よねちゃんの車中泊旅行記

4月22日、はてなブログ「よねちゃんの花日記」に移行しました。車中泊旅行記もそちらで継続しています。

第19回大旅行(2012年4月)

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    2012年5月3日(木)
  今、福島県南会津町の奥会津博物館にいます。
  木地師(きじし)の話になりました(写真①)。これも詳しく紹介しましょう。
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  一般に木地師というのはろくろを使って木材を加工し椀や盆などの日用品を作る職人のことです。漆器の素地となるものを作るのが代表的な仕事です(写真②)。
  木地師は日本中にいましたが、ブナなどの広葉樹が豊富にあるところは特に盛んでした。江戸時代は解説のように山に仮の小屋を建てて製造していましたが、明治以降は定住するのが一般的になったようです。
  残念なことに現在では木地師はごくわずかに残るだけになりました。
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  ここ南会津町では昔はこういうところに小屋があったのですから想像するだけでも大変そうです(写真③)。まだクマやオオカミがたくさんいた頃です。
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  この絵を見ると大体のことが想像できます(写真④⑤)。どうも木を荒削りしているようです。
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  この関係がよく分からないのですが、荒削りしたものを馬でろくろのあるところまで運んで、そこで木地に仕上げたようです(写真⑥)。この後に詳しい工程が紹介されていますからそこまで見ていくと分かるでしょう。
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  これは木地師の使う道具です。上からヨキ、鋸、ナタです(写真⑦)。
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  これは「ぶんぎり」という工程です。丸太から椀の元にある粗型を作り出しています(写真⑧)。
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  写真⑦のヨキを使って丸太の芯をとり、写真⑧のように丸太を椀の大きさに合わせて玉切りします(写真⑨)。
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  更に鋸で完全に切り取ります(写真⑩)。
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  この後でナタで椀の高さに割って粗型を作り、最後に整形をします(写真⑪)。
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  これはナタを木槌で叩いて木を割り、粗型を作るときの道具です(写真⑫)。
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  さて、木地師の仕事に精通しているわけではないのでこの先の話が間違っているかもしれませんがご容赦の程を。
  これは違う作り方のようで、「ムキドリ」といいます。こう言うように木から直接お椀の粗型を取り出す作り方だと思います(写真⑬)。
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  まずはこう言うようにヨキで木に溝を掘っていきます(写真⑭)。
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  ここは光ってしまいました(写真⑮)。できた溝のところをお椀状に切り出していきます。この工程を「オカタギリ」といいます。
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  それを剥がし取るとお椀の外形をしたものができます(写真⑯)。
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  別の写真です。オカタギリとは「お椀の形に取る」というような意味なのでしょう。外側だけは椀らしくなったものを「アラガタ」といい、これをかますに入れて出荷し、次の工程に回されます(写真⑰)。
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  これはこの工程で使われるヨキです(写真⑱)。刃が途中で曲がっているのが特徴です。この方が「オカタギリ」をするときに便利なのでしょう。
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  さて、このアラガタはこうやって釜で煮られます(写真⑲)。木のアクを取るためと、アラガタを取る作業が冬にしていたので凍っているアラガタをとかすためだったそうです。
  釜の右奥に見えるのは「アテンボウグイ(当て棒杭)」といい、アラガタの外側を整形するときに動かないように固定する装置です。
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    続く
 
    2012年5月3日(木)
  今、福島県南会津町の道の駅たじまにいます。昨日からここで車中泊でした。4月27日1200時に和歌山を出発した今回の旅行も今日が8日目、つまり最終日です。今日は近くにある博物館を見学してから帰途に着きます。
  まあ、そう言うわけで、行く場所は近くだし、旅行も8日目ともなるとさすがに疲れています。
そう言うわけで、ゆっくり目の0700時起床、雨でした(写真①)。今日は和歌山まで帰るのに大丈夫かと一瞬考えました。
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  身支度をして0720時出発、国道121号線を6キロほど北上すると奥会津博物館です。
  0730時着(写真②)。ここは会津鉄道の会津山村道場駅前から西に1キロほど入ったところにあります。ここは戦前は農業の伝習施設だったのですが、平成13年に野外活動の施設になっています。この中に奥会津博物館があります。元々は普通の歴史民俗資料館だったのですが、2004年に博物館になっています。
  ここには国の重要有形民俗文化財として指定されている奥会津の山村生産用具及び民5,058点などが展示されているそうです。問題なのは博物館は写真撮影禁止というところが多いと言うことです。さあ、どうなるでしょうか、テレビ番組ではありませんが、行ってみないと撮影できるかどうか分かりません。
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  今、0732時です。まだ何も食べていません。まあ、とりあえず湯でも湧かしましょう(写真③)。この焜炉は風防付きで野外でも簡単に湯が沸きます。出力は3.5キロワット、普通のカセットコンロの2倍近い火力です。
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  出来上がったのは「どんべえ・天ぷらそば」です(写真④)。この天ぷらが結構おいしかったです。
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  こういう看板が誇らしげに掛かっています。重要文化財が収蔵されているとなると、撮影禁止の可能性が高まります(写真⑤)。
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  これは案内図です(写真⑥)。
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  そうこうしているうちに時間は経ち、0900時になりました。では見学に行きましょう。写真が撮れますように(写真⑦)。何しろここは最終の立ち寄り場所、ここで写真が撮れなければまっすぐ和歌山に帰ることになります。
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  写真撮影はOKでした。では頑張って見学しましょう。
  中に入りました。こういう御当地の自然に関するパネル展示があります(写真⑧)。豊かな自然そのものです。
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  こういう弥生時代の土器も展示されています(写真⑨)。
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  では、この辺りから詳しく紹介しましょう(写真⑩)。
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  大きな株にカラスでも止まっているような感じです。どうやら鋸の展示です(写真⑪)。
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  この黒い棒は「ノコギリすり台」、つまり鋸の刃を研ぐときに鋸をこの上に載せる台です(写真⑫)。子供の頃、祖父がよく縁側で鋸の刃を研いでいました。研ぐと、下に鉄粉がたまります。それをたき火にくべると激しく燃え上がるのですが、それが楽しみでずっとスバにいました。今の私ではとても鋸の刃は研げません。
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  御承知のようにノコギリには2種類あります。木の木目に沿って挽く縦挽き鋸と木目と直角に挽く横挽き鋸です。刃の形も違うのですが、大雑把に言えば身の太いのが縦挽き鋸、細いのが横挽き鋸です。
  これは縦挽き鋸です(写真⑬)。
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  こういう風に使われます(写真⑭)。これで板を作ったのです。江戸時代の浮世絵にも登場するのでご存じの人も多いでしょう。明治になると丸鋸ができて製材が容易になりますが、当初は丸鋸の動力源は水車だったようです。板を作る製材所ですから山から離れていてもよかったのです。
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  一方、こういう細身のノコギリは横挽き鋸です(写真⑮)。
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  横挽きは木の抵抗が大きく木くずも詰まりやすいため、こういうように葉を飛ばした鋸もあります(写真⑯)。しかし、横挽き鋸だけで山で大木を切ることは無かったようです。途中で木が裂けて倒れたり木が傷んだりする危険もあるし、静かに切れるので盗伐もできるなどという理由で、江戸時代は斧を使うのが原則でした。
  明治になると斧で倒す側に少し傷を入れてから鋸で切り込み、最後にくさびを打ち込んで倒すという事になりました。これはチェーンソーが登場するまで続きました。
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      続く
 
    2012年5月2日(水)
  今、福島県南会津町前沢にいます。
  ここは重要伝統的建造物群保存地区に選定された集落があり、ここを散策中です。
  こういう家がありました。昔の馬は軽四とここに見えている耕耘機を兼ねたものものだったでしょう。まあ、そうなると駐車場は現代の馬屋です(写真①)。
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  さて、こういう案内板がありました(写真②)。
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  その公園がこれです(写真③)。よくある親水公園のような格好をしています。東北の山々はようやく眠りから醒めたという感じです。
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  右手の壁に立てかけられているのはアシでしょうか、毎年刈り上げて保存し、屋根葺きに備えているものと思います(写真④)。かやぶき屋根が雨漏りしないのはヨシやワラの茎が密着して毛細管現象を起こし、雨水を捕まえて葺いた芽に沿って下にながすからだそうです。
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  集落の遠景です(写真⑤⑥⑦)。
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  こういう集落がいつまでも日本の原風景として残ってくれればいいのですが、茅葺き屋根だけでも維持するのに莫大な労力と費用がかかります(写真⑧)。木や草で造った家なのと、雨がよく降る国ですからやむを得ませんが。
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  これはかなり古い形式を残した家です。漆喰壁ではなく土壁造り、この集落では少数派という感じです。まあ、日本全国で、と言うことになるとこの土壁の家の方が多いような気がします(写真⑨)。
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  遅ればせながら解説です(写真⑩)
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  最後に入り口の様子をもう一度紹介しておきましょう(写真⑪)。
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  集落の外れの畑です(写真⑫)。
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  ここでも桜が満開でした(写真⑬)。
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  水車小屋の前には中央に馬頭観音様が安置され、右手に馬方○と書かれた石がありました(写真⑭)。
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  水車小屋です(写真⑮)。左は水車式。右は鹿威し式になっているのが分かります。
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  鹿威し式は、庭園などに作られるのと同じです。簡単な作りで、水車式と違い搗(つ)く速さは非常に遅いのですが、24時間動き続けるのが水力のいいところ、急がないものならこれでも十分でした(写真⑯)。
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  さて、これで重要伝統的建造物群保存地区・前沢の散策は終わりです。いいところでした。これは駐車場です。向こうに見える建物の中に観光案内所と料金所があります。つまり駐車料金がいると言うことです。おそらく、管理人の人件費も出るかでないかでしょうが。まあ、いいでしょう(写真⑰)。
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  1712時になりました。ここを出発、国道352号線をひたすら東進、野岩鉄道の会津高原尾瀬駅付近にある夢の湯にやって来ました。
  1745時、夢の湯着(写真⑱)。ここで一風呂浴びます。といっても当ブログは風呂好きではありません。折角の温泉、料金もそれなりにするのに長くはとても入れません。
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  1810時夢の湯を出発、再び国道251号線を北上、途中で国道121号線に入り南下、1825時、同じ南会津町にある道の駅たじまに着きました。この国道12号線は日光や東北道から山を越えて南会津に入る国道なので何度もこの道の駅たじまにも立ち寄っています。
  今日はここで車中泊です。当ブログにしては教は遅くまで頑張りました。早速夕食です
私はカツオをニンニクポン酢で食べるのが大好きです(写真⑲)。
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  この日は魚づくしだったようです(写真⑳)。あすはこの近くにある博物館を見学しますからゆっくり飲めます。第19回大旅行の最後の車中泊の夜は静かに過ぎました。
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    続く
 
    2012年5月2日(水)
  今、福島県南会津町前沢にいます。
  ここは重要伝統的建造物群保存地区に選定された集落があり、ここを散策中です。
  もう1700時近くです。眼には明るく見えてもやはり暗くなっています。カメラをしっかり構えないとぶれます。
  一際大きな家があります(写真①)。
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  曲屋、茅葺き、真壁造りの堂々たる建物です。昔はこの曲がって突き出た部分に馬屋がありましたが、現在では農業用倉庫になっていることが多いようです(写真②)。右端に小さいですが蔵もあります。軽トラも見えますが、昔で言うならこれは馬です。
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  町並みの中心付近です(写真③)。
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  これも曲屋です(写真④)。庭に石組みがあり、大小の木が植えられています。農作業から帰ってきた人が4輪車を押しています。
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  ここは山に向かって少し坂になっているようで、擁壁を作って敷地にしています。このため、下から見ると茅葺き屋根が天を突くようです(写真⑤)。まだスイセンが咲いています。右端の木は何にするのでしょう。
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  これも立派なたたずまいです(写真⑥)。今でも薪を使っているようですが、さて、かまどでしょうか囲炉裏でしょうか。
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  まあ、電信柱と軽トラはないことにすると往時の雰囲気そのままです(写真⑦)。
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  この家は総二階です(写真⑧)。旅館でもできそうな感じです。延べ床で300平方メートルくらいはありそうです。住んでみたいですね。と言っても家は必要以上に広くても困ることも多いのですが。
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  いい雰囲気です。道は山手の方にあがっていきます(写真⑨)。ここは観光地ではありませんから、売店や食堂などはありません。静かに町並みを歩いて昔の雰囲気を味わうのです。
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  貼り絵の田園風景に出てきたような家です(写真⑩)。この家は茅葺きをやめたのでしょう。屋根組はそのままにして銅板葺きにしたのでこういう格好の家になりました。まあ、茅葺きと銅板葺きとでは 寿命が違いますから費用を考えればやむを得ないことです。
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  少しぶれました(写真⑪)。
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  集落の外れの小高いところに神社があります(写真⑫、⑫の2)。最近、海に近いところの集落で神社の位置が注目されています。長年の生活経験で、どんな大津波が来ても被害が出ないような場所を選んで社殿が建てられているということなのです。そうなると、近くに高いところがない集落では、神社をめざして非難すればいいと言うことになります。
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  これも絵になる家です(写真⑬)。
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  このくらいの家庭菜園があるといいですね(写真⑭)。
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  有名な十便十宜図の中に「耕便」というのがあります。便十宜図は中国・清のころの李漁が作った詩を元に日本の池大雅と与謝蕪村が絵を付けたもので、国宝になっています。
  まあ、田舎暮らしの良さを歌ったものですが、耕便は次の図です(写真⑮)。なお、この絵は池大雅が描いたものです。近くに畑があって気が向けば耕しに行く、どうだ、いいだろうと言うようなことです。まあ、別荘ですからこんなのんきなことも言えるのですが。
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  こういうのもいいでしょう(写真⑯)。右手は焼却炉でしょうか。
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  これは集落の外れにある観音堂か地蔵堂と言ったところでしょうか(写真⑰)。
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  蔵がありました(写真⑱)。
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  この家は曲屋の馬屋の部分に更に付け矢倉のような増築をして玄関にしています(写真⑲)。
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  こういう看板もありました(写真⑳)。清水自体の写真は撮り忘れたようです。
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    続く
 
街    2012年5月2日(水)
  今、福島県南会津町前沢にいます。ここは重要伝統的建造物群保存地区に選定された集落があります。
  集落の入り口付近にあるのが前沢曲屋資料館を見学中です。
  夫婦の部屋にいます。屋敷で家は裏側の寝室のようなところです。
  行李が置かれていました(写真①)。本来はその名の通り旅行用でしたが、普段の生活でも使われるようになりました。現代でも樹脂製の同じようなものが使われてますが、風通しという点ではこちらの方が勝ったでしょう。
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  着物です(写真②)。右の方は洋風のシャツでしょう。
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  この辺り、2000年までは館岩村でした。この名前入りの法被、そこの新農協とはいささか意味がありげです。
  よくあるのが借金まみれで一旦倒産し、新たに作ったという意味の「新」です。詳細は不明ですが、単に近隣の農協が合併しただけかもしれません。
  今はもう農協も存在意義がなくなりました。商業ベースの経営ができる農家には邪魔な存在です。それも分からずに現在の安倍さんが総理大臣に就任したとき、「選挙で落とすこともできるんだぜ」とすごんだいかにも時代遅れの顔をした理事長がいました。多くの国民は前世紀風の業界利権屋と感じたことでしょう(写真③)。
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  美しい女の子の着物です(写真④)。
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  これが最初にここに来たときからちらちら見えていた階段です。商家だとこれに引出を付けて階段箪笥なのですが、これは階段物置と行った方がいいかもしれません(写真⑤)。この種のものは現在でもよく見掛けます。狭い家で収納名人ぶりを発揮するにはまずこういう空間を確保しておくといいでしょう。
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  二階に上がりました。何もない広い一部屋があるだけでした。さて、何に使ったのでしょう。来た隣の昭和村では今も「からむし織」が伝わっています。しかし、からむしはその辺に生えているイラクサを栽培したもので、こんなに広い屋内の場所は不要です。そうなると養蚕の場所と言うことになります。当地が桑が育つ環境だったかどうかは寡聞にして不明です(写真⑥⑦)。
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  さて、一階に降りてきました(写真⑧)。戦前まで、こういう感じの家は日本全国にありました。戦後の社会の劇的な変化でこういうものは無くなっていったのです。日本再生ができて、昔のように山奥には色々なお宝があるとなれば話も変わるのですが。石破君、得意の日本の安全も結構ですが、本業の方でも頑張ってくださいよ。
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  土間と囲炉裏のあるところです(写真⑨)。
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  今まで気がつかなかったのですが、右手の方に階段があります(写真⑩)。
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  二階はこうなっていました。藁は飼い葉はワラ細工の原料でしょう(写真⑪)。
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  こうやってみると、梁は非常に頑丈で、これに板を敷いて二階の床になっていたのでしょう。やはりここで養蚕をしていたという感じです(写真⑫)。
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  さて、1651時になりました。閉館寸前です。これで前沢曲屋資料館の見学は終わりです。
この後、集落を散策します。1700時近くと言っても今は5月、1830時頃までは十分明るいですから大丈夫です。
  こういう家がありました(写真⑬)。寄せ棟のような感じの屋根です。
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  前沢の大杉なるものがありました。まずは解説です(写真⑭)。推定樹齢800年ですが、残念なことに1992年(平成4年)に突風で倒れました。今は根元を残すのみです。
 さて、それはどこにあるのでしょう。どうも肝心の株の写真を撮っていなかったようです。
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  こういう寄せ棟の家もあります(写真⑮)。
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  多くのの家も茅葺き屋根ですが、屋根の様式はみんな少しずつ違います。一階の建具などは現代のものに変わっています(写真⑯)。
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  これは松です(写真⑰)。向こうに見える家はいささか景観を損なっている感じです。真壁作りの所だけは何とかなっていますが屋根がいささか現代風すぎます。重要伝統的建造物群保存地区といってもすべての家が昔風に統一されているわけではありませんから。
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  多くの家の壁はこう言うように軸組がむき出しになった真壁造りです(写真⑱)。
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  さて、奥の方に行きましょう。
  続く
 

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