう。赤丸は観光案内所で書いてくれたものと思います。喜多方はいいところです。違う店のラーメンを2杯食べて、ゆっくりと歩いてみましょう。   
 目印は北から来ると東北電力、喜多方郵便局、南側は市役所です。ここを目印にすると簡単に駐車場や蔵のあるところが分かります(⑭)。
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  さて、すぐに出発、県道21号線を南下、国道49号線に合流します。少し西進して国道252号線に分岐し、そのまま只見川にそってひたすら遡りました。只見町役場付近で国道289号線に分岐して山奥に入りました。写真は撮らなかったのですが、最近大洪水があったようで、川が地獄のように荒れていました。
  1527時、福島県南会津町の国道289号線と国道401号線の交差点付近にある奥会津博物館・南郷館にやってきました(写真⑮)。館の名前がややこしいですが、ここは元は南郷村だったのです。2006年に合併して南会津町になっています。
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  では詳しいことは次回で紹介します。
    続く
    2012年5月2日(水)
    ※都合により写真⑨は欠番です。
  今、福島県喜多方市のふれあい通りを徒歩で北に移動中です。
  喫茶店です。建物自体は本物で喫茶店に改造したものと思われます(写真①)。
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  これも同様で「蔵せんべい」を売っています。
  日本中に有名な町並みはたくさんありますが、一番つまらないのは武家屋敷群です。生け垣と石垣以外ほとんど何もありません。ただし、それが武家屋敷の本領であって、悪いわけではありません。
  宿場町や商家町というのは今も観光客相手の商売をしている店が多く、とても賑やかで華やかです。ここ喜多方も賑やかで華やかな町です(写真②)。
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  これは今までに何軒かあったレンガ造りの建物です。洋品店になっています(写真③④)。
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  こういう雰囲気の店、昭和レトロという雰囲気ですが、かつてはあちこちにあったのですが、昨今はもう廃業した店が多いような木がします(写真⑤)。
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  さて、ふれあい通りとしては北の端になるところにやってきました。ここは北から来た国道459号線が東に向きを変える交差点です。ここを南に直進するのは県道21号線、つまりふれあい通りです(写真⑥)。
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  ここの西側にあるのが吉の川酒造です。解説がありました(写真⑦)。
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  残念ながら中は見学できないようです(写真⑧)。
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  これはどの辺りでしょうか。花屋さんは結構商売になりますね。切り花や鉢植えの花もそれなりに売れています(写真⑩)。
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  さて、吉の川酒造から国道453号線に沿って150メートルほど北に行くと忽然として昔風の建物が現れます。甲斐本家蔵座敷です(写真⑪)。
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  これは荘厳な造りの建物です(写真⑫)。一階部分はシャッターに改造されていますが、二階部分は埼玉県川越の町並みと同じ造りです。
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  正面から見るとその威容が分かります(写真⑫の2、⑫の3)。
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  この門を入るようです(写真⑬)。
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  門をくぐるとこうなっています(写真⑭)。
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  外から見ると甲斐本家の建物はこういう感じです(写真⑮⑯)。
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   どうも人気がないと思っているとこういう張り紙を見つけました(写真⑰)。どうも震災の影響もあって閉館したというか、公開をやめたようです。
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  まあ、大震災の影響もあり、やむを得ないと思いましたが、記事を書くにあたってもう一度ホームページを確認したところ、期間限定で公開を始めたようです。これから行くなら、4月から11月頃まで蔵座敷を見学できそうです。まあ、喜多方で一番有名な場所ですからご同慶の至りです。
  甲斐本家蔵座敷の解説があったので紹介しておきましょう(写真⑱)。蔵座敷が竣工したのは大正12年ですが、銘木を使い江戸時代を髣髴させる様式で作られており、一見の値打ちはあります。
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  まあ、見られなかったのは残念ですが、震災の影響だから仕方がありません。一刻も早い復興を祈念して次に向かいます。
     続く
    2012年5月2日(水)
  今、福島県喜多方市のふれあい通りを徒歩で北に移動中です。
  こういう店がありました(写真①)。建物は往時の蔵ですが、一階はレディスですから婦人服なのでしょう。まあ、男である当ブログの眼からすると、商売大丈夫ですかと思いたくなるような雰囲気です。
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  これは蔵の町案内書です(写真②)。最初にここに来て地図をもらうと便利です。
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  最初に車を止めたリオンドールに戻ってきました(写真③)。
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  これも商店です(写真④)。昭和レトロミュージアムという看板が立っていました。立ち寄ればよかったですね。この家の二階の防火窓は、観音開きではなく片引き戸になっています。
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  結構観光客が居ることが分かります(写真⑤)。50代から60代の夫婦連れも目立ちます。
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  北の方に来ると段々と歩道が広くなり歩きやすくなります(写真⑥)。
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  これが最初にラーメンを食べた店だと思います(写真⑦)。ラーメン店が多いからどこにするか迷いますね。おいしく食べられるのは精々2杯まででしょうから。まあ、どこの入ってもテレビ番組でタレントがうまい!と絶叫するほどうまいものではありません。要するにラーメンです。
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  この辺から西の方にそれ脇道に入りました。今までとは違う風景になりました(写真⑧)。
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  防火扉の蔵が見えます(写真⑨)。
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  壁がいささかくたびれた感じですが、往時は目を見張るような長い蔵だったでしょう(写真⑩⑪)。
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  長い蔵の前に看板がありました(写真⑫)。ここはどうやら三十八間蔵と言うようです。
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  往時は庭だったかもしれません(写真⑬)。ここを南北に通っていた街道が物流の中心から外れると次第に寂れていきました。人と物の集まるところに富が生まれ、人の仕事も増えます。
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  この入り口は今も威容を保っています(写真⑭)。
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  ポスターの写真展というのはこういう感じです。中央にあるのは津波で押し倒された木の根でしょう(写真⑮)。
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  この店には煙草小売店という古びた木の看板が立っています(写真⑯)。
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  中をのぞくと、がらくた、と言っては失礼ですが、往時のものがならんでいました(写真⑰⑱)。もしかしたら、この連中、付喪神(つくもがみ)になって、夜な夜なここで宴会をしているかもしれません。
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  この長い蔵の正面に来ました。「中の越後屋」という店です(写真⑲)。
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  解説もありました(写真⑳21)。流通倉庫かと思ったらそうではなく味噌や醤油を醸造する蔵でした。
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  これは中の越後屋の庭だったところでしょうか(写真22)。
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  では先に進みましょう。
    続く
    2012年5月2日(水)
  今、福島県喜多方市の蔵通りから移動してふれあい通りに戻ってきました。前回の再掲になりますがこれがふれあい通りの地図です。位置からいえば、北から来た国道459号線を東北電力前で南進すると県道21号線に入りますが、これがふれあい通りと呼ばれています(写真①)。
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  では、現在いる喜多方市役所から紹介しましょう。これは市役所の向かいにある蔵品美術館です(写真②)。
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  これは市役所から西に100メートルほど行ったところにある田原屋菓子店です(写真③)。菓子屋にしては豪勢な造りです。遠足の高校生でしょうか。これ買っていくかなどと話しているのでしょうか。
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  これは県道21号線、つまりふれあい通りにある若喜商店の北口です。西側がふれあいと降りに面した正面玄関ですが、ここからも入る事ができます(写真④)。
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  こういう解説がありました(写真⑤)。
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  北門の解説もありました(写真⑥)。
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  さっきから見えているこの蔵、ぼんやり見ていたら市役所の向かいにあった蔵品美術館かと思ったら、そうではなくて、写真⑥の解説にある蔵だと分かりました。
  蔵には「若喜レンガ蔵」という看板が掛かっています(写真⑦)。中に入っていたら縞柿の座敷も見られたかもしれません。
  
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  これも若喜の建物と思われます(写真⑧)。切り妻、真壁造りですが、煙出しのようなものが付いています。
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  さて、若喜の西側、つまりふれあい通りに面した正面入り口に来ました(写真⑨)。意外に狭く、ふれあい通りは車道が片側1車線、歩道もこの通り人一人がすれ違える程度の広さです。方向としては南を見ています。
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  これは若喜のある交差点の西方向を見ています。白い蔵のような建物は蔵座敷美術館、その向こうは笹屋旅館です(写真⑩)。
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  これは同じ交差点から北を見たところ、写真①の地図で紹介したふれあい通りです(写真⑪)。これからこの道を徒歩で北上します。余り広くない歩道ですから譲り合って歩きましょう。
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  この店、元々あった蔵の前をテナントにしたのでしょう。カメラと8ミリを売っていた写真店で、看板には「アサヒペンタックス スポットマチック」という字が入ったカメラの絵が描かれています。   
 
  スポットマチックなんて売っていたかと思う人がいるかもしれませんが、ペンタックスSPだといえば分かるでしょう。1964年の発売です。ペンタックスと言えば、昨今はホヤ、リコーと会社が変わり、落ち目と言えば落ち目なのですが、この頃はいい時代でした。このSPは世界初で初めてTTL測光を採用した35ミリ一眼レフで、持った感じもよく大いに売れました。
  ただ、レンズ(タクマーと言いました)が時代遅れのスクリューマウントだったところが唯一の泣き所となりました。10月払いとあります。この頃のカメラは一般に非常に高価でしたがSPは標準F1.4レンズ付きで5万2千円、全く手の届かないという価格ではありませんでした。それにしても、ドイツのライカはこの何十倍もしていました。日本にはカメラや車をステータスの象徴と思う人が結構いたのです。ライカなんか使わなくても同じようにちゃんと写る、それがこのペンタックスSPでした。
  さすがに今度のVWの排ガス不正で、わざわざ値をつり上げただけのドイツ製品を買う人も少なくなるでしょう。ドイツのテレビで、「ベンツもアウディーもボルボもフランス車もイタリア車も全滅、「これを喜ぶのは奴らだけた、それはトヨタだ!」と叫んだ御仁がいたそうですが、それはゲルマンは一番優秀だなどと主張するナチスの発想と変わりません。真面目に作ったいいものが売れるのはいつの世も同じです。
  メルケルおばさんの二枚舌もすっかり国威を落としました。脱原発などと言いながらもっと切実な車の排ガス不正を知っていながら放置したのですから。漢方の好きなオバサンももう終わりですね。そう言うわけでこの看板は色々なことを物語っています(写真⑫)。
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  これはふれあい通りの西側です。何か歩道の工事をしているようです(写真⑬)。
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  ふれあい通りを北に歩きます。5月ですが空は暗いです(写真⑭)。
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  こう言うところもありました(写真⑮⑯)。通りに面した蔵は内部を改造して店舗にしているところが多いようです。
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  これも蔵の店です(写真⑰)。
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  この店もそうです(写真⑱)。まあ、ただの蔵が並んでいるだけでは魅力がありません、こういうように観光客向けの商売をして人を呼び込むのもいいことです。
  ただ、観光客からできるだけ儲けてやろうというように思わないことが大事です。いまどきの観光客は全国を観光旅行して値頃や自分にとっての値打ちを知っている人が多いのです。高く売るのではなく、安くしてたくさん買ってもらうと考えた方がいいと思われます。
  妻と旅行に行ってその行動を見ていていつも思うのですが、あちこちで色々買うこのオバサンが「買いたいものは何もない」と言って帰ってくる事があります。そのような店には未来はないと思います。値頃感と品揃えが何よりも大切です。
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    続く

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